第57話 卵っ

「ん?」


 私は何度も読み直した。上にしたり、下にしたり、裏を見たり。


「ん?なんですか?目が悪いのかな?ん?数字が見えないぞ?ルーンという文字も見えないな?これは何語で書かれているのかな?ん?おかしいな?たーまご?たまーご?そんな単位あっただろうか?」


「支店の貸金庫に預かっていたらしい。特別に私が預かってきた」


 そう言って、箱を私の前に出した。


 お洒落な飾り箱を開けると、私の両手に収まるほどの綺麗なピンクと紫のマーブル色の卵が、ふわふわの布の上にちょこんと乗っていた。


「たまごだ。ほんとうに?この下に金貨とか入ってるんじゃなくて?卵って、オムレツやスフレの?もぐもぐって出来る、あの卵ですか?何か隠語とかでは無くて?本当に卵なんですか?あ!卵に見える高価な魔道具とか?」


「残念だが、卵だ。ただ食べられないだろうが」


「そんな…。食べられない?とても貴重な卵とか?すごく高価とか!」


「いや、調べた所、どうも、他国の夢見狐という種類らしい。我が国ではまだ珍しいが、貴族のペット愛好家の間では飼われている」


「…ちなみにこの卵、価値はあるのですか?」


「…普段は四千から五千ルーン程で売られているようだ。珍しい色は高値が付くそうだが…」


「微妙な…ほかに現金等は?」


「現金はない。これだけだった。調べた所、現金等は全て貧民救済院に寄付されていた」


「…お母様に寄付して欲しかった…あ!不動産等は?」


「君のお母様が相続したのはこの卵だけだった。少し前に我が国で法改正があってな。ペット条例が出来たのだ。その為、生き物が相続される事もあるのだが、生き物の相続は親族間であれば相続手続きが易しい。その為、譲ったと言う事だろう」


「なんだそれ…詰んだ」


「良い知らせと言うのはこの事だ。珍しい卵だが、悪い物ではなかった」


「え?これが?」


「貸金庫に保管してあったと言っただろう?卵の保管には特別室が使われていた。その貸金庫は高額なんだ。年契約がされていたが一年分が支払われてなかった。今回、卵を相続する君に貸金庫代を請求しないといけない。こちらだ」


「三万!?ちょっと、見間違いでは?やっぱり目が悪くなったのか!いち、じゅう、ひゃく、せん、まん…」


 金庫代ってそんなにかかるの?


「すまない。間違いではない。一般的な貸金庫であれば三千ルーン程度なのだが、この卵は三万五千ルーンの金庫を使われていた」


「さんまん、ごせん…」


「相続の手続上と言う事で、可能な限り免除できるところは免除したのだが、これ以上は特例を使っても無理だった。この貸金庫は特別仕様の金庫で貸金庫の中でも高額な部類になっている。温度管理等されており、卵に異常があればすぐに持ち主に連絡が行くようになっていた」


「はあ…三万…。でも、五千も負けてくれたのですね…有難うございます。私はいらない卵代に三万も払うのか…」


 私はしぶしぶと自分の財布から、貸金庫代三万ルーン支払った。ああ、さよなら私の三万ルーン。


「有難う。では確かに。この卵は暖かい方が良いようだ。また何かあったら相談にきてほしい。スミスには儂のほうから連絡をしておこう。これはもう君の卵だ。そして君に負の遺産は一切なかった」


「いや、十分もうありましたけど…」


 私は卵が入った箱を渡され、受取サインをして日付を書こうとして手が止まった。


「は!今日は何日ですか?」


「ん?本日は一月十五日だが?」


「借金の返済日はお母さまの喪が明けるまで…」


 王都迄の移動、騎士団に軟禁、新月にいたり、探偵事務所で働いていたりと、気付いたらあっという間だった。


 王都に出てきて早一ヵ月も経ったのか。時の流れの速さが恐ろしくなる。あと約二ヵ月で八十万作らなければいけない。


 くっ。私の予想では今日、少なくとも三十万位現金か、価値がある物を相続し、早々に借金返済になると思っていたのに。頑張ってもこのままでは足りない。いや、むしろ私の手持ちが経った今大きく減った。


