第6話 隠しきれない嫉妬心

 うーむ……。俺が関わりだしてから、雨宮さんは確実に変わってきている。総合的に見れば確実にプラス方向への変化だろう。だが……。


「雨宮さん? 首でも痛めたの?」

「え? あっ、いや……別に……」


 動きが妙なんだよなぁ。以前よりキョロキョロしてる気がするし、顔や首元を隠すような動きも多い。おそらく無意識だろう。

 以前より少しだけ声が大きくなったし、会話の量も増えた。オシャレにも気を使い始めた(髪型とマニキュアぐらいだが)。なのにどうして? その方向に変化した場合、挙動不審は改善されるはずじゃないのか? 自分に自信がついたら、立ち振舞が堂々としたものになるのが普通では?


「ねーねー鳩山ー、これ見てよー」


 雨宮さんについて分析していたら、別の女子生徒が声をかけてきた。えっと、なんだ? イヤリング? ピアス? わからんけど、面倒だから適当に褒めとこう。


「おー、可愛いね。でも校則違反じゃない?」

「うわっ、相変わらずかたいなー。まぁいっか、あんがとっ」


 なんだろう、俺をクラス共用の太鼓持ちと勘違いしてないか? なんか知らんが多いんだよなぁ、俺に感想を求めてくる人。レビュアーだと思われてるのか?


「………………ああいうのが……」

「ん? 何?」

「……別に」


 雨宮さんのほうから声をかけてきてくれたのは嬉しいけど、気になる切り方をしないでほしい。何かやらかしたのではないかと、不安に駆られるからさ。まあ、杞憂だと思うけど。俺がやらかすことなんてないし。


「鳩山君ってさ」

「ん? ああ、はい、何?」


 雨宮さんが再び話しかけてきた。さっきの打ち切った話の続きだろうか?


「やっぱり誰にでも可愛いって言うよね」


 何を見てそう思ったのだろう。もしさっきの件を言っているなら、それは見当違いと言わざるを得ない。


「さっきのは耳飾りに対する評価だよ」

「…………」

「まあ、あの子も可愛いけど」

「……そうなんだ」


 む……? いつもより声のトーンが低かったぞ? なんというか、良くない感情が込められているような……。


「勿論、雨宮さんのほうが可愛いけどね」

「……ふーん?」


 あれ、今度は高いぞ。人の声のトーンって、ここまで不安定なものなのか?


「雨宮さんも何かつけてみたら?」


 とりあえず流れを変えるために、雑な提案をしてみた。校則違反だと指摘しておいて、何を言っているのだろうか。まあ、今時の校則なんて、あってないようなものだからいいんだけど。


