第56話 お母様の遺産

「ふー、よかった」


「スペンサー令嬢、お疲れ様です。すぐに探偵事務所へ戻りますか?」


「いえ、王立銀行へ行きたいです」


「かしこまりました。今日は非番ですので、最後までお供致します」


 リンドール侯爵と挨拶を交わした後、いつかと同じように王立銀行へと向かった。そして、いつかと同じようにジェローム様の口座に私のお金を入れ、そのまま領地のお父様に送った。


 その額、三百万ルーン。


 リンドール侯爵家で、私が「お金頂戴」と言った時に、アンディ様がこめかみトントン指さしながら、「は?何言ってんの?君、頭大丈夫?追い出すよ?おい、摘まみ出せ」と言われれば、一ルーンだって貰わずに叩き出される可能性もあったのだ。口うるさいけど、騎士服を着た騎士団班長なのだしジェローム様がいたのも良かったのかもしれない。


 借金の残りあと八十万。お父様達も領地で金策をしているはず。もしかしたら、裏庭を掘ってみたら、お金が出てきた!なんて奇跡も起こっているかもしれないのだ。


 きっと、蛙の嫁は回避できる。


 まあ、お父様に期待するのはやめるとしても、今のところ私の王都での滞在費、食費はそれほど掛かっていない。所長から少ないがお給料も出た。だから手持ちのお金をかき集めれば十万…はいかなくても、それくらいの金額には届くはずだ。まあ、領地へ帰るのにもお金がいるので難しい所だが。


 ふうっと息を吐いた。


 お母様の相続が八十万以上の現金か、価値のあるものだったらすぐに売り払って返済だ。それで借金完済。ぐふふ変態蛙とおさらばだ。


「無事に送金は済みましたが、ダガン取締役との面会時間まで時間がありますね」


 ジェローム様が銀行の時計を見ながら言い、「食事でもどうですか?」と誘われた。


「いいですね、安心したらお腹が減りました」


 この後、ダガン様と会う約束があるが、約束の時間まで少しある。


 一度銀行を出て、ジェローム様は高そうなレストランに入ろうとしたので慌てて止めた。


「何か?」と不思議そうにジェローム様は私に聞いた。何か?じゃない。これだから金持ちボンボン侯爵家三男は。こちらは貧乏借金伯爵令嬢なのだぞ。勝手に高そうな店に入ろうとするな、と睨みを聞かせて、丁寧にお願いした。


「ここは高そうなので、別の店に行きたいです」


「え?誘ったのは私ですので、勿論私がお支払いしますよ」


 なんだ、気前のいい金持ちボンボンなら許してやろう。


「では、遠慮なくご馳走になります」と、私が返事をすると、ジェローム様が頷き、静かにドア開け、私をエスコートして店に入った。


 店に入ると騎士姿のジェローム様に店員さんは一瞬ピリっとしたが、横に私がいるので、仕事の合間の休憩と思われたようだった。


 店員がジェローム様に席の希望を聞き、ジェローム様が私を見たので、私は首を竦めて「どこでも。お好きに」と合図を送ると、ジェローム様も「仕事ではないので、奥ではなくていい。ゆっくりと出来ればどこでも」と言うと、店員は一度考えた後、一段高く他の席と離れていてスペースはあるが、どこからでも見られる目立つ席へと通された。


 チラチラと他の客達に見られているが、まあ、視線は無視をして高そうと思われるメニューを沢山注文した。ジェローム様はステーキセットを頼むと、メニューを店員に渡した。


 やはり騎士は肉なのだろうな。


「そういえば、ジェローム様は非番なのに騎士服で来られたのですね」


「リンドール侯爵家へ伺うと言う事でしたので。通常の隊服とは上着を少し代えましたが。今回は騎士団の代表としても伺う意思を示したかったので。勿論、スペンサー令嬢の護衛をと、団長から言われていました。今日午後も非番を頂けたのはそのためですから」


 そうやって話をしていると料理が運ばれ、ビーフシチューとハーブのパン、サラダにスープ、魚のフライに季節のデザートに美味しいお茶を私は美味しく頂いた。


「スペンサー令嬢。借金の返済の目途が立ちましたか?」


「借金はあと少しで返済ですね。あとはお母様が少しでも現金を残してくれていれば無事に返済です」


「それはよかった。それにしても、スペンサー令嬢はご立派ですね。新侯爵に借金を頼る事も出来たのに。それをなさらず…」


「新侯爵になられてばかりで大変な未成年の方に頼るなんて出来ませんよ。リンドール前侯爵の三百万も、前侯爵が自分の部屋の金庫のお金であれば私に譲れるとおっしゃって下さいましたから、遠慮なく頂きましたけど」


「!本当に…。貴女は…強いのですね…。筆頭侯爵家の問題も解決したとは…」


「ふっ。それほどでも…」


 私は返事をしつつ口元を綺麗に拭き、綺麗に全て完食をした。料理もボリュームがあってよかった。お腹をさすり、満足しつつ店の名前を覚えていると支払いを済ませたジェローム様がいつの間にか焼き菓子の包みを持って横に立った。


「どうぞ。新作の焼き菓子だそうです」


「おお!ふふ。やったー。もう少し食べたいと思っていたのです!」


 ニコニコしてジェローム様から受け取り、笑顔でお礼を言うと、ジェローム様はすぐに顔を伏せた。


「…。喜んで頂き良かったです」


「お菓子は沢山食べたいですね。シンシアにも食べさせてあげたい。ああ、甘い食べ物はいいですね!元気の元ですよ。では、銀行に戻りましょう!」


 ジェローム様と銀行に戻ろうとすると、ニマニマしながら歩いてきた男の人とぶつかりそうになった。


「スペンサー令嬢」


 ジェローム様に声を掛けられたが、その前に私はすっと身を避けてた。男の人は慌てたせいで、大事そうに持っていた荷物を落としてしまった。


「あああ、すまない」


「いえ、大丈夫ですか?」


 男の人は慌てて荷物を拾ったが、少しはみ出た荷物に私は釘付けになった。


 あ。あれは。


 紐の様なランジェリー。


 男の人は袋に急いでしまうと足早に去っていった。


「大丈夫ですか?」


「ええ。ちょっと目が腐りそうになっただけで。蛙の繁殖率が高いと言う事を改めて認識しました」


「?」



 あの破廉恥下着は王都でバンシー伯爵は買ったのか。流行なのか。今の色はピンクだったな。いや、パンツの色のチェックはいいや。


 頭を振りながら私達は銀行へと戻った。



 銀行に戻ると顔見知りとなりつつある受付のお姉さんと目があうとすぐにダガン様を呼んでくれた。


「スペンサー令嬢、それに、ジェローム班長も。どうぞ、こちらに」


 すぐにダガン様が降りてきて、私とジェローム様を自分の部屋へと呼んだ。


「ダガン様、有難うございます」


「いやいや、君には本当に助かったのだが…」


 ダガン様は困った様に、言葉を止めた。


「だが?」


「うむ、君のお母様の相続した物が分かった」


「やった!有難うございます。ダガン様!」


「喜んでいる所悪いが、先に言っておく。現金ではない。そして良い知らせと悪い知らせがある」


「え?もう悪い知らせを聞きましたよ?良い知らせだけで良いのですけど」


「これがスペンサー令嬢が相続した物だ。スミスにももう確認をし、追加の相続手続きもなく、必要な事は私の方で終わらせておいた」


「それは有難く」


 ペラリと目の前に出された紙を受け取った。




『スカーレット・スペンサーからフレイヤスペンサーへ相続を認める


 ・卵


    以上』

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