7.現地潜入

 翌日、政臣と姫愛奈は村人を連れ、トラックで村を後にした。一番近くの街〝ルイニア〟で村人を引き渡すためだ。


 政臣・姫愛奈、補助ドール二体、そして憂鬱な表情を浮かべた村人を積んだトラックは、森の中に敷かれた道路を二時間ほど走った。道路は所々に穴があり、古いなどという表現では擁護出来ない程に劣悪な道だ。村人曰く、戦争によって多くの資源が戦場に送られ、辺境には少ししか必要物資が送られていないという。若い男性も兵士として前線に送られ、マンパワーが不足し、治安が悪化。人口密集地から離れた開拓村は、武装した匪賊ひぞくの食い物にされているとも。


「思ってたよりもヤバくない?」


 村人の話を聞いた姫愛奈は思わず政臣に囁いた。銃器を持った盗賊が田舎の村を焼く! 平和な国で暮らしていた姫愛奈にとっては信じられない事である。


「俺たちがいた世界でも、紛争地なんかでは軍隊でもない連中が銃を持って略奪していたと聞いたけどね。それにしても戦争を優先して銃後を疎かにするなんて。この世界の人間、大丈夫か?」

「なんか良く分からないけど……クラスのみんなが活躍しないと大変な状況って事?」

「自分たちだけじゃ戦えなくなって、他所から戦力を持ってこようとしたのかも。じゃなきゃわざわざ転移魔法なんてもの使わないよ」

「みんな生きてるよね? 死体を持ち帰るなんて嫌よ」

「その辺の情報が欲しいけど、恒常世界に介入し過ぎるのは良くないって言うんだもんな……」

「私たちみたいなのを送り込んでる時点で介入もクソも無いのに」

「そうだね」


 言いつつも、姫愛奈のような美人が〝クソ〟という言葉を使うのに政臣は若干の抵抗感を覚えた。もう少し言葉遣いが丁寧ならとても可愛いのに。そう考えるが、これは結局自分だけが抱いている欲望なので、本人に強要する訳にはいかない。政臣はぐっとこらえた。


 そうこうしているうちにトラックはルイニアに到着した。ルイニアの治安維持を担っている警備隊は最初政臣と姫愛奈たちを警戒したが、村人たちの必死な説得で一触即発の事態は避けられた。


 その後、政臣と姫愛奈は警備隊による取り調べを受けた。だが、開拓村の住民を助けた功績が認められたお陰か、素性不明にも関わらず街での自由行動を許された。それどころか、匪賊討伐の功として報酬金すら貰ったのである。


「これで警備隊とやり合う事になったら大変だったわね」

「笑いながら言う事じゃないぞ、ホントに」

「まあでも、村人を助けたのがちゃんと認定されたってのは良いんじゃない?」

「そうでもないぞ。考え方を変えれば、余所者にすら頼らないと治安維持が出来ないって事だ。そもそも村が一つ壊滅したって言うのに、警備隊の連中の態度を見たか? 適当に村人をあしらいやがって。真面目に仕事をしないやつはゴミだな」

