第58話 その頃のスペンサー領 その3
「全部で、40万だったか…」
スカーレットの物を売った。全て取っておきたかった。スカーレットとの思い出が無くなってしまう気がしたが、フレイヤに念を押されたのだ。思い出だけでは生きていけないと。シンシアとマシューの為にと。
お父様が守るのは思い出だけではない。お母様が大切にしてきたものを守れと言われた。
本当にフレイヤは立派に育ってくれた。
「借金の残りは…。三百四十万か…」
頭を抱えながら執務室の中を歩き回り、何か領地の中で金になる物は他にないかと書類をひっかきまわしたが、やはりこれ以上は金がない。来年度の予算、マシューやシンシアの学費。領地の民も災害で苦しんでいる。税を上げる事もできない。フレイヤが嫁入りする費用も作りたいが…。今すぐは難しい…。
「やはり、実家を頼るか…。しかし兄達の息子にシンシアに目を付けられても困る…どうしたものか」
マシューは成績優秀で特待生の枠を取れる事は間違いないだろうが、それでも、高位貴族の末端にいる者として、学園には幾らか学費を納めたい。多額の寄付は出来ないとしても、最低限の学費分は収めないと、貴族としてマシューが肩身の狭い学園生活を送るかもしれない。
「婚約指輪とスカーレットから贈って貰った剣を売るか」
そう言った所でセバスがノックと共に入ってきた。
「旦那様!王宮より速達が!!配達員が待っております、急ぎ確認を!」
「王宮からだと?なんだ!」
急いで速達の封を切ると、そこには、
『スペンサー伯爵家当主代理
リンドール侯爵家の新侯爵の見届け人に指名する。相違なければ、以下の書類にサインをし、すぐに送り返すべし。
追伸:フレイヤ・スペンサー令嬢のおかげで大変助かった。お父上君にも改めて礼を言う。今後もリンドール家の後見人の一人になってくれ
王宮事務長 モルト・スミス』
と、書いてあった。
「なに?どういうことだ。なぜ、筆頭侯爵家のリンドール家の次期当主の後見人の一人に私が指名されたのだ?私だぞ?サインを?恐れ多すぎないか?後見人?私がか?借金貴族の私が?何故だ?フレイヤ。王都で何をしているのだ?」
手紙を見つめても返事は来るはずもなく、共に入れられていた書類に何も考えずにサインをして、急いで速達用返信に印を押すと、セバスに預けた。
そして戻ってきたセバスはまた手に手紙を持っていた。
「旦那様、こちらは王立銀行よりまたお手紙が」
「なに!今度こそフレイヤか!」
セバスから受け取り、急いで封を切った。
「なになに。王立銀行の口座に振り込みがあったと。おお!!フレイヤだな!!む?依頼人はアンソニー・ジェローム?また、ジェローム家からか?伝言があるな。『リンドール侯爵家からの謝礼金です。フレイヤ』うん?フレイヤからで間違いはないが?ここでも、リンドール侯爵家なのか。フレイヤ何をしたのだ…」
首を傾げていると、セバスが、何通も手紙を渡してきた。
「旦那様、手紙が大量に届いております。王都のジェローム侯爵家、また、ダガン伯爵家、そして、第二騎士団団長、そして魔導棟からも手紙が来ております…全て速達です」
「…。全てフレイヤだな?」
「お嬢様でございましょう…。お早く確認をした方が宜しいかと…」
「セバス…もう、怖くて仕方がないぞ。どれだ。安全な手紙は」
「旦那様、ジェローム家は大丈夫かと。騎士団班長のジェローム様がお嬢様の王都の生活を手伝ってくれているようです。きっと、その確認の事でございましょう。それを考えると第二騎士団からの手紙も、以前、掃除の手伝いをしたとお嬢様から手紙がございました。その振込がございましたので、入金確認の連絡かもしれません」
「そ、そうだな。悪い手紙ではないよな!確認の手紙だな!」
「しかし、ダガン伯爵家は同じ伯爵家であっても、古い家柄で裕福で有名な家。もしや、借金の事でございましょうか?まったく分からないのは魔導棟からでございますが…。もしかして、お嬢様が何か破壊した…なんてことではございませんよね?弁償など、請求書では…」
「な、なに!!!魔導棟の請求書だと!!!魔道具を破壊したのか?これ以上の借金は無理だぞ!我が家は領地没収ではないか?」
私は手紙の束をバサバサとテーブルの上に落とした。
「旦那様!仮にでございます!お嬢様も今は、しっかりと落ち着かれております!以前のように、双剣を振り回したり、むやみやたらに飛び蹴りをしたりはしていないはずでございます!」
