5.迎撃

 〝生け贄〟なるものを探しに来た兵士たちを迎撃するため、政臣と姫愛奈は準備を進めていった。


 二体の補助ドールに、五体のドロイド兵を合わせると、総勢七人。数だけで言えば、二十人を相手するには不足だ。だが、政臣と姫愛奈たちは技術力の点で相手を超越している。


 姫愛奈が村人たちを二階の一番奥の部屋に押し込んでいる間、政臣はドールとドロイド兵を配置していった。ドロイド兵を二階の窓に、ドールは一階の正面玄関口を挟む窓にそれぞれ配置した。


 更に小型の虫型ドローンを放ち、兵士たちをマッピングしていった。政臣と姫愛奈のホログラムマップに赤点が追加されていく。


 人数と敵の武器構成を確認した政臣は、自身の銃レギュレイターにロングバレルとスケルトンストックを取り付けた。レギュレイターは拡張性が高く、短時間で拳銃形態からライフル形態に出来る。


 最後にサイトを取り付け、スイッチを押すと、自在に望遠距離を変化させられるホログラムサイトが現れた。準備は完了だ。


青天目なばためくん、一応村人は避難させたわよ」


 姫愛奈が二階から下りてきた。


「よし」

「作戦は?」

「白神さんが連中に突撃して混乱させて、それを俺たちが叩く。どう?」

「私が鉄砲玉? 女の子を突撃させて、何とも思わないの?」

「何も。君は俺と同じ量の戦闘訓練を積んで、俺よりも強いと評価されてる。特に何もおかしいとは思わないけど?」


 真顔で言う政臣に、姫愛奈は呆れたような、諦めたような表情を見せた。


「どうしたの」

「ちょっとは配慮ってものが──」

「大丈夫。サポートはしっかりするから」

「突撃させるのは変わらないのね」


 姫愛奈は一瞬肩を落とすが、すぐに気を取り直す。艶やかな黒髪をなびかせ、フラワーシーフを鞘から抜く。


「期待されてるならしょうがないわ。全部斬っちゃっても良いわよね?」

「何人かは残せと──いや、さっき指示を出していたヤツだけは倒さないでくれ。事情を訊く」

「はいはい」

「政臣統制官」


 窓から外の様子をうかがっていたS14が政臣を呼ぶ。


「どうした」

「敵が接近中です」


 政臣と姫愛奈は窓に近づき、坂を上って来る数名の兵士たちを確認した。彼らに警戒している様子は無い。それどころか呑気に雑談すらしている。緊張感があまりにも無さすぎた。


「あいつら、民兵か何かだろう。あんな堂々とぶらついて、攻撃されたらどうするつもりなんだ」

「じゃ、攻撃してみましょう」

「準備かんりょー!」


 S15が軽機関銃を携え言う。S15の持つ〝コンクエスター〟は、火力支援目的で開発された軽機関銃である。かなり重く、本来は銃座に固定して使う事を想定しているのだが、S15──ミーナはベルトを付け、それを肩にかけて無理やり携帯している。人間ではなく補助ドールなので、重量も全く気にならないという訳だ。


「白神さんが突撃したら各々で銃撃しろ。白神さんに当てない事だけを考えろ」

「青天目くんも誤射しないでね」

「君から離れている敵を狙うよ」

「そうして」


 姫愛奈は髪をなびかせ、口元に微笑を浮かべて倉庫の入り口に向かう。フラワーシーフの刃をグローブを着けた指で軽くなぞった後、回し蹴りで扉を勢い良く開けた。


 突然開いた扉に、兵士たちは驚き棒立ちになる。更に艶やかな黒髪をなびかせた、戦乙女を体現したような華麗な少女に釘付けになってしまう。まさに美少女という言葉がふさわしいその姿に、兵士たちは一瞬の思考停止に陥った。


 最前にいた兵士が、姫愛奈の右手にある透明な刃を見て、ようやく事態を理解した。アサルトライフルを構え、叫ぶ。


「マズイぞ! コイツ──」


 姫愛奈はフラワーシーフの刃を蛇腹状に変形させ、鞭のようにしならせて最前の兵士に斬り付けた。兵士の首が刃に掻き斬られる。引き金に指をかけ、ライフルを連射しながら斃れた。


「やれ!」


 政臣の合図に二体のドールとドロイド兵が攻撃を開始する。兵士たちは一階と二階から降り注ぐ弾雨にさらされた。


「何なんだ?!」


 大声で当然の疑問を言い放った一人の兵士は、回答代わりに銃弾を全身に受けた。S15は普段の無邪気な笑顔のまま混乱する敵を撃ち続ける。コンクエスターの重低音が地面を這い、抵抗する兵士たちに襲いかかり、狩り殺していく。


 残敵はドロイド兵の正確無比な射撃によって蹴散らされて行った。総合的に言ってドロイド兵は補助ドールよりも遥かに劣っているが、生身の人間相手にとっては十二分な脅威である。縦型のカメラを載せたような頭部に、配線や機械部品を覆う角張った装甲。慈悲は無く、ただ無機質に敵を始末していく無感情の兵士だ。


