第5話 市内発表会 3(作戦②)

 コロナ禍が学校を大きく変えた。

 毎年のように行っていた体育祭や合唱祭が姿を消した。これらの行事を学級経営の柱にしていた教員も多く、今までのスタイルを変えざるを得なかった。経験を積んだ教員ほど、その変化に苦しんだだろう。


 授業も同じだ。学び合いの授業は一旦ストップし、全国一斉休校で遅れた分を取り戻すために、講義型の授業が中心となった。

 部活動も、最初の一年はすべての大会が中止。二年目から少しずつ戻ってはきたものの、元の形に戻るまでにはまだ時間がかかった。吹奏楽も例外ではなく、観客は家族などの関係者のみ。ビデオ提出など、顧問の負担ばかりが増えた。


 それでも、コロナ禍がもたらした“光”もある。その一つが、生徒全員へのタブレット配布だった。オンライン授業を目的に始まったが、今では授業でも部活動でも欠かせない文房具のひとつとなっている。


 吹奏楽でも、タブレットは思いのほか便利だった。録音した音源をすぐに共有できる。練習計画も印刷せずに全員へ配信できる。活用次第で練習の質をぐっと高めることができるのだ。


 さて、市内発表会まであと二週間。

 この時期は三者懇談期間に入る。授業は午前中のみで、午後からは部活動ができる時間が増える。……しかし、私は担任として懇談があるため、放課後の部活には出られない。副顧問の奈良先生も同じだ。見てくれる先生はいるが、吹奏楽の専門ではない。つまり、子どもたちだけで練習を進めることになる。


 中学生が自分たちだけで個人練習やパート練習をするのは、正直難しい。どうすれば意欲的に取り組めるか。どうすれば目的をもって練習できるか。そして、どうすれば「やりきった」と感じられるか。


 私は考えた末に、タブレットを使った“録音提出”の仕組みを思いついた。

 今日の練習の成果を録音し、私に送ってもらう。たったそれだけのことだが、彼らの意識を変えるチャンスになるかもしれない。


 具体的な練習内容を全パート分書き出す。

 「フルートは、“やまがたふぁんたじぃ”のBの四分音符の長さを揃えるために、順番に吹いてみよう。揃ったと思ったら録音して送ってほしい。」

 そんな指示を、パートごとに考えた。スコアをにらみながら、懇談直前まで頭をひねる。すべて書き終えたとき、妙な達成感があった。


 三者懇談が終わると、私のタブレットには子どもたちの録音データが次々と届いていた。

 ――これは嬉しい。ちゃんと練習してくれたんだな。

 イヤホンを差し込み、再生ボタンを押す。

 まずはフルート。指示通りの箇所を練習している。

 ん? ここはもう少しこう吹いてほしいな……。

 スコアを開きながら考え、メッセージを打ち始める。


 「録音聞きました。上手になっているね! 音程もそろってきたし、音の長さもそろっています。ただ、“やまがたふぁんたじぃ”のCの部分の八分音符が少し小さく聞こえます。細かい音ほど息をたくさん入れて。明日はそこを練習してみて。」


 送信ボタンを押して時計を見る。もう18時。――一つのパートに二〇分以上かかってしまった。

 全パート返すには……考えるのをやめた。


 結局、すべてに返事を終えたのは二〇時ごろ。

 “とんでもないことを始めてしまったな。”

 そう思いながらも、心のどこかで満足感があった。


 翌日からも、放課後は録音を聞き、メッセージを返す日々が続いた。帰りはいつも遅くなったが、廊下で「先生、どうでしたか!?」と嬉しそうに聞いてくる子どもたちに励まされた。

 一週間、なんとかやりきった。


 最終日、部長の栄太が言った。

 「先生、今日は合奏したいです!」

 録音を送ること、メトロノームを使うことを条件に、私はそれを許可した。


 三者懇談を終えて帰る途中、校舎の玄関で栄太とすれ違った。

 「今日の合奏、どうだった?」と聞くと、彼は笑いながら言った。

 「全然ダメでした! ぐだぐだふぁんたじぃです!」


 録音を聞いてみると、確かにぐだぐだだ。

 でも、笑い声や和やかな空気が伝わってくる。

 “合奏”としての成果は微妙でも、“集団”としては大きな意味があったと思えた。


 私も子どもたちも、一週間をやりきった。

 放課後の録音チェックは大変だったけれど、楽しかった。

 部活動でのタブレット活用の可能性を見いだせたのも、大きな収穫だ。


 少なくとも、私は達成感をもって懇談期間を終えた。

 ――子どもたちも、同じ気持ちでいてくれたらいい。

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