「青天目くんが真面目過ぎるって事はないの?」

「無い。そもそも人手不足だからこそ真面目に役割を果たさねばならないというのに……」

「やっぱり真面目だわ」


 C分遣隊はしばらく街をぶらついた。観光ではない。住民の生活の様子を偵察するためだ。


 虫型ドローンを放ち、それが捉えた映像をナノレイヤーに投影しつつ、実際の目でも人々の営みを観察していく。


「見た感じは私たちがいた世界とあんまり変わらないわね。古めかしい雰囲気はするけど」

「建物がレンガ造りに見えるからだろう。テレビもラジオもあるし、エレクトロニクスは元いた世界とほぼ同じなのかも」

「そう言えば村を襲った連中の中に、スマホみたいな物持ってたヤツがいたわね。インターネットなんかもあるのかしら」

「全部魔法の賜物って事か?」


 その時、背後から甲高い鈴の音が政臣と姫愛奈を呼んだ。慌てて横にそれると、路面電車が走っていった。


「この地面にあるやつは線路か。電線が無いから気付かなかった」

「路面電車なんて身近に無かったものね。けど、ホントに私たちがいた世界と技術レベルは同じなんだ……」


 街の至る所にポスターが貼られている。ポスターには統一された軍装に身を包んだ兵士たちが列をなしている絵や、子どもが金属製品を兵士に渡す絵などが描かれていた。


『連合軍は君の入隊を待っている!』

『人類勝利のため、今は忍耐の時』


 さらに、頭に角を生やした禍々しい人型の生物を指差すような絵もあった。


『身近に潜む悪魔にご注意を』


 ナノレイヤーの翻訳の精度はまだ百パーセントではないが、それらが明らかに市民への戦争協力を促す内容だと分かる。政臣と姫愛奈には見慣れない物だ。


「こういうポスターを見ると気が滅入っちゃうわね。我慢しろだの監視し合えだの」

「俺たちがいた世界でも戦争をしてる場所にはこんなポスターがあっただろうさ。まあ、見ていて良い気分がしないのは同意見だけど」


 C分権隊がポスターを観察していると、道路を挟んだ向こう側の建物で騒ぎが起こった。ガラスが割れる音と女性の悲鳴。見たところでは強盗である。


 目出し帽を被った三人の強盗が商店から飛び出してきた。一人が店内に向かって拳銃をがむしゃらに発砲する。すると店内から重い銃声が一発響き、拳銃を持っていた強盗の腕が一瞬で血塗れになった。店主がショットガンで応戦したのだ。


 倒れる仲間をよそに、残りの二人は車に乗って逃げていく。オーバーオールを着た店主が店から出てきて、走り去る車に発砲した。周囲の人々は逃げ惑い、一帯は大混乱になる。


「警察……警備隊は何やってんの」

「遠くからも銃声が聞こえるな」


 政臣の呟きに反応し、S14は何かを解析したようだった。


「統制官、警備隊の通信を傍受しました。反戦主義者によるテロ予告があったそうです」

「傍受……って、どうやってるのよ」

「この世界の通信手段は魔力波長を利用した魔導通信を使っているようです。波長を特定出来れば容易です」

「ドクター・クランはホントに偉大だな」


 人間の姿を捨てた技術者の六つ目を思い出しながら政臣は感嘆の言葉を口にした。補助ドールたちは見た目もることながら、備わっている機能も多岐に渡る。さらに部品の大半は自己修復性ナノマシンによって構成されているので、しても勝手に再生する。まさに現地での任務にうってつけのアンドロイドだ。


 治安の悪さを思い知ったC分遣隊は、政臣の提案で街の中心部に向かった。


「中枢部なら、外縁より治安が良いかも」


 政臣の推測通り、中心街へと近づいていくにつれ、巡回している警備隊員の数が多くなっていった。人手不足といえど、行政区画の警備を疎かにするのはまずいと考えているのだろう。


 歩いているうち、C分遣隊は自分たちが人々の注目を集めている事に気づいた。それもそのはず、かれらの服装は端的に言って。見るからに質の良い制服にしなやかなケープを着けた少年。光沢のあるテックウェアに白いジャケットを羽織った少女。そしてそれに従う感情表現の対をなす姉妹……。


「みんな私たちを見てるわ」

「早いとこ宿を見つけよう」


 分遣隊は見るからに中流な宿を見つけ、そこに二部屋を借りた。どうやら客の大半は旅行者や旅人のようで、一夜の寝食を得るために泊まる者ばかりだった。政臣たちもそのうちの一組である。


「ここで二泊ほどして情報を集めよう。ひとまずは基底人類側の状況だな。S14、この世界にネットのようなものはあるんだな?」

「魔導通信による情報伝達システムが構築されているようです。基底人類間ではかなりありふれたもののようで、現在も多くの人間が接続しています」

「なら、現在進行形で行われている戦争の情報を重点的に集めろ。きっとクラスのみんなが関わってるはず」

「了解しました」


 S14はホログラムモニターを空中に複数投影させ、とてつもないスピードで処理を始めた。


「じゃあ私たちは服装を変えましょう。これじゃあ目立ってしょうがないわ」


 ミニスカートを軽くつまんで姫愛奈が言う。


「観光客に扮するか」


 政臣と姫愛奈は街に放っている虫型ドローンから得た情報を元に、〝この世界に合う〟迷彩を自身の服に反映させた。政臣はケープの見た目を平凡な黒一色に変更したのみだったが、姫愛奈は上からホログラムで服装をまるごと変えた。


