第5話 依存の予兆

 おそらく散髪とマニキュアの影響だと思われるのだが、雨宮さんに話しかける女子が増えてきた。

 なぜ確信がないのかって? ズレていると評されがちな俺でも、女子同士の会話を盗み聞きするほど常識外れじゃないからだよ。俺はこう見えて博識なんだ。だから恥というものも熟知しているんだ。


「雨宮さん! また明日! 今日も楽しかったよ、ありがとう」

「あっ………………。うん、バイバイ」


 少々ぎこちないが、別れの挨拶を返してくれた。あと一週間もすれば、友達と遊ぶようになるんじゃないかな。

 あれ? 今気付いたんだけど、朝の挨拶って俺にしかしてなくない? なぜだ? 俺以外にもクラスメイトはいるはずなんだが、なぜ俺にだけ?

 とりあえず明日は遅めに登校してみるか。雨宮さんの教室に入ってくる時間は大体決まっているので、それより二分ほど遅く到着するように時間を調節しよう。俺がいなければ、他の生徒と会話するかもしれんし。




 おっ? 通学途中で雨宮さんらしき後ろ姿を発見したぞ。なるほど、この時間に出れば気付かれずに、後ろにつけるのか。

 ふむ……すぐ近くに同じクラスの女子がいるけど、会話する気配はゼロと。お互い気付いてるだろうに、なぜ声をかけないんだろう。

 それにしても、こうして後ろ姿を見比べてみると、雨宮さんのスカートってやたらと長いな。別に短いほうが偉いってわけでもないけど、せっかく髪を切ったんだからもう少し短くするべきじゃないか? 前の髪型なら、むしろ今の長さがベストな気がするけども。いや、でも、男子がスカート丈に言及するのって、さすがに気持ち悪いか。下手したらトラウマになるかもしれん。

 などと考えているうちに学校に到着した。下駄箱付近では生徒同士が軽い挨拶や会話をしているが、雨宮さんに話しかける生徒はゼロ。

 俺でさえ何人かの生徒から話しかけられてるというのに、なぜ彼女には話しかけないんだ? 可愛すぎて敬遠されてるのか? ああ、そうに違いない。


「……?」


 教室に入った雨宮さんは、最小限の動きで辺りを見回している。俺が席に着いていないから、不安を覚えているのだろうか?

 ……よし、もう少し眺めていよう。考えてみれば、普段は俺がベラベラ喋り続けてるから、他の人が入る隙がないんだよ。俺がいなければ、ホームルームまでに誰か一人ぐらいとは会話すんだろ。実際、休み時間に何人か話しかけにきてたわけだし。




 ……まさかのゼロだよ。誰も声をかけなかったし、雨宮さんのほうから誰かに話しかけるなんてこともなかった。そもそも話しかける意思を感じられなかった。おいおい、俺が不審者扱いされただけじゃないか。雨宮さんを観察してる間、冷たい視線をめちゃくちゃ浴びたんだけど、どうしてくれんだよ。俺一人だけが損したじゃん。


「雨宮さん、おはよう」

「っ! あっ、おはよう」


 一瞬ビクついたものの、挨拶を返してくれた。気のせいかもしれんけど、ほんの一瞬だけ嬉しそうな顔しなかった?


「今日は遅かったね。えっと……何かあったの?」


 心配してくれているのだろうか? そりゃまあ、いつも朝早いヤツがチャイムギリギリに着席したら、心配にもなるだろうけどさ。でもそれって、それなりの関係性が求められるよな? つまり俺は雨宮さんの中で、そこそこ仲の良い人認定されてるってことでいいのか? だとしたら嬉しいな。生徒と打ち解けた新任教師の心境だよ。


