6.戦闘終結

 壊滅させられた民兵部隊のリーダーは、倉庫の柱に両手を後ろ手に縛られ、動けなくなっていた。


「これでひとまずは捕獲完了って事ね。私ちょっと汗を流しに行くから、青天目なばためくん尋問はお願いね」

「どこで汗を流すってんだ」

「この近くに湖があるみたい。ミーナちゃんを連れていくから、何か分かったら連絡してね」


 軽く手を振り姫愛奈は倉庫を出ていく。あまりの傍若無人ぶりに政臣は言葉が出なかった。


「信じられん……」


 そうひとりごちるも、すぐに気を取り直す。政臣はホログラムモニターを投影し、統制課本部にコールした。何かあればすぐに連絡するようにと厳命を受けていたのだ。


 すぐさまモニターに金髪碧眼の美女が現れる。統制課課長セレネ・ウィンドアーグだ。


「連絡が遅かったんじゃない?」


 開口一番にセレネは言った。政臣は「申し訳ありません」と謝罪の言葉を口にしつつ、もう少し声音を優しくすれば良いのにと思う。


「白神統制官はどうしたの」

「汗を流すと言って、席を外しています」

「は?」


 端正の取れた美しい相貌なので、眉をひそめる姿も醜くない。政臣はMEー5142に降り立ってすぐ出くわした出来事についてなるべく丁寧に説明した。


「……事情は大体理解したわ。降り立って数時間も経たない内に初の実戦とは、ご苦労様。で、損害は?」

「ありません。私と白神統制官、補助ドール、ドロイド兵にも」

「大変よろしい。上司である私との通信に白神統制官が立ち会っていないのは減点ですけど」

「それは……言い聞かせておきます」


 頭を下げつつ、政臣はセレネに見えないように舌を出していた。上司の高圧的な態度に対するささやかな抵抗だ。


「そうしなさい。それで、村を襲ったという連中はどうしたの」

「一人を除き全て排除しました。今ドロイド兵に埋葬させてます」

「几帳面ね。まあその方が面倒事も少なくなるか。残りの一人も尋問を終えたら処理しなさい」

「はい」


 モニターからセレネの姿が消える。モニターを消し、政臣は振り返る。そこには口を布で塞がれている男がいた。


「悪く思わないでくれよ」


 政臣は自身の瞳に着けているナノレイヤーを赤く光らせた。彼と姫愛奈が着けているナノレイヤーには、情報を投影する以外にも様々な機能が実装されている。特に魔法の術式が数種類保存されているのは、魔法が使えない統制官二人にとってはありがたい機能だった。


 今使ったのは魅了魔法だ。かけられた者は一種の洗脳状態になり、術者の命令に唯々諾々と従うようになる。


 政臣の目を見た男も同じく瞳を赤く輝かせ、一瞬でどこか安らかな表情に変化してしまう。


「お前たちは何者だ。この村を襲った連中と仲間なのか?」

「……ああ」


 男は静かに話し始めた。


「俺たちは吸血鬼アートル卿の下で働いてる……。この村の近くの城で、アートル卿に生け贄を捧げるためにここら辺の開拓村を襲っていた……」

「吸血鬼?」


 政臣は転移する前のブリーフィングで、MEー5142の人類は数千年前に行われた品種改良で誕生した別人類──魔族と戦争を続けていると聞いていた。この〝魔族〟の定義が何なのか、監察庁も詳しくは分析出来なかったようだが。吸血鬼も魔族の一種なのかと政臣が問うと、男は頷く。


「魔族は……俺たち人間より優れている……。ムカつくが……事実だ……」

「お前たち基底人類は別人類……いや、魔族とやらと戦争をしているんじゃないのか」

「ああ、往生際の悪いやつらがな……。言う事を聞いていれば、それなりの生活が出来るっていうのにな……」

「なるほど、いわば対魔族協力者コラボレーターという訳か。人間でありながら魔族に協力していると」

「何とでも言え。偉い奴らは俺たちの事なんか少しも考えていない……。勝手に減って勝手に増える雑草程度にしか……」

「卑下するのは結構だが、魔族におもねれば裏切り者の烙印を押されるんじゃないのか?」


 政臣の指摘に男は自棄になったような笑みを浮かべる。


「お前に何が分かる……。人間よりも圧倒的な力を持った相手に戦うなんて自殺行為だ。特に、俺たちのような魔法の使えない人間にはな……」

(魔法が使えない……。この世界は魔法が使える人間と使えない人間で分かれているのか)


 レギュレイターをホルスターから抜き、政臣は男に銃口を向ける。


「最後に一つ。お前の主人──アートル卿とやらが住んでいる城はどこだ」

「ここから南東に見える……古い……」


 男の瞳にあった赤い光が点滅する。魅了魔法の効果が切れたのだ。


 正気に戻った男は、数分間の記憶がすっかり抜け落ちている事に困惑し、顔をこわばらせて暴れだした。


「どうなってる?! 俺に何をしやがっ──」


 二つの銃声と共に男の両目に穴が開き、脳漿が柱にべったりまとわりつく。政臣は容赦無く男を殺した。その表情は、少し前まで〝善良な一般人〟だったとは思えないほどに冷たかった。


