4.任務開始
見覚えのある光に包まれた後、政臣と姫愛奈が感じたのは濃密な木と草の匂いだった。
一行は晴天の空の下で仰向けになっていた。どこかの森林の中。風で草木が揺れる。
政臣は上体を起こし、服に内蔵されたホログラム投影装置を起動した。モニターが中空に現れる。モニター上部には、〝恒常世界MEー5142〟の表記がある。目的としていた世界に降り立てたようだ。
「成功した……。良かった」
姫愛奈と二体のドールも起き上がる。服に付いた土を払いながら姫愛奈はうめいた。
「もう少し綺麗な場所に降りたかったんだけど」
「贅沢言うなって。いきなりどこかの街の道路なんかに俺たちが現れたら大変だろうが」
「そうだけど……」
まだ不満を言いたそうな姫愛奈をよそに、政臣はMEー5142の情報をさらに求めた。文明レベルは初頭レベル中期。魔法的な鉱物を使った初期魔導文明が築かれているという。
「私たちがもといた世界と同じのレベルって事?」
「それは実際に街とかに行かないと……。S14、近くに人間はいるか?」
ポンチョを着た少女の見た目をしたS14は、青色の瞳を輝かせて調査モードを起動する。
「探査中……南西一キロの先に生体反応があります」
「数は?」
「……合計で八人。その内六人が負傷状態です」
「何?」
S14の報告に政臣と姫愛奈は真顔になる。S15──ミーナはそんな二人を交互に見て笑顔を見せた。
「ヒメナとマサオミこわーい!」
「負傷状態っていうのは……」
「待て」
政臣は姫愛奈に口を噤ませる。彼は焦げ臭い匂いが風に乗っている事に気づいた。
「何かが燃えた後の匂いだ。確かに南西の方からするな」
「ワタシの臭気センサーにも反応があります」
「ミーナのも~!」
「〝鼻〟って言ってくれない?」
「何か良からぬ事態が近くで起こっているらしいな。どうする、白神さん?」
「面倒だわ。あなたが決めて」
あまりに軽い口調で言うので、政臣は面食らった。
「はっ? いや、白神さんも方針とか作戦考えようよ」
「
「他の事って……ああ、もう。分かった。俺もあまり反対されるのは好きじゃないしな。言っとくけど、作戦にはしっかり従ってもらうからね」
「できる範囲、でね」
姫愛奈は妖艶な響きで返答すると、腰に提げている武器を引き抜いた。ガラスのように透明な刃が輝くブレードだ。柄に付いたボタンを押すと、刃の部分が等間隔に分裂し、蛇腹状になった。〝フラワーシーフ〟。それが姫愛奈の持つ武器の名だ。
可変式複合攻撃システム──VCAS。立法府やオメガ監察庁の実動部隊で用いられる兵装である。政臣と姫愛奈はこのVCASを使い戦闘訓練を受けた。模擬戦で刃を交えたのも二度や三度ではない。
「言っておくけど、最初っから実力行使は無しだからね」
「それくらい分かってるって」
「本当?」
一回目の戦闘訓練の際、姫愛奈はこう言っていた。「私、こういう荒事は苦手なのよね」と。しかし模擬戦用のドールをいとも簡単に倒した後、彼女は全く正反対の言葉を政臣に投げかけたのである。
「私、向いてるかも!」
実際、姫愛奈は模擬戦において政臣を何度も下した。政臣のレベルもそれなりのものだったのだが、姫愛奈の場合は
自分のセンスを自覚してから、姫愛奈は戦闘を愉しむようになった。──少なくとも、政臣の目にはそう見えている。なぜか、彼は何度か模擬戦で首をはねられかけたのである。普段の不満げな表情とは打って変わった、愉しげな笑みを浮かべる姫愛奈に。
姫愛奈の明らかに健全ではない笑みを思い返しつつ、政臣は腰のホルスターから拳銃を抜いた。名は〝レギュレイター〟。これもVCASの一つで、声紋認証で強力な電撃を放つスタンスティックに変形する。オメガ監察庁の治安部隊がサイドアームとして装備している銃で、機構の簡便さと耐久性に定評があった。
「S14、お前も武器を用意しておけ。ただし、俺が許可するまで発砲するなよ」
S14の武器はショットガン型の〝オプレッサー〟。無論これも変形可能で、姫愛奈のフラワーシーフと同じ材質の刃を使ったチャクラムになる。
「その八人がいるって場所に移動しよう」
政臣は南西の方向からかすかに見える黒煙の柱を空に認め、先頭を歩き始めた。
しばらくしてC分遣隊は森を出た。そこは狭いが盆地になっていて、草原の中に人が踏んだ事で出来た獣道が見える。この位置に来て、政臣と姫愛奈は胸が苦しくなるほどの焦げ臭さを感じ取った。
「火事?」
「それよりも酷いやつだ」
二人は燃えカスだけになった農村を目の当たりにして顔をしかめた。木で出来た柱はまだ煙を出し、レンガ造りの壁は破壊され残骸として散らばっている。小麦色をした作物は燃やされ、まだ残り火がくすぶっている。
だが何より政臣と姫愛奈が注目したのは、無惨に放置された死体だった。そのどれもが元の形を保っておらず、切れ味の悪い刃物で斬られた後のような状態をしている。一部の死体は性別が判らないほどに燃えていて、赤ん坊のように縮こまっていた。