「これなら目立たないでしょ」


 姫愛奈は自信満々に微笑んだが、政臣はその上品なレディースブラウスでは結局注目を集めてしまうのではと心配になった。


(しかし……)


 政臣は思わず姫愛奈の姿を上から下まで観察してしまう。認めたくないが、姫愛奈のプロポーションは雑誌のモデルとして掲載されても不足無いほどに美しい。それこそクラスでは挨拶する事すら無い程に親交が無かったが、その美貌には惹かれるものがあった。


「そんなにまじまじと見てどうしたの? そんなに似合う?」


 看破されたような気がして、政臣は慌てて視線をそらす。しかしその動作が逆に彼の内心を露呈する結果となった。


 パートナーをからかう名分が出来たのがよほど嬉しいのか、姫愛奈はにやけ面を隠さない。


「別に隠さなくても良いのに。褒めたって良いのよ。体型の事を言ってもセクハラ扱いしないから」

「本当か? 前に体重が増えた事を指摘したらめちゃくちゃ怒っ──」


 胸に何かが突き刺さるような感覚が走った後、政臣の視界は一瞬だけ暗転する。


 再び視界が戻ると、透明に輝く剣が自分の胸に突き立てられているのが分かった。


「……不老不死だからって、実際に刺さなくても良くない?」

「でもこれで完全に不死だって分かったじゃない。青天目くん、一瞬死んで生き返ったでしょ?」

「ああ。まるで後ろ髪を掴まれて引っ張られたような感覚だった。早く抜いてくれ」


 姫愛奈は張り付けたような笑顔のままじっと政臣を見つめ続ける。


「白神さん? 剣を抜いて……ちょ、動かさないで。ゆっくりと横向きにしないで!」

「女の子は体重を一番気にするの。男っていうのはその点を全く理解してないわよね。ね?」

「格闘戦が主体の白神さんのためを思って……」

「ちゃんと適性体重は調べてるし、筋肉だってつけてるから。あなたが諒解する事じゃないの? ──お分かり?」


 もはや口裂け女の領域にまで踏み込んでいるような笑みに政臣は恐怖した。フラワーシーフが政臣の胸から引き抜かれる。傷が急速に回復し、服も再生していく。


「ルールを決めましょう。今後体重の話を私に振らない事。ちゃんと女の子の気持ちが解るようになりましょうね? 青天目くんデリカシーが無い所あるわね。治していきましょう」

「努力するよ」

「やーい、マサオミのノンデリ~」


 ピンクのツインテールを可愛げに揺らしS15が政臣を煽る。


「っ、どこでそんな言葉を?!」

「私よ」


 ◆


 C分遣隊が任務そっちのけで雑談を交わしている最中にも、オメガ監察庁の職員は精密機械のごとき勤勉さを発揮している。


 立法府とオメガ監察庁を創設した十二の世界は他の恒常世界との区別のため、独自の名称を持っている。監察庁統制課課長セレネ・ウィンドアーグの出身は〝アルザマイデン〟という。アルザマイデンは大戦で中立を貫くも、結局進攻を受けて参戦する事になってしまった世界だった。


 大戦の記録は終戦から五千年が経った現在も忌むべき凶事として記録されている。十二の世界の歴史教育では、この大戦がいかに恐ろしく破滅的だったかが教えられるのだ。内容に疑義を呈する者はほぼいない。何故なら大戦の余波は現在でも色濃く残っているからだ。


 ちょうど政臣が姫愛奈にデリカシーの無さを糾弾されている頃、セレネは無断で転移するために恒常崩壊点を利用しようとした団体の検挙を指揮していた。恒常崩壊点というのは恒常世界が消滅した後に残る残滓のようなものである。ブラックホールのように極めて高密度であり、崩壊した世界のありとあらゆる要素が濃縮されている特異点というべきものだ。