 ◆


 水浴びを終え、少し気分をリフレッシュした姫愛奈は、急いでテックウェアを着て政臣の元へ向かった。いつの間にか陽は傾き始め、空はにわかに朱色を帯びている。


 姫愛奈が村に着くと、政臣がドロイド兵たちに倒した兵士たちの死体を埋めさせていた。


「尋問は?」


 パートナーの問いに、政臣は微笑をたたえて答える。


「もう終わった。いろいろと情報を得たよ。どうもコイツらは吸血鬼の手下だったらしい」

「吸血鬼? この世界吸血鬼いるの?」

「少なくとも翻訳機は俺にそう通訳した。だからコウモリになったり若い女の生き血を吸うようなヤツがいるのかもね」

「私は真っ先に狙われるわね。若いから」


 自信満々に言う姫愛奈。政臣は苦笑するしかない。


「そうだね。っていうかずっと若いままでしょ」

「そうね。不老不死になって良かった事と言ったら、この美貌が不変のモノになったって事かしら」

「……自分で言うのか」

「〝私はブスです〟って卑下するよりマシじゃない。それに青天目くんだって美人の方が好きでしょ?」

「否定はしない。けど、そうやって自分から言い張る女は好きじゃないな」

「青天目くんの好みは大和撫子? 男を立てる女が好き?」

「そこまでじゃない。適度に謙虚で確固たる自我のある女が好きなんだ。白神さんの場合、前者はともかく後者はクリアしてるね」

「それはどうも。ちなみに私の好みは顔が良くて女性の気持ちがよく分かる男ね。青天目くんの場合、後者はともかく前者はクリアしてるわ」

「……」「……」


 美男美女が喜色満面の顔を互いに見せる。端から見れば微笑ましい光景だが、よく見れば口元しか笑っていない事が分かるだろう。


 沈黙を破ったのは任務に忠実な補助ドール、S14だった。


「政臣統制官、姫愛奈統制官。今後の方針を提示してください。我々に指示を」

「命令してー!」


 S15がテンション高く跳ねる。人格プラグインによって性格が固定されているS15は、どんな時でも笑顔を絶やさない。例え拷問を受けても笑っているだろう。


「方針ね。どうする?」

「この村で一晩を過ごす。夜の間に今後の予定を詰めるってのは?」

「了解しました」


 抑揚の無い声でS14は政臣の言葉を受領する。


「ユリちゃんはもう少し笑った方が可愛いわよ」

「お気になさらず」

「……。無愛想なのは主人と変わらないわね」

「誰が無愛想だ」


 ◆


 陽が落ち、星の煌めきが夜の空を照らす。政臣と姫愛奈は村人のために夕食を用意した。恒常世界の食文化は概ね変わらない。最初期の人間が火を起こし、動物の肉を焼いて食べるという行為は、どの世界も共通なのだ。従って食文化も地域的・民族的条件はともかく同じような物が発明され進歩していく。オメガ監察庁の食事も、麺料理があればファストフードもあり、政臣と姫愛奈はギャップに悩まされる事は無かった(そもそも食事を必要としない身体になってしまっているのだが)。


「料理は私に任せなさい」


 小型のキッチン程度はある野戦調理キットを組み立てた政臣に、姫愛奈は胸をそらして言った。


「料理が得意なのか?」

「料理は女の嗜みよ? といってもこの設備じゃ簡単なスープぐらいしか作れないけど」


 姫愛奈は政臣を退かせ、小さなキッチンの前に立った。


 合成野菜と人造蛋白を一口大に切り、調味料と一緒に軽く炒める。あらかじめ煮立たせていた鍋の中にスープ粉末を入れ、調味料を足しながらかき混ぜる。最後に人数分の容器にそれらを盛り付けて完成だ。生き残った村人八人分に、自分自身が食べる分も追加するのでそれなりの量になる。だが、姫愛奈はそれを何とも思っていないようで、慣れた手つきで調理を済ませてしまった。


 村人たちが有り難がってスープを飲む中、姫愛奈も一口啜ってみる。個人的には良く出来た方だと判断する、そもそもの材料自体に彼女は問題点を見出だした。


「ちょっと大味かも。まあ野戦食レーションにいちいち文句を付けるのがおかしいんでしょうけど……」

「レーションの開発にはドクター・クランも関わっています。フィードバックを送りますか?」


 S14の問いに姫愛奈はスプーンを回す。


「別に良いわ。不味いって訳じゃないし……。あら青天目くん、食事は必要ないんじゃなかったの?」


 姫愛奈のからかうような瞳は、柱にもたれてレーションバーをかじる政臣に向けられていた。政臣はバツが悪そうに肩をすくめ、左手で膝を抱きつつレーションバーをまたかじる。


「さっきは強がったが、まだ〝食事〟という習慣を排除するのは無理だな。 もう俺たちには必要の無い無駄な要素なのに……」

「真面目なんだから。無駄は楽しむものよ。私たちはこれからずっと生き続けるんだから、娯楽をいっぱい見つけないと。まあ、不死かどうかはまだ試してないから分からないけどね」


