ある男の「つばなれ」

メガフリマ

第1話

いやー先生、どうもどうも。本日もよろしくお願いします。


突然ですが、先生は 「つばなれ」 って言葉をご存知ですか?

……そんな顔しないでくださいよ。


つばなれっていうのは、1つ、2つ、3つ、続いて9つ、10というふうに数えたときに、10から「つ」が離れる。ここから 10になることを「つばなれ」 というんです。

舞台の役者や芸人さんが、自分のお客が 10人以上に増えたことを区切りとして「つばなれ」と呼ぶ んですよ。



もちろん私は役者や芸人じゃありませんから、そんな奴が何を言ってるんだと思うかもしれませんが、前回の時に、見に来てる人の数を数えてみたらなんと10人を超えていたんですよ。

まさか私のようなものに興味のある物好きが、10人以上もいるなんてねぇ、びっくりしましたよ。


覚えていますか? 先生。

最初の時なんて、来ているのは関係者とその家族ぐらい。ガランとしてましたよね。


そりゃね、自分が勝手に親不孝なことをやって、誰からも相手にされない。これは当然のことだ。そう思っていますよ。

でも、やっぱり誰も自分に興味がないって分かるのは、なんだか寂しかったなぁ。


それが 2回、3回 と続けているうちに、だんだん人の数が増えていって、前回で ついに「つばなれ」 となったわけです。


何でも、最近はテレビでも話題にしていただいたそうで、これからも見に来る人が増えていくかもしれませんねぇ。


まぁとにかく、先生、本日もよろしくお願いします。


男は、そう言うと、深々と頭を下げた。

まもなく、息を殺して見つめる傍聴人の前で、この男の裁判が始まる。

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