「正しい選択」

浅間遊歩

「正しい選択」

 会社員の中村は、日々の小さな決断に疲れ果てていた。朝食のメニュー、電車の乗り換え、会議での発言――どれも些細なことだが、間違えた選択をしてしまうのではないかという不安が、彼の心を押しつぶしていた。


 ある日、駅前のビルの隅に、奇妙な看板を見つけた。


「正しい選択をお教えします。一回100円。」


 興味を惹かれた中村が中に入ると、スーツ姿の中年の男が無表情で座っていた。彼の前には、古びたタロットカードが積み上げられている。男は静かに言った。


「あなたが選ぶべき答えを占います。料金は1回100円です。」


 試しに、と中村は100円を差し出した。100円なら安いものだ。当たらなくても雑談の種になる。

 男はカードを数枚引き、やがて一つの答えを告げた。


「今日のランチは、駅前のカレー屋が最適です。」


 半信半疑でその通りにしてみると、驚くほど美味しく、さらに会計時にはキャンペーンで次回の無料券が当たった。中村は感動した。


「すごいな……また占ってもらおう!」


 翌日も、中村は100円を払い、どの服を着るべきか、どの電車に乗るべきかを占ってもらった。占いは的中し続けた。悩む時間も手間も減り、彼の生活は驚くほど快適になった。


 やがて、中村は重大な決断もこの占いに頼るようになった。取引先との交渉、部下への指示、果ては恋人へのプロポーズまで。男に相談し、答えを聞けば全てがうまくいくのだった。


 しかし、ある日、男が言った。


「これ以上の重大な選択には特別な儀式が必要です。そのため、料金が変わります。」


「いくらですか?」


「1万円です。」


 一瞬、中村は躊躇したが、彼には払う以外の選択肢はなかった。こうして彼は大金を払い続けるようになった。


 最初は月に数回だった支払いが、週に、そしてほぼ毎日のようになった。彼の貯金は底をつき、クレジットカードの限度額をも超え始めたが、それでも止められない。

 ある時、中村は会社を辞めるべきかという重大な相談をした。

 男はカードを引き、静かに告げた。


「あなたにとって最適な選択は、さらに50万円払うことです。」


 中村は絶句したが、他に方法はないと信じ、ついに高額の借金をして支払った。その瞬間、男は微笑んだように見えた。


 翌朝、中村が再び店を訪れると、店内はもぬけの殻だった。カウンターには「占い終了」とだけ書かれた紙が置いてある。


 途方に暮れた中村は、街に出て自分の意思で行動しようと試みた。だが、何を選ぶべきか全くわからない。道を歩いても、店に入っても、映画か何かを見ているようで現実味がない。


 ふと、背後からあの男の声が響いた。


「選択を他人に委ねすぎましたね。」


 振り返ると、そこには誰もいなかった。ただ、遠くのビルの屋上に「正しい選択は、自分の中にあります」とだけ書かれた看板があるのが目に入った。

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「正しい選択」 浅間遊歩 @asama-U4

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