第7話 お触り厳禁
雨宮さんが登校するのを待っていたら、別の女子生徒がこちらにやってきた。俺が話しかけられるのは別に珍しいことじゃないけど、様子がおかしい。なんていうか、ご満悦? 可愛い言い方をするなら〝ルンルン気分〟って感じなんだけど。
「おっす、ポッポちゃん」
ポッポちゃん? 鳩だから? 山はどこいった? どうせならポッポマウンテンにしてくれよ。
「おはよう! そのアダ名は最初で最後にしてくれると嬉しいな!」
広まったら嫌だし、早めに消滅させたい。生まれて早々申し訳ないけど、その名前は望まれていない命なんだよ。赤ちゃんポストへお行き。
「わーお、手厳しい。一生懸命考えたんだけどなー」
一生をかけてそれなのか……。コイツの自伝、同人誌並みに薄そう。
「そうかい、嬉しいよ。でもこういう可愛いアダ名は、キミにこそふさわしいよ」
だから二度とつけないでくれ。ユッキーよりは遥かにマシなアダ名だけど。
「えー? アタシって可愛い系? 傾国美人路線なんだけどー」
反社会的な路線だな、廃線したほうが世のため人のためだぞ。
「可愛さと美しさは両立できないのかい?」
「兼ね備えてる? アタシ、兼ね備えちゃってる系?」
なんか今日はやけにうざ絡みしてくるな。雨宮さんもこれぐらい自尊心が高ければいいんだけど。
「そうだね。そう言えば今日は雰囲気が違うね? なんか髪がフワフワしてるような気がするよ」
「あっ、わかるー? 例の美容院の予約が取れてさー」
例の美容院は知らんけど、よほど腕利きらしいな。千円カットも徐々に値上げされていってるし、思い切って俺も美容院行ってみるか? でもなー、絶対自腹切れって言われるだろうしなぁ。俺の家、ワックスさえ自腹だし。
「見ただけで手触りが良いってわかるよ」
「そー思う? じゃあ、答え合わせしてみ」
………………女子の髪に触るのって駄目だよな? でも本人が良いって言ってるわけだし、この場合は問題ないのか? さすがにこの流れで『アイツ、髪の毛触ってきたんだけど、マジありえなくね?』とか言いふらされないよな? 伝言ゲームの法則で『アイツ、女子の体を触ってくるぞ』みたいな感じにならないよな?
「ほれほれほれ」
自分の後ろ髪を掴んで、俺の顔の前まで持ってきた。どうでもいいけど、その長さは生活不便じゃない? 麺類食べる時とか、髪と麺間違えない? ソバージュってそういう……。いや、別にこの人はソバージュじゃないけど。
「ハハハ、やめてくれよ。良い匂いが漂ってくるから」
「良い匂いならいーじゃん。ほら、早く触りなって」
どれだけ触ってほしいんだよ。お触り厳禁ならぬお触り解禁なのか?
触るまで解放してくれなさそうだし、触っとくか。他の生徒も現場を目撃してるから、変な噂は流れないだろ。
「そこまで言うなら……」
と、俺が手を伸ばしたその刹那。
「おはよう、鳩山君」
「あっ、おはよう」
良かったぁ、雨宮さんが来てくれたよ。さすがに解放してくれるだろうし、なんならこの流れで俺以外の女子とも会話するだろ。
「おいっす、雨宮さん」
「……おはよう。ゴメン……そこ私の席……」
「あっ! わりー、わりー。じゃあねっ」
うーん、一応会話か? まあ、自分の意思を伝えられただけ上等じゃない? 本当に内気な子だったら、席が空くまで我慢するじゃん? ほら、トイレ行ってる間に陽キャに席を取られてた的な話、よく聞くじゃん。
「今日は遅かったね、雨宮さ……」
「楽しそうだったね、ポッポちゃん」
……………………え? 待って? それ……結構前じゃない? そのアダ名が出たのって、数分前だよな? 雨宮さんが登校する前だよな?
「やっぱり誰にでも可愛いとか言うんだね」
……ずっと見られてたのか? 声をかけずに、ずっと俺らのやりとりを見てたというのか? なんのために?
「ハハハ、前にも言ったかもしれないけど、本当に可愛い子にしか言わないって」
「そうなんだ、あの子は本当に可愛い子なんだ。ふーん……」
もしかしなくても怒ってる? どこに怒る要素があった? もしかして、席を占領されてたから怒ってるのか?
「それに、女の子に触らないほうがいいって言ったのに、触ろうとしてたよね?」
「だって、あっちが触ってもいいって……」
「録音したの? 言質取ったの?」
ろ、録音? 何を言ってんだ? 日常生活で録音してるクラスメイトなんて、隣にいてほしくないだろ?
「女の子ってのは、自分から迫っておいて後から被害者面する生き物なんだよ」
「え……?」
「いわゆる二毛作だね。自分の意思で売っておいて、売れなくなった瞬間に『私達は買われた』とか、わめきちらす生き物なんだよ」
よ、よく喋るなぁ。本当に雨宮さんだよな? ヤケに流暢に喋ってるけど、本当に雨宮さんなんだよな? 降霊術とか使ってないよな?
「証拠がなくても女の子の証言は力を持つんだよ。男の子は無実を証明するには証拠が必要なんだ。それが世論だよ、この国だよ」
怖い……。言ってることは正論というか的を射ているけど、雨宮さんの口から出てきたという事実が怖い。どっちかと言えば俺の役目だろ、こういうことをグダグダと述べるのは。
急にどうしたんだ? わからんけど、地雷を踏んだってのはなんとなくわかる。
「軽率だったよ。ありがとう、教えてくれて」
「……とにかく、何も考えずに褒めるのはやめたほうがいいよ。本気にするから」
「う、うん……。じゃあ……」
「私は気にしないけど」
言うと思ったよ! 絶対にその一言が出てくると確信してたよ! 〝かしこ〟とか〝敬具〟と同じ類、いわゆる結語みたいなもんだもん。
「それと……」
出た! それも出てくると思ったよ! 〝拝啓〟とか〝謹啓〟と同じ類、いわゆる頭語みたいなもんだもん。
「本気にした人は、その現場を目撃したら疑うから」
「……? ええっと?」
「『誰にでもこういうこと言ってるんだ』とか『遊びだったんだ』とか」
……ひょっとして不貞行為を咎められてる? 俺と雨宮さんってそういう仲ではないと思うんだけど。
「肝に銘じておくよ、ありがとう」
「うん、気を付けてね」
……なーんか知らんけど、立場逆転しかけてない? 俺が雨宮さんを導こうとしてたのに、知らぬ間に主導権が移っているような気が……。
どうしよ、なぜか変な汗が出てきた。そして、理由はわからないけど〝刃傷沙汰〟というワードが脳裏をよぎった。どうしてだろうね? ハハハ……。
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