第8話 用済み

 俺のお節介が発動してから一ヶ月も経っていないが、雨宮さんは変わった。内気な性格は相変わらずだが、女子であれば基本的に問題なく会話できている。男子が相手だと、妙に緊張している様子が見て取れるが、多分時間の問題。いずれは俺を相手にする時と同じように、言いたいことを言えるようになるさ。

 ちなみにだが……。


「なあ、鳩山。最近、雨宮さんの雰囲気変わったよな?」

「そうだな」

「俺、話しかけてみようかな? いけるかな?」

「いいんじゃないかな。行っておいで」


 この通り、男子からはそれなりに人気だ。ランキングをつけたら、真ん中ぐらいなんだろうけど。


「雨宮ちゃん、ネイルチップつけないの?」

「ね、ネイルチップ? 付け爪のこと……?」

「そーそー、皆やってるっしょ?」

「あ、あはは。ちょっと怖いかなぁ」

「えー? 剥がれそうってこと? だいじょーぶだって」

「じゃ、じゃあ……教えてくれる?」

「おっけおっけ。今度の休み、遊ぼーよ」


 いやー、成長したなぁ。もうすぐテスト期間だから強制的に席替えになるけど、もう俺離れ可能だよ。じゃあ来週くらいから、徐々に距離を置くか。

 うん、それがいい。冷静に考えてみれば同級生の女子に可愛いって言いまくるの、下心があるって勘違いされてもおかしくないし、ここが潮時だろ。交友関係が広まった以上は言動に気をつけないと、変な噂が流れかねないし。いや、雨宮さんは勿論、他の女子もそんなことしないだろうけど、悪気なく悪評が広まるってのはありうる話だからさ。人を信用しても、伝言ゲームは信用しちゃ駄目だろ?




「おはよう、鳩山君」

「ん、おはよう」


 今日から最低限の会話を心がける。別に嫌いになったわけじゃないけど、恋人関係じゃない男女の距離感を保たないとな。あー、人間関係って面倒この上ない。自由に振る舞いたいもんだ。


「あのね、昨日は深雪みゆきちゃんとお出かけしたの」

「へー、楽しかった?」

「うん、凄く楽しかった。そういうの初めてだったから」


 まるでとてつもない体験をしたかのように語っているが、ここまでくると小学生時代が気になってくるな。十歳前後の頃って、誰彼構わず仲良く遊ぶもんだと思うんだけど、お出かけすらしたことないのか?


「そっか。良かったね」

「うん、それでね、ほらっ」


 突然、手の甲を俺に差し出してきた。ふむ? 爪が子供のロッカーみたいになってるけど、これが例のアレか?


「ネイル……ってヤツかい?」

「そうだよ。深雪ちゃんね、すっごく詳しいの」


 今時の女子って全員そうなんじゃないの? 偏見かもしれんけど。

 どうでもいいけど、雨宮さんって本来はこういう喋り方なんだな。なんというか子供っぽくて可愛い。


「将来はネイルアーティストになりたいって言ってたよ」


 素晴らしいな、高校生でそんな大それた夢を持っているなんて。地に足が付き始める年頃だから、甘い夢なんて見ないのが普通なのに。


「そっか、叶うといいね」

「でね? このデコレーションもオリジナルなんだって」


 ……だろうな。エッフェル塔らしきものや、ハート、チョウチョ、月、その他諸々が不統一に散りばめられてるもん。ネイルに関して明るくない俺でも、センスがない素人芸だってわかるもん。おせち料理を作ろうとしたら幕の内弁当になった感が否めないもん。


「へー……。俺は最初のマニキュアが一番好きだけどね」


 あの飾り気がない感じが良かった。純粋に俺の好みかもしれないけど、雨宮さんはさり気ないオシャレが一番似合うと思う。これはこれで、背伸びしてるみたいで可愛いけどさ。


「……じゃあ帰ったら全部外すよ」


 急に雨宮さんのテンションが落ちたんだけど、どうした? もしてして俺、変なこと言っちゃった? いや、心当たりがないなぁ。


「せっかく作ってもらったのに?」

「大丈夫だよ。ちゃんとファイルに保管するから」


 へー……? ネイルチップ……だっけ? それって再利用できる感じなのか? それともコレクション? 女性の文化はよくわからんな。


「まあ、一生ファイルの中だろうけど」


 ………………なんだ? なんで今、俺の体は震えた?

 えっと、落ち着け俺。一生ファイルの中ってのは、つまりその……本来なら再利用する機会があるってことで……その機会がもうないって宣言するのは、えっと……。


「だ、出さないの? もう」

「うん。だって、私が独学で塗ったマニキュアのほうがいいんだよね?」


 ……すーっ。なんか今、肺にダメージを受けたような気がする。体内の空気圧が異常になったような、なんとも言えない感じが……。


「えっと、いいのか? その、怒られたりとか……」

「アハハ、デコ入りのネイルしてるほうが怒られるよ」


 いや、教師に怒られるとかそういう話じゃなくて、深雪ちゃんに怒られるんじゃないかという話を……。


「そうだね、うん。飾らないキミが一番だよ」

「そう? えへへ」


 なんだなんだ、さっきの悪寒は気のせいか? ほら、見ろ、こんな可愛い笑顔ができんだぜ? 純粋な良い子なんだって、もう。

 あっ、例の深雪ちゃんが登校してきた。


「おいっすー。あっ、ネイルつけてくれてる!」

「……おはよう。うん、凄く気に入ったよ」

「マジ? じゃあ放課後、新作を作ろっか?」


 そんな簡単に作れるんだ。才能はともかく、案外成功するタイプかな?


「えー? いいよー。そんなにお金ないし」


 あれ? 雨宮さん?


「いいっていいって、タダでやってあげっから」

「そんな、悪いよ。お金が用意できたら、またお願いするね」

「そー? 別に気ぃ遣わんでもいいのにー」


 やんわりと拒否され、トボトボと自分の席に戻っていく。

 お金が用意できたら……か。なんだろう、なぜか知らないけど、一生用意されない気がする。せっかく出来た友達なのに、これじゃいかんな。よし、ここは心を鬼にしてガツンと厳しいことを……。


「……面倒だなぁ」


 いや、やめておこう。俺が口を挟むと絶対ろくなことにならない。

 百歩譲って今の独り言が聞き間違いだとしても、雨宮さんの目に関しては見間違いじゃない。そう、なんていうか……光がない? さっきまでキラキラした目でネイルを見つめていたのに、今はまるで鬱陶しいものを見るかのような冷たい目を……。

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