 ドロイド兵はサブマシンガンの正確な射撃で次々と敵を倒していく。頭と心臓部を撃ち抜かれた敵兵を一瞥し、姫愛奈は口笛を吹いた。


「へえ、戦闘では役立ちそうね」


 敵と味方の銃弾が行き交う中を、姫愛奈は優雅に駆け回っていた。これが初めての実戦なのだが、姫愛奈は緊張感と共に不思議な高揚感を覚えていた。敵を斬った時に飛び散る血。歪む相手の顔。それを見て感じる「斬った」という感覚と罪悪感。日常では決して味わえないような感情の混合物は、姫愛奈に確実な変化を促していた。


 少し前まで、姫愛奈はどこにでもいる女子高校生のはずだったのだが、何もかもが一変した事で、彼女の中にあった潜在的なものが現出した。それは元の世界──すなわち日本で暮らしていれば決して自覚しないような、非日常的な特質だ。


 戦士の適性。姫愛奈はどういうわけか天性の戦闘センスを持っていた。それはフラワーシーフという武器を使っている点から説明出来る。オメガ監察庁の兵器開発課では、課長であるドクター・クランの方針で様々なコンセプトの兵器が研究・試作されている。このフラワーシーフもその一つで、元は白兵戦主体の武器を、遠距離戦で使えるようにするというコンセプトの下研究されていたものだった。


 魔力伝導を利用した連結システムにより、蛇腹状の刃を実現したこの剣は、理論上は鞭の要領で敵から距離を取りつつ追撃を行えるはずであった。


 実際は上手く行かなかった。鞭のようにしならせる都合上、周囲に味方がいると使えないし、制御を誤って使用者自身に巻き付けてしまうというリスクばかりが注目された。オメガ監察庁は基本的に集団戦を旨とする。故に一対多数のような個人戦向けの武器たるフラワーシーフは監察庁の武器としては不適格と見なされたのだ。


 以来、この花盗人はなぬすびとは試作兵器庫を牢獄として無限の刑期に身をやつしていたのだが、姫愛奈がやって来た事で変化が訪れた。


 姫愛奈は、彼女にしか分からない感覚でこの難儀な刃を使いこなした。曰く、腕に伝わってくる刃のしなり具合から制御出来るとの事だが、政臣も、またドクター・クランも理解出来なかった。姫愛奈はいわゆる感覚派だったのである。


「遅い遅い!」


 姫愛奈の狂戦士のごとき笑みに敵が怯む。その間に姫愛奈は二連撃で敵二人を斬り捨てた。次いで刃を蛇腹状に変形させながら右回りに回転し、自身の背後を取ろうとした別の敵に攻撃を加える。透明な刃は狂暴な蛇の如くその牙を剥き、アサルトライフルを構えていた男の胸を裂いた。数分もかからぬ内に倉庫にやって来た兵士たちは全滅した。


 村の方から男たちの声が聞こえてくる。倉庫近くでの騒ぎに気づいたのだ。


 倉庫から出た政臣は、腕のウェアラブルデバイスを通じてドロイド兵に指示を出す。


「村に下りてこちらから攻撃を仕掛ける! 指示を出していたヤツ以外は撃て!」


 間接部のモーター音を響かせ、ドロイド兵が倉庫から飛び出し、村に下りていく。兵士と遭遇すると、何の躊躇も無く銃撃を開始した。


「何だコイツら?!」

「撃ち返せ!」


 兵士たちは突然の事態に困惑しつつも、各々で応戦し始める。しかし練度の差か武器の性能か、ドロイド兵たちに機械的に狩られていく。


「何が……」


 指示を出していた男は、倒されていく部下を見て立ち尽くしていた。これはどういう事だ。何もかも話が違う。この村は既に他の連中が片付けた後ではなかったのか。ルーチンワークの通り、生き残りがいないか確認しに来ただけだったのに。


 男は背後に停まっているトラックを見やった。まだ間に合う。自分だけならまだトラックの運転席に飛び込み、一目散に逃げられるかもしれない。言い訳など後だ。今は命が優先だ。


 部隊の中でも比較的長い付き合いだった兵士が頭を吹き飛ばされた事で、男はより一層決心がついた。指揮を放棄し、もつれる足を無理やり動かしてトラックへと向かう。


 が、それは上から降ってきた銀髪の少女によって阻まれた。ポンチョを着た無表情の少女は、それこそ人形のように男の前に立ちはだかった。


「なっ、テメエ!」


 進路を妨害され、男が怒声を発するのと同時に銀髪の少女──S14は回し蹴りを食らわせた。頬にしたたかな一撃を受け、男は血を吐き出す。


 地面に叩きつけられた男は、華奢で可憐な少女とは思えないその力に戦慄した。そしてその無表情に、心は氷漬けになった。


 少女たちが活躍している中、政臣も指揮ばかり執っている訳ではなかった。まずは黒焦げになった家の壁に隠れていた一人。政臣を狙い、機を見て飛び出したのを反射的に撃ったのだ。胸と頭部にそれぞれ一発。政臣も姫愛奈ほどではないが天才肌であり、記憶学習とそれに伴う実践訓練で会得した射撃力を遺憾なく発揮した。