 統制官になるまでの一ヶ月間、政臣と姫愛奈は恩人であるラーガルにも秘めたあるを行っていた。それは互いの身体を傷つけ合うという、普通ならば異常とも言える行為だった。


 政臣と姫愛奈は死んでも生き返る身体になってしまった。恒常立脚点に落ちた際、世界を構成するための様々な要素を内包する〝世界の素〟を身体に入れたため、通常の人間とは違う法則が適用されてしまった。これがオメガ監察庁が導き出した、二人の状態に対する仮説である。仮説に過ぎないのは、二人が不老不死状態になったプロセスがあまりにも特異過ぎるからだ。


 不老不死の例は意外に多い。オメガ監察庁の兵器開発課課長たるドクター・クランは自らの身体を極端なまでに機械化するという方法で無限の生命を得ている。オメガ監察庁や立法府を創設した十二の世界にも、不老不死を会得して悠久の時を過ごした者が、〝探せばいる〟程度に確認されている。


 そして、監察庁や立法府も人的資源保護の観点から、上層部や特に優秀な人員に対して老化阻害アンチエイジングの施術を受ける権利を認めている。しかし、これら不老不死化のプロセスには、必ず魔法が介在していた。不老不死化した者も全員が大なり小なり魔法を扱えた。魔法が全く使えないNM世界の住人が不老不死になった例は、存在しない。


 だからこそ、政臣と姫愛奈は遥かに技術力が進歩しているオメガスペースの住人たちからも学術上の驚異と見なされていた。研究対象にされていないのは、ひとえに監察庁長官ラーガルが目を光らせているのと、立法府が研究の必要性を認めていないからだ。


『二名の不老不死化のプロセスは過去に例が無く、また恒常立脚点を実験材料に使う事は、オメガスペースの永続を志向する我々の理念と真っ向から反発している。故に、青天目政臣・白神姫愛奈両名を実験対象とするのは廉恥心なき野蛮な行為である。厳に慎むべきである』


 オメガスペースに対して監察庁と立法府が抱いているある種のが、二人に人間らしい生活を与えているといって良かった。こうして統制官として任務に就かされているのも、ある意味では彼らによる配慮なのだ。「君たちは我々の仲間。実験動物ではない」という意思表示なのである。


「あの……」


 声のする方を向くと、禿げ頭の男が正座になり頭を下げていた。政臣に村の惨状を訊かれた際、ショックで気を失ってしまった男だ。


「こ、ここまでしてくださって本当にありがとうございます。あ、あの、出来る事ならお名前を聴いておきたいのですが……」


 政臣と姫愛奈は思わず男から顔をそらした。無意識に腕に着けたパッチを隠す。現地人に素性を明かす事は禁じられている。要らぬ面倒を起こし、任務に支障をきたすからだ。とはいえ、何も言わないでいるのも気分が悪い。


 二人の統制官は男に背を向き、小声で相談し合った。


「どうする?」

「素性を明かすのは絶対にダメだ。だけど、正体不明の救助者っていうのも怪しすぎるからな……」

「正体は明かさず、目的をぼかして何となく伝えるっていうのは? 私たち別に悪い事しに来た訳じゃないもの。ね?」

「……そうかもな」


 何故か歯切れの悪い政臣に姫愛奈は片眉を上げる。


「何?」

「何でもないよ」


 顔の前で片手を振り、政臣は会話を打ち切る。そして男の前に立ち、少し考えた後口を開いた。


「済まないが素性を明かす事は禁じられている。だが、我々は命を受けあるモノと人を探している、とだけは言っておく」

「素性が明かせない……? 法王庁の方ではないのですか?」


 聞いた事の無い単語が出てきた。政臣は動揺を悟られないよう、表情を固くしてでまかせを言い続ける。


「法王庁でも、どの国のエージェントでもない。ただ、我々が無頼漢でもないとだけは保証しよう。今晩はここで過ごす。朝になったら外にあるトラックを動かせるか確かめて欲しい。我々は街に行きたいのだ」

「そ、そうですか。分かりました。本当に何から何まで……見返りは必ず」


 もはや哀れなほどに頭を下げる男に、政臣はわずかだが不快感を覚えた。かぶりを振ってその感触を払う。


 村人たちに寝るよう伝え、政臣は倉庫の二階に上がる。姫愛奈はしたり顔で待ち受けていた。


「何だよ」

「なんて言うか、政臣くん偉そうな口調が得意よね」

「はあ?」

「その綺麗な顔でキリッと言うと、まるで扇動者みたいだわ」

「褒めてるのか貶してるのかどっちだ」

「もちろん褒めてるの。でも、ホントにそんな話し方どこで覚えたの?」

「施設での教育かもね」


 この話はしたくないと言わんばかりに政臣は座り込んだ。そのまま銃器のクリーンキットを展開し、レギュレイターの清掃を始める。


「変なの」


 姫愛奈は違和感を覚えるが、すぐにどうでも良いかと気を取り直す。そして自身もフラワーシーフを抜き、手入れを始めた。

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