「……ああいうのって……オシャレな子が……」


 わかりやすいなぁ、雨宮さんは。絶対そういう感じの否定が入ると思ったよ。


「オシャレ? もうしてるじゃん」

「……っ!?」


 俺が急に手を取ったせいか、ビクッと跳ね上がる。しまった、普通に口で言えばよかったか? 『既にマニキュアしてるじゃん』って。


「あっ、嫌だった? ゴメン、もう金輪際、雨宮さんには触ら……」

「大丈夫、全然」


 やっぱり優しい子だ。顔を赤くするほど嫌だったのに、俺を気遣ってくれている。

 でもあんまり甘えちゃいけないよな。ここで図に乗ったら、セクハラ親父になってしまう。世の中のろくでなしって、人に甘え続けた結果生まれるんだろうし。


「本当にゴメン」

「大丈夫」

「もう二度と触らないから、安心し……」

「聞こえなかった? 大丈夫って言ったんだけど」


 なんだろう、本当に気遣ってくれてるんだよな? なんというかその、圧とでも言えばいいのだろうか? 逆らい難い何かを感じたぞ。

 いいや、俺の人間性を試されているだけかもしれない。ここは断固として、タッチ厳禁の姿勢を貫こう。


「でも、女子の手を触るのって……」

「何?」

「…………フォークダンスとかあるし、別に問題ないっか」


 重圧に耐えきれず、あっさりと姿勢を曲げることになった。

 なあに、別に恥じることじゃないさ。環境の変化に対して柔軟に対応できない生き物は、死にゆくだけさ。俺は生き物として最良の選択をした、ただそれだけだ。


「でも……」

「でも?」


 今日の雨宮さんはよく喋るな。常に変なオーラをまとっていることを除けば、良い兆候なんだけど。


「女子に触るのは……基本的には良くないと思う……」

「……うん」


 じゃあ雨宮さんに触れるのも良くないのでは? と思ったが、それを口にしてはいけない気がした。


「私は気にしないけど……」

「……そっか」


 もしかして俺に触ってほしいのか? なんてな、ハハハ。……じゃあどういう意図で喋ってんだよ、この人は。


「それと……」


 え、まだ喋るの? まだ物申すの? ただの世間話なら全然いいんだけど、この流れで〝それと〟から始まる会話ってろくなものじゃないだろ。


「あんまり女子に可愛いって言わないほうがいいと思う」


 ……これに関してはたまに言われる。人付き合いって、基本的に褒め得じゃないのか? そりゃ下手に甘やかすのは駄目だろうけどさ。

 あっ、これは遠回しに『恥ずかしいからもう褒めないで』って言ってるのか? ならば別の攻め方を考えなばならないな。嫌がる行為を続けるわけにもいかんし。


「じゃあ雨宮さんにも……」

「私は全然気にしないけど」


 なんなんだよ、キミは! キミの懐はそんなに広いのか!


「それと……」


 出たよ! また俺の言動を咎めるのが確定してる入りだよ! たまには俺の言動を肯定してくれよ!


「この前……その……私の首……」

「首……?」


 雨宮さんの首? 何かしたっけ? さっきからずっと隠してるけど、俺となんの関係が……? ……あっ、ひょっとしてアレの話か?


「首のホクロが可愛いって話かい?」

「……っ」


 なんで言いづらそうにしてるのかわからんけど、どうやら図星のようだな。

 適当に褒めただけなんだが、地雷だったか? もしかしてコンプレックスだったのか? 考えてみればホクロを除去する手術とか、隠すメイクがあるわけだし、ホクロを忌み嫌ってる人間がいても不思議ではないのか。

 っていうかよく考えたら俺も、ホクロなんて不要なものだと思ってるし。腕とかなら気にしないけど、顔にあったら絶対嫌だ。いや、絶対ってほどでもないけど。


「男子同士ならいいと思うけど……女子にそういうこと言うのは……」

「ご、ごめん……。悪気は……」

「私は全然気にしないけど」


 本当になんなんだ、この人は。絶対気にしてるじゃん。気にしてない人は、いちいち指摘しないって。でも怒ってる感じはしないんだよなぁ。


「えっとだね、俺も考えが甘かったというか……。無神経だったと思う」

「だから気にしてないって。……私は」


 さっきから思っていたのだが、やたらと自分だけが例外だってのをアピールしてくるな。どういう意図だ? まさか自分以外を褒めるなと言っているのか? いや、それは考えにくいが……。


「とにかく他の子には言わないほうがいいと思う。女子の間で変な噂が流れると、その内、全クラスに広まるよ」


 それって伝言ゲームと同じで、交友関係が狭い人に伝わる頃には、尾ヒレがつきまくるよな? しかも女子って自分に都合悪いところは言わないじゃん? 当事者が話を盛る可能性も考慮したら、万引きとカジノ強盗ぐらいの差が生まれそうだな。


「怖いなぁ、女の子って。あえて良く言えば、協調性というかネットワークが優れているってことなんだろうけど……」

「私は絶対に広めないけど」


 だからそのアピールは何? まさかとは思うけど、女子全体を落として自分を上げようとしてる? 自分だけは他の女子と違いますってか?

 うーん……そういうのってあんまり良くない傾向だと思うんだよなぁ。自分に自信を持つのはいいけど、他人を蔑むのは駄目だよ。他人は自分が思っているよりも賢いから、『あー、この人って周りを見下してるよなぁ』って薄々感づくもんよ。


「うん、忠告ありがとう。女子との接し方には細心の注意を払うよ」

「そうしたほうがいいよ。私には気を遣わなくてもいいけど」


 …………………………きっと雨宮さんなりに、距離を縮めてくれてるんだよ。そうだよ、せっかく色々と喋ってくれるようになったのに、それを好意的に解釈しないでどうするんだ? そうさ、この子は良い子なんだ。

 ……間違ってないよな? 俺のこの判断は間違ってないよな?

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