 一人目を始末した政臣はその足で村の中央にある広場に移動した。ホログラム投影されたマップによれば、敵兵士が三人ほど広場に向かっている。


 広場に到着した政臣は、兵士たちが何かの木箱を引きずって運んでいるところに出くわした。兵士の一人が驚きつつ政臣に発砲する。少年はとっさに装着しているケープで自身の上半身を覆った。政臣のテックウェアは姫愛奈のそれとは違い、柔軟性に難がある。作戦指揮官が前線に立つなど通常では考えられないのだが、政臣たちに課せられた任務の都合上、彼自身も敵と相対する機会が多いはずである。そういった統制課の配慮もあり、政臣の将校服のごときテックウェアには衝撃吸収素材で作られたケープが着いている。


 ケープは理論通りの効果を発揮した。着弾した弾は潰れ、政臣の足下に音を立てて落ちる。


「っ?!」


 相手が動揺した隙を見逃さず、政臣は腰だめでレギュレイターを撃った。一発目が肩、二発目が右脚、三発目が心臓を貫いた。


 木箱を運んでいた二人の兵士は無造作に箱を置き、仲間の復讐を目論んだ。二つの銃口から放たれる弾を、政臣はケープで身体を覆って防ぐ。広場に入った時に確認していた荷馬車にまで走り、ローリングしてその陰に隠れる。


 政臣はマガジンを半分だけ抜き、残弾を確認した。レギュレイターのマガジンには通常十二発弾丸が入る。五発撃ったので、残弾は七発。政臣は銃の射撃モードを切り替え、荷馬車の陰から半身を出した。


 牽制射として連射する。弾丸は地面を這うように着弾し、兵士二人を怯ませた。政臣が新しいマガジンを装填している間、兵士たちは近くの崩れた建物の陰に退避した。


 兵士が見えない位置に移動してしまったが、政臣には関係が無い。戦闘前に放っていた虫型ドローンが、常に敵と政臣たちの位置をモニターしている。政臣はナノレイヤーにマップを表示し、逃げた二人の位置を突き止めた。


 荷馬車の下から安全を確認し、意を決して政臣は走り出した。相手が反応するより先に荷馬車から兵士二人が隠れている壁と対面している別の壁に移動する。射撃モードを単発に切り替え、ナノレイヤーにレティクルを投影して顔を出した。全く同じタイミングで兵士の一人もアサルトライフルを構えつつ壁から上半身を覗かせていた。


 一瞬の出来事だった。レティクルで敵を確実に捉えた政臣は、その頭部を撃ち抜いた。兵士は最後の瞬間すら認識出来なかっただろう。


 味方が額に穴を開けて倒れたのを見たもう一人は、ヤケになったのか大声を上げて飛び出した。射撃しながら前進し、政臣に近づいていく。


 壁を貫通する弾を寝そべって回避した政臣は、銃撃が止んだその刹那を突いた。レギュレイターを構えつつ立ち上がった政臣が見たのは、弾詰まりを起こしたアサルトライフルのコッキングレバーを引こうとしている敵だった。


 噛んだ弾丸が排莢された瞬間、政臣は腹に一撃を食らわせた。男は倒れる。歩いて近づいてくる政臣を鬼の形相で睨み付ける。それは苦痛に耐え抜こうとしている顔だ。


 片手でアサルトライフルを掲げ、自分に震える銃口を向ける相手を見て、政臣はわずかだが罪悪感を感じた。だが、そんな感傷もすぐに消え失せる。少なくともコイツらはこの村を壊滅させた連中と同類か、同志の可能性がある。そんなやつらに同情など、いや、そもそも同情してはいけない。


 政臣は無表情で男の頭を撃ち抜いた。見開いた目で空を仰ぎ、男は絶命した。


「青天目くーん!」


 声に振り返ると、姫愛奈が遠くで手を振っていた。彼女の後ろでは、S14が敵の指揮官とおぼしき男を捕縛している。


「そっちは終わったー?!」

「とっくに終わってるよ」


 そう言い返し、政臣は再び兵士の死体を見下ろした。初めての戦闘で初めて人を殺した。オメガ監察庁での統制官課程でも、殺人の際に感じる種々の感情を再現した記憶学習を経験したが、やはり本物は違う。人の命を奪ったという罪悪感、自分はやられなかったという安心感、そして疲労感。いくらお前たちは不老不死だ、撃たれても斬られても多分大丈夫だと言われていても、やはり堪えるものがある。


「クソ……」


 胃の中をヘアブラシで掻き回されるような不快感を無理やり押し込み、政臣は姫愛奈たちの元へ歩いていった。

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