 卵のせいで。


 …。


 頭を抱えても何も解決しない。私は困った表情をしたダガン様に挨拶をし、卵が入った箱を持つとトボトボと銀行を後にした。


「お金…。卵…。お金…。蛙…。お金…。パンツ…」


「スペンサー令嬢…」


 馬車までぶつぶついいながら歩いていると、ジェローム様から話し掛けられた。


「あの、いつまでにあといくら用意出来れば宜しいのですか?」


「三月二十日の次の日まで、ですね。あと、二ヵ月程。三百万先程送りましたから、残りは八十万のはずです。お母様の形見も幾らかはなっているはずです。なので五十万程あれば問題ないと…確実なのは八十万ですが…。ま、まさか、お父様が借金を増やしているなんてことは…ない…はず」


「八十万、成程…。バンシー伯爵家。我が家でも調べてみましたが、本当に、評判が悪いだけの変態伯爵でした。何か後ろ暗い事があれば、入り込めたのですが。本当に、凄く変態なだけで。最近は特別な下着の店をオープンさせ、一部の人達にとても好評だとか。しかし、それだけではなんとも」


「は!先程のあの下着はまさかのデザインドバイバンシー?私のあの下着も?くっ。変態で大儲けしているとは、羨ましい…変態に勝つにはより私が変態になる必要になるのか。いや、あの変態以上の変態は無理だ…。どうすれば…」


「スペンサー令嬢?」


「私も負けじと下着を売るか…冒険者が海の方の漁師が愛用している変わった下着、『フンドシ』と言うのがあると言っていたな…。よし、フレイヤ印のフンドシを売るか…ちょっと知り合いの冒険者に形を送って貰わなければ…そうだ、領地の酒場のルアンダさんが、お尻や胸が大きく見える下着があればっていっていたな…。よし、それも作って売るか…。くくく、商売だ、商売をするしかない。でも、二ヵ月しかない!時間がない!ああ!もう!カエルに一直線じゃないか!卵ってなんだ!!!」


「す、すぺんさー…れ、れいじょう…」


「リンドール侯爵に泣きつくしか…いや、さっき恰好付けたのに、そんなダサいことは出来ない……しまった…」


「…」


 ジェローム様はぐっと拳を握ると何も言わず、私をエスコートして馬車に乗せてからは黙っていた。


 残り二ヵ月で全額用意するのは難しいかもしれない。今迄、都合よく盗賊を捕まえ、宿屋のピンチを救い、筆頭侯爵家の相続問題を解決してきた。そのおかげでなんだかんだとお金は入ったが。肝心の遺産はゼロだったのだ。



「…とりあえず、ヴァルグさんに連絡を取るか…。うざいけど、まあ、悪い人じゃないしなあ…。フンドシの事、ヴァルグさんに聞くか…。あの人、金持ちだろうし…、借金させてくれるかも…だけど、うざいんだよなあ…」


 私は卵を思い出して溜息を着いた。


「所長にもう少し探偵事務所の上をタダで住まわせて貰うようにお願いもしないとな…」


 いや、卵に罪はないけれど。新たな借金では無くてよかったけれど。なんで卵なんだ。誰かこの卵を八十万で買ってくれないかな。



「色んな色のフンドシを作って…。胸の大きくなるデザインも考えて…ルアンダさんはチラリとレースが見えるが欲しいって言ってたかな…。でもレースは高価だから…可愛い色にすれば…色?あ、そういえば珍しい色は高値が付くとか」


 私は卵を取り出して色を見てみた。紫にピンクのマーブル。珍しいかどうか分からないが、可愛い事は可愛い色ではある。


「…」



『ふれい、まつりがあるからな。きをつけろよ。うりかいがおおいんだ。おーくしょんもある。いきたいのならつれてってやるぞ』



 頭の中でオゥルソさんの声が聞こえた気がした。



『つれてってやるぞ』




「オークション…売るか…」




 私はニヤリと悪い顔をすると、卵を優しく撫でた。





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