 セレネの乗るオメガスペース航行艦は、恒常崩壊点から離れた位置に次元アンカーを固定していた。崩壊点はそれこそブラックホールのように近づくモノを引き込んでしまう。指揮席に座るセレネは、船体が半分消えている団体の船を見て溜め息をついた。


「バカな連中。崩壊点に突っ込んだって転移出来る訳がないのに」


 十二の世界は科学と魔法を組み合わせた驚異的なテクノロジーを有している。が、その点を覗けば他の恒常世界と文化習俗に目立った差異は無い。そのため、陰謀論や疑似科学といった愚劣極まりない概念も存在する。


 有名な陰謀論の一つとして、〝実は恒常崩壊点は巨大な転移門であり、オメガ監察庁がそれをひた隠しにしている〟というものがある。当然ながら根拠不明の陰謀論だ。だが、世界間転移能力を持つ世界が十二も揃うと、陰謀論に脳をやられた愚民が一勢力を築いてしまうのである。


 セレネの指揮で検挙されているのも、そんな陰謀論者の団体だった。オメガ監察庁とその上位組織である立法府を、大戦を引き起こした黒幕だとして糾弾する〝第五セクター〟という組織。団体はその分派で、恒常崩壊点を巨大な転移門だと信じてやまない集団だった。


「三十人ほどが崩壊点に吸い込まれたようです。救出は無理ですね」


 部下の一人が報告すると、セレネは天から与えられた美貌が勿体無いほどの勢いで眉間にしわを寄せた。


「本音を言うと、こんな連中を救出する事自体間違ってるわ。危険因子として皆殺しにしてしまえば良いのよ」

「課長。長官の耳に入ったら……」


 別の部下がなだめるも、セレネの鬱憤は溜まり続ける一方である。


「何が〝真実の究明〟よ。真実はあなたたちみたいな頭の弱い連中には一生縁の無い代物だっていうのに」

「また始まったぞ」


 部下の一人がバツの悪そうな表情を浮かべる。基本的に立法府やオメガ監察庁の上層部はエリート主義が蔓延していて、陰謀論者やテロリストといった人間を見下している。無論エリートの全員が陰謀論に染まらない訳では無いが、少なくともセレネは違った。彼女は幼い頃から立法府かオメガ監察庁の上級職員になるべく教育されてきたので、その影響をもろに受けているのだ。


「金と人を使って助けてやってるのに、帰ってくるのは罵詈雑言。義務だからやってるけど、立法府が許せばあんな連中まとめて崩壊点に放り込んでやりたいくらいだわ。こんなバカげた事に何十人も賛同しているなんて、ホント悪夢みたいで──」


 セレネの愚痴に部下たちが辟易へきえきし始めたまさにその時、監察庁本部からセレネ宛に緊急通信が入った。


「セレネ課長、特別任務についている青天目政臣統制官の生体反応が消失──あっ、今回復しました」


 めちゃくちゃな報告にセレネの焦燥感が削がれ、愚痴が止まった。


「な、何ですって?」

「たった今、青天目統制官のバイタルが完全に消失したのですが、一瞬で回復して……」


 ホログラムモニターの向こうで困惑した顔を浮かべる職員に、セレネはある事を思い出し、倦怠感をあらわにする。


「ああ、安心なさい。青天目統制官と白神統制官は特異性の不老不死なの。例え塵になっても復活するってドクター・クランと科学総監部のお墨付きよ」

「はあ……」

「けど、一度死んだってのは聞き捨てならないわね。死因は?」

「ああ……。ええと……」


 職員は逡巡しゅんじゅんの後、トーンを下げて言った。


「青天目統制官の失言で白神統制官が怒ったのが原因のようで……」

「は? 今二人は何してるの」

「仮のセーフハウスを確保したようです。雑談中に発した青天目統制官の発言が白神統制官の勘気に触れたようです」

「……」

「あっ、いやっ──報告は以上です!」


 セレネの顔を見た職員が、慌てて通信を切る。盗み聞きしていた部下の一人が小声で「来るぞ……」と呟く。


「──あああ!! 仕事しなさい! 自由人どもがぁぁ!!」


 政臣と姫愛奈の笑顔を思い浮かべつつ、セレネは叫ぶ。遭難者の回収作業はブリッジでの騒ぎを除き、つつがなく行われたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る