「いや? 今日はなんとなく家でゆっくりしてただけだよ」

「へぇ……? こんな遅刻ギリギリまで?」


 妙な鋭さがあるな。たしかに不自然だけど、そこはサラッと流してくれないものだろうか。お腹が痛くなったとか、そういうデリケートな問題かもしれないんだから。


「俺に会えなくて寂しかったかい? なんちゃって」

「休みだったら…………。えっと」

「ん? 今なんて?」


 休みがどうとか聞こえたような気がするけど、いちいち声が小さいんだよなぁ。


「……なんでもないよ」


 何を言いかけたんだろう。気になるけど、下手に詮索すると嫌われそうだし、深堀りするのはやめておくか。


「これからも登校時間遅らせようかな」

「え……?」


 なんだ? 俺の何気ない独り言に過剰反応したぞ? っていうか何その表情? そう、まるで受け入れ難いことが起きたかのような……。


「どしたの? その表情も好きだけど」

「すっ……!? あ、いや、その……ごめん、さっきの発言なんだけど……」

「さっきの発言? 家を出る時間を遅くするって話?」

「……なんで?」


 あれ、何か地雷でも踏んだか? 俺の登校時間がズレたところで、彼女にとっては痛くも痒くもないはずだが……。


「時間は有効活用したほうがいいかなぁって」


 これに関しては本音だ。万が一にも遅刻したくないから早めに登校してるけど、睡眠時間を増やすなり、朝のニュースを見るなりしたほうが建設的だよな。早く登校したからって、早く帰れるわけでもないし。


「……そうだよね。私と話すのは時間の無駄遣いだよね……」


 え、何その被害妄想丸出しの解釈は。俺そんなこと一言も言ってなくないか? 著名人のアンチ並みの暴論ではないか?


「いや? 雨宮さんとお話するのは楽しいよ?」

「……でも家にいたほうが……有効的なんだよね? 時間……」


 積極的に喋ってくれるのは嬉しいけど、内容が内容だけに答えに窮する。なぜ急に面倒な彼女のような戯言を……?

 わからんが、とにかく誤解だけは解かねばならん。


「それは誤解だよ。キミとの会話は俺にとってかけがえのないものだ」


 よくよく考えてみたら睡眠は充分取ってるし、ニュースもわざわざTVで見る必要がない。ネットの記事、まとめサイトやSNSで充分だ。むしろそっちのほうが一般人の見解が見られるから、メディアの偏向報道に流されにくい。

 だからそんなものより、今この時しか話せないクラスメイトとの交流のほうがよほど有意義だ。高校を卒業したら成人式まで会うことがないだろうし。


「……本当に……そう思う? 私って声小さいし、喋るの下手だし……それに鳩山君が言うほど可愛くないし」

「声が小さいのは間違いないが、可愛くないってのは間違ってるよ」

「………………誰にでも言ってるよね? そういうこと」


 なんてことを言うんだ、この子は。それは心外という他ないぞ。大金積まれたってブスに可愛いとは言えない男だ。可愛いって言わなきゃ死ぬとかだったら、さすがに言うかもしれんが。


「可愛い子にしか言わないよ」

「…………」


 なんだその目は? 俗に言うジト目というヤツか? 疑惑を向けているのか、それとも軽蔑しているのか。いずれにせよ、あまりいい気分はしないな。だが……。


「その目つきも可愛いなぁ」

「うー……。本当に鳩山君は……すぐそうやって……」

「ルッキズムじゃないけど現実的な話、可愛い子と話すほうが楽しいよ。こればっかりはどうしようもない」

「……だったら……他の子の……なんで私……うー……」


 顔を背けてボソボソと何か言っているが、チャイムの音でよく聞こえない。怒っているわけではなさそうなので、深く気にしないでおこう。

 さてと……とりあえず明日からはいつも通り登校するか。他の子と親睦を深める機会を奪ってしまうのは忍びないが、彼女が俺との会話を望んでいる以上はそれに応えたい。なあに、俺で慣らしておけばいずれは友達の輪が広がっていくさ。今すぐ友達を作らせることができなくても、友達を作るための準備ぐらいは手伝える。焦る必要はないさ。

 それはさておき、なんで時折チラチラと視線を向けてくるんだろう。授業がよほど退屈なのだろうか? それなりに成績が良かったと記憶しているのだが、きっと自習のほうが捗るタイプなのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る