臭いの正体は燃えた人であった。今まで嗅いだ事の無い死の臭い。二人にとって幸いだったのは、食事を必要としない身体になっているおかげで、胃に内容物が無い事だった。もっとも、胃が奇妙に
もといた世界では画面の向こう側にしかなかった光景を見て、政臣と姫愛奈の中に様々な感情が渦巻く。怒り・哀れみ・悲しみ……。だが、二人は歯止めの利かない正義感の持ち主ではない。統制官として訓練された理性が、二人に冷静さを取り戻させる。
「S14、検知した八人の位置をマップに表示しろ」
「表示します」
一行を囲うようにホログラムモニターが出現する。周辺域の概略図に赤点で生存者がハイライトされた。
「俺は西側を」
「じゃあ私は北側のを」
二人の行動は迅速かつ効率を極めた。S14が検知した八人を、比較的被害の少ない東側の倉庫に集め、簡易的な処置を施した。
「再生能力のある俺たちには無用の長物だと思ってたが……」
政臣は細胞再生促進スプレーを数回振り、男のただれた腕に吹き掛けた。化膿し始めていた火傷が、みるみるうちに回復していく。
「ねえ、ヒメナ~。この人熱があるよ~」
S15もといミーナが汗をかく老人を指さして言った。
「じゃあこのワクチン打って」
「は~い」
姫愛奈はミーナが慣れた手つきで無痛注射を打つ様子を観察した。たちまち老人の顔に生気が戻り、乱れていた呼吸が整ったのを見て、黒髪の少女は思わず苦笑してしまう。
「ホント、文明レベルが違うわ……」
統制官とドールたちが応急処置に励む中、負傷者の一人が目を覚ました。白いケープを羽織った政臣を見て、
「何語だ……あ、いや、翻訳機があるんだった」
政臣は首に付けている翻訳機を起動する。姫愛奈も思い出したかのようにチョーカー型翻訳機を起動した。ただのうわ言が少し訛った日本語に変換される。
「何だ! あんたら、どこのもんだ?!」
「落ち着いてくれ。我々は敵じゃない。周りを見ろ」
中年の男は手当てを受けた仲間たちを見る。顔から警戒心の色が急速に薄れていった。
「あんたらがやったのか」
「そうだ。事情を説明してくれるか」
「あ、ああ……。だども、そ、その前に水を……。喉が乾いて……」
「S14、水を」
指示を受けたS14は周辺スキャンで桶に入った水を発見し、浄水器付きの水筒に入れて持ってきた。男は水筒をありがたそうに受け取ると、服が濡れるのも気にせず飲み干した。
咳き込む男の背中をさすりながら、政臣は優しく話しかける。
「大丈夫か?」
「もう大丈夫だ。……? ほー、あんたら揃って別嬪だな。身なりも綺麗だし、良いとこの坊っちゃん嬢ちゃんか?」
政臣と姫愛奈は顔を見合わせた。そういえば現地では何に扮するか決めていなかった。更なる勘違いを生むのも、下手に情報を与えるのも良くないので、政臣は適当にいなした。
「だとしたら、貴方の言い方はだいぶ失礼なのだがな。それよりも、誰がこの村を襲ったんだ?」
その質問は、男のトラウマを刺激させたようだ。息を詰まらせ、額から汗を垂れ流し始めた。目の焦点が合わなくなっているのを見てとった政臣は、背後でアヒル座りしている自分の補助ドールに振り返った。
「S14、アルセリベアチン(オメガ監察庁で用いられている軽度の精神安定剤の事)を」
「どうしたの?」
全員の手当てを終えた姫愛奈もやって来る。
「多分フラッシュバックだ。迂闊だった。もっと落ち着いてからにすべきだったな」
精神安定剤を注射され、ぐったりと倉庫の柱にもたれる男の禿げ頭を観察しながら、政臣はひとりごちた。
◆
応急処置により村人たちは命を取り留めたが、傷の完治にはやはり医療施設での治療が必要だった。
中途半端に助けたまま放置するのは気分が悪い。そんな政臣の判断で、応急処置を村の倉庫で過ごす事にした。倉庫は村を見下ろせる高台にあり、村の中で唯一炎を免れていたのだ。
任務に際して、政臣と姫愛奈は多くのガジェットを持ち込んでいた。それらはドクター・クランが開発した収納装置によって亜空間に保存されており、かさばる事無く行動できるようになっている。
二人は亜空間からドロイド兵を取り出した。S14やS15のような補助ドールよりも知性面で性能は低いが、命令に忠実で敵に容赦が無い点が高く評価されている。普段は長方形サイズに折りたたまれていて、起動すると人型のロボットに展開する仕組みだ。
五体のドロイド兵で村の周囲を警戒させ、政臣と姫愛奈は村人たちの介抱に専念した。村中から無事な布や服を集め、分子再構成機にかけて綺麗なシーツに変換する。倉庫の床にそのまま寝かせるよりはマシであろうという姫愛奈の判断だ。
八人全員の容態が安定する頃には、陽がすっかり暮れていた。政臣と姫愛奈は村の周囲に人感センサーを敷設し、倉庫内に引きこもった。
「初日から人名救助とは……」
消費した医療品の目録を作成しながら政臣はひとりごちた。彼はもう少しスムーズに事が運ぶだろうと想像していたのである。山を下りて、人の住む場所に赴き、情報収集をしつつどこかにセーフハウスを確保する……。勿論、これら全てを完璧にこなせるとは本人も思っていない。ただ、いきなり壊滅した村に遭遇するとは誰に予想出来るだろうか?
