第5話 市内発表会 1
虹ヶ丘中学校は、A市にある公立中学校である。そのA市は、何代も前の市長が築き上げた「音楽の町」として知られていた。
市の文化振興の柱のひとつが、「市内中学校の吹奏楽部強化」だった。1年生を対象にしたビギナー向けの楽器講習会が開かれ、企業からの寄付で他校では到底買えない高価な楽器をそろえた。さらに、有名な講師を招き、専門的な指導を受ける機会も多くあった。
その結果、A市のどの中学校も県大会に出場するのが当たり前。さらなる上位大会を目指すバンドが次々と誕生した。「吹奏楽部の指導が上手い先生がA市に集められている」──そんな噂まで立つほどだった。
しかし、それも今は昔の話である。
市長が代わり、「特定の部活動だけを支援するのは不公平だ」という意見が出た。確かに、それはもっともな話だ。そうして、市による吹奏楽部強化の取り組みは少しずつ縮小されていった。地区大会で金賞を逃す学校も現れ、さらにコロナ禍が追い打ちをかけた。かつて輝いていたA市の吹奏楽は、静かに衰退の道を歩み始めた。
そんな中でも、A市の熱心な吹奏楽部顧問たちは諦めなかった。何とかスポンサーを見つけ、今でも続けている伝統行事がある。それが、7月に開催される「市内発表会」だ。
コンクール前になると、どの学校もホールのような響きのある場所で練習したくなる。しかし、ホールの使用料、打楽器の運搬費、移動費……。それらを考えると、莫大な費用がかかってしまう。
その点、市の発表会はありがたい。
会場費は市が負担し、打楽器も各校で共有できる。
移動も市内で済む。ほとんどお金をかけずにホールの響きを確かめられる、絶好の機会なのだ。
今年の虹中ブラスは、課題曲「やまがたふぁんたじぃ」、自由曲「大いなる約束の大地~チンギス・ハーン」を演奏する予定である。
例の一件以降、虹中バンドはすっかり明るさを取り戻していた。笑顔が増え、会話が増え、音楽室に活気が戻った。今の部は、見ているだけで心が温かくなるような雰囲気だ。
しかし、指導者としての私は、ひとつの壁にぶつかっていた。どうやっても「現状維持」の演奏しかできない。
市内発表会まで、あと1ヶ月を切った。
このスランプを、どうやって抜け出すか。
もう一段上の音をつくるために、作戦を練らなければならない。
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