第二章 第一話:逃亡と絆
夜の王宮を抜け出し、私たちは石畳の街路を駆け抜けていた。影を追うように疾走する私の背後に、白蓮の足音が確かに響いている。夜風が顔を打ち、息が白く滲むほど冷え込んできた。
「追手はどこまで来ている?」
白蓮が低く問いかける。私は耳を澄ませ、遠くから響く衛兵たちの怒声を聞き取った。
「そう遠くはない。だが、ここで捕まるわけにはいかない」
私は手早く考えを巡らせた。城門は警戒が厳しく、正面からの脱出は無謀だ。だが、一つだけ可能性がある。
「東門の外れに、古い水路がある。そこを抜ければ追手の目を欺けるはずだ」
「分かった、任せる」
白蓮は短く答え、私の隣を並走する。彼の静かな呼吸と、迷いのない動き――まるで何年も共に戦ってきた仲間のようだった。
私たちは小道を抜け、廃れた寺院の影に身を潜めた。古びた木造の建物は今にも崩れそうで、長年手入れがされていないのが一目で分かる。だが、この場で一息つくには十分だった。
「なぜ、俺を助けた?」
白蓮が静かに問いかける。暗がりの中、彼の赤い瞳が鈍く光る。
「……俺にも分からない」
口をついた言葉は正直なものだった。理性では理解できない。だが、何かに突き動かされた。それは、単なる情けではない。
「龍神の血を引く皇子が、敵国の剣仙を助ける……興味深いな」
白蓮は皮肉げに笑うが、その瞳の奥には探るような光があった。彼もまた、私を見極めようとしているのかもしれない。
私は彼を見返し、言った。
「お前こそ……なぜ抵抗しなかった?」
「……俺は、生かされているだけの存在だからな」
その言葉の奥に、深い影が潜んでいた。彼の言葉が意味するものを問い詰める前に、遠くで衛兵の声が響いた。
「包囲を強めろ! 奴らはまだ遠くへ逃げていないはずだ!」
私は白蓮の腕を掴み、再び走り出す。彼はわずかに驚いたようだったが、すぐに足を揃えた。
水路への抜け道を目指しながら、私は胸の奥で強まる何かを感じていた。今はまだ言葉にはできない、けれど確かに存在する感情。
白蓮と共に逃げることで、私は彼と繋がり始めているのかもしれない。
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