壊滅した村の光景に、ふと施設での思い出がよみがえる。家族を失い、伯父の計らいで入所した養護施設。そこでは毎年、十歳以上の入所者を対象に修学旅行じみたレクリエーションが催されていた。職員を引率に、観光地などに行くのだ。
いつだったか、ある男子の意向で、その年の夏に公開された歴史モノの映画を観に行った事があった。題材は関ケ原の戦い。歴史考証に凝っており、エンタメ性はイマイチな映画だったと政臣は記憶している。
その中で特に政臣が印象に残ったのは、徳川家康と石田三成の頭脳戦でも、ラストシーンの関ケ原での決戦でもなく、兵糧集めの一環で襲撃されたであろう集落のシーンだった。
粗末な小屋のような家は燃え、田んぼは踏み荒らされ、住民は撫で切りにされている。戦国の世から泰平の世へと移る寸前の、無常な世相の残滓を表したであろう場面。その時政臣は十一か十二の時だったが、劇中音楽も無く、淡々と流されるその映像に、奇妙な胸の高鳴りを感じたのだ。映画内容の真面目さに友人たちが不平を漏らす中、政臣はその奇妙な感覚に取り憑かれそうになっていた……。
「青天目くん」
耳心地の良い呼び声に政臣は現実へと引き戻される。
「何か来たわ。動物じゃない」
すぐに頭を切り替え、政臣はレギュレイターを手に取る。姫愛奈と倉庫の二階に上がり、閉じた窓の隙間から外をうかがう。
一台のトラックが村に入ってきて、停車してすぐに荷台から武装した兵士たちが降りてきた。数は二十人。全員が自動小銃とおぼしき銃器を装備している。
「どこかの兵士?」
「さあ。だけど、兵士にしてはみんな着ている服がバラバラだね」
兵士たちは制服や軍服ではなく、シャツのような服を着ていた。便衣兵という可能性を除けば、完全に銃を持った一般人にしか見えない。
「ちょっと、見て」
姫愛奈がその形の整った眉を歪める。窓から出ないように指した指の先には、丸まった焼死体の前で携帯電話のような機器を構える兵士がいた。
「もしかして写真撮ってるの?」
「少なくともこの世界ではケータイみたいな機械が普及してるってのは分かったのは大きいな」
「あいつら笑ってるわよ。死体なんか撮って何が楽しいのかしら……」
「何を話してるか聞いた方が良いな」
政臣は集音器を兵士たちの集団に向けた。
『生き残りが居ないか探せ! ここで見つけられなかったらお前らの誰かが生け贄になるんだからな!』
生け贄。あまりに物騒な単語に政臣と姫愛奈は思わず互いの顔を見合わせた。
「何? なんかヤバい集団?」
「銃を持って生け贄探すやつらがまともな訳無いだろ。……話し合い出来るかと思ったけど、あれじゃ無理だな」
「やる?」
姫愛奈は鞘からフラワーシーフを半分だけ抜いた。
「はやらないで白神さん。一人、いや二人は捕らえよう。連中が何なのか知らなきゃ意味が無い」
「面倒ね。まともじゃ無いのは確かなんだから全員殺っちゃえば良いじゃない」
少し前までただの女子高校生だったとは思えないような言動をする姫愛奈に、政臣は眉をひそめる。一月前までは何も解らず怯えていたと言うのに。
「やつらが誰の指示で動いてるか知らないと。その都度目の前の敵を倒してるようじゃ、この世界の事が分からないだろ?」
「そうだけど……」
「姫愛奈統制官、現場での指揮権は政臣統制官にあります。政臣統制官の指示に従うべきです」
ミディアムヘアの銀髪に白いポンチョを着たS14が無機質な声で進言する。その青い瞳にじっと見つめられ、姫愛奈は思わずたじろいだ。
「ちょ、何よ。そんなじっと見なくても良いでしょ」
「お姉ちゃんまばたき! ちゃんと人間っぽい動きしないと」
S15がピンク色のツインテールを揺らして姉──S14に注意する。S14はS15を一瞥し、軽くまばたきした。
「言われてからまばたきしても……」
「今は良い。じゃ、S14の進言もあるし、しっかり俺の指示に従ってもらうぞ」
「はーい!」
「元気良いわね、ミーナちゃん」
「うん! ミーナ元気ー!」
初めての実戦前だと言うのに、何と言う緊張感の無さか。政臣は苦笑した。
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