「そう、そうだよな。フレイヤももう、立派なレディーだ。まさか、双剣を装備したり、ナイフを投げたりはしておらんだろう。じゃあ、物を壊したり、弁償だったり、被害届だったり、文句の手紙だったりではないな?」
「え、ええ!ええ!勿論でございます!セバスは優しいお嬢様を信じておりますとも!!今も立派に一人王都で、こうやって領地の事を考え、送金してくれているのですよ!!」
「そうだな。私はフレイヤになんということを。あんなにスカーレットに似て、美しく強く、優しい子に育ったというのに。くっ!すまない!フレイヤ!」
「さ、旦那様、手紙を読んで参りましょう」
「うむ」
そうして、開けていった手紙を全部読むと、私はもう、被害届の方がマシなのではと思った。
「セバス…。どういうことだ…。ダガン伯爵家というか、王立銀行取締役としての感謝の手紙?これからフレイヤ共々、スペンサー家も宜しくだと?何をだ?何を宜しくするのだ?第二騎士団からはフレイヤの勧誘だぞ?どういう事なのだ?やはり双剣を使ったのか?いや、事務員兼と書いてあるが、何を兼用するか書いてない…。怪しさしかないではないか。魔導棟は、王弟殿下だったぞ…。『フレイヤちゃんによろしくー。僕の助手にしていい?』ってどうい事なのだ…。いや、ダメだろ。物を壊す事しか出来ないぞ。そして、コレだ…」
俺はジェローム家からの手紙を広げた。
「バンシー伯爵家の事を調べた事や、借金の肩代わりの申し出とは…。そして、遠回しではあるが…。『うちの三男、フレイヤ嬢にどう?』って書いてあるが?フレイヤ…。大人しく、王都でスカーレットの相続手続きをしているのではないのか…」
私が頭を抱えていたが、セバスはハンカチで目元を拭った。
「まるで、スカーレット様と同じでございますな。流石お嬢様でございます。旦那様、以前領地にS級の冒険者、ヴァルグ様が滞在なさった折、お嬢様を気に入った事がございましたな?弟子にしたいと頼まれたましたが、お嬢様が病気のスカーレット様の傍を離れないと断られました。あと、お忍びで来られた他国の第五王子がお嬢様を気に入り、お嬢様を追いかけ回した事もございました」
「ああ、あったな。そんな事が。ヴァルグ殿はまだ定期的に連絡がくるからな、諦めてないのだろうが…。フレイヤの飛び蹴りと投げナイフで反撃した相手が第五王子と聞いた時は、俺は気絶しそうになったぞ。お忍びの事と言う事で許して貰えたが」
「まあ、それは良いのです。私が言いたいのは、優秀な者であればあるほど、お嬢様を好きになるのですよ!お嬢様は素晴らしい令嬢でございます!!!認めたくはございませんが、変態として超一流のバンシー伯爵もお嬢様に目を付けたのはその為でございましょう!!」
「なに!そうか、そう言う事か!では…。ん?結局どうしたらよいのだ?セバス、これらの手紙の返事はどう書けばいいのだ?」
「…。ダガン伯爵家には、今後のお付き合いを有難く、という事で良いのでは。マシュー坊ちゃまの事も書いておき、息子の代に代わっても今後の付き合いを、と願えばよいと思います。これから王都に出られるマシュー坊ちゃまにも良い事でしょう。騎士団には、フレイヤお嬢様の気持ちを尊重したい、で良いのでは。魔導棟は…。まあ、臣下として、当たり障りのない返事を書き、お嬢様は精密道具の扱いには不向きである事を書いて送ればよいでしょう。問題はジェローム家ですな…」
「ジェローム家の三男は騎士団班長か…。フレイヤの伴侶にはどうだ?」
「私の希望と致しましては、一番は伯爵家以上の嫡男、二番は子爵家ですが。ジェローム侯爵家であったとしても、三男でございます。騎士団班長であれば、騎士爵はお持ちかもしれませんが…。子爵家以上の爵位をお持ちであれば、フレイヤお嬢様に、とは思いますが」
「まあ、そうだな。そもそも、フレイヤが望むかどうかだな」
「そうでございますね。フレイヤお嬢様に任せていると、柔らかく断るようなかんじで宜しいのでは。先方も断られるようにこのように書いているのでしょう。とても配慮が見られます」
「そうだな…。では有難くそうするか…しかし、フレイヤは、王都でどんな生活を送っているのだ…」
「まあ、お嬢様でございますから。元気にお過ごしと言う事で宜しいではございませんか」
「そうだな、よし、返信の準備を」
「は」
手紙の束を眺めながら、元気に過ごしているであろうフレイヤの事を考えながらセバスと返信をせっせと書いていった。
フレイヤ・スペンサーの秘密の加護 サトウアラレ @satou-arare
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