「一生の思い出」
浅間遊歩
「一生の思い出」
新婚旅行に出発する朝、夫は不安げな顔で妻に尋ねた。
「本当にこの旅行会社、大丈夫なのか? ちょっと変わったプランだって聞いたけど……」
「大丈夫よ!」
妻が明るく答える。
忙しさから旅行プランの検討や手続きを妻に丸投げしてしまったが、彼女はその作業を楽しみ、ついに満足のいくコースを見つけたと喜んでいた。
「新婚旅行限定のサプライズ・ハネムーン・ツアー。サイトの評判は☆5よ! 普通じゃない経験ができるんですって。最高の思い出になるわ!」
そうして二人は旅行会社が用意した特別なバスに乗り込んだ。車内は豪華で、他のカップルたちも同じように期待に胸を膨らませている。添乗員は親切で、行き先の詳細は「到着してからのお楽しみ」ということだった。
妻から旅行会社のサイトを見せてもらうと、写真ばかりで地図はない。宿泊地は明かされていないが、どうやら大自然の中でグランピングを楽しむようだ。透き通る青空と輝く太陽。ビルも電線も映ってないから、もしかしたらだいぶ田舎の方かもしれない。最近は山や島を丸ごとキャンプ場にしている場合もあるし、そういう感じなのかもしれないな。
他には完全室内で育てている水耕栽培の野菜工場(収穫した新鮮野菜が食べられる!)や多様な果樹が植えられた温室(もちろん食べられる!)、プライベートのプレミアムデジタルシネマ、温水プールに健康的な運動スペース、万が一のための病院など、施設も充実しているようなので問題はない。
料金は安すぎず、高すぎず、若者でもがんばれば手が届く程度の値段設定。
「結構いいな、これ」
「でしょう?」
妻は得意げに鼻を膨らませる。
バスは首都高から東名高速道路に入り、小田原厚木方面を目指している。熱海へ向かってるんじゃないだろうな、と思ったが、熱海でも別にいいか。昔は新婚旅行のメッカだったらしいし、古臭い温泉街というイメージを払しょくするために再開発でもしているのかも。
周囲に迷惑をかけない程度に妻とイチャイチャしているうち、気が付くとバスは長いトンネルに入っていた。土地勘がないため、すでにどの辺りを走っているのかわからない。
日除けに下ろしていたカーテンの隙間から窓の外を見ると、後方は赤く、前方には青い照明が見えた。
逆走防止のカラーリングか?
よくわからない。
「これは何かの演出なの?」
夫が尋ねると、添乗員が微笑んだ。
「お客様、間もなく目的地です。最もユニークで、他にはない新婚旅行をお楽しみください!」
バスが停まった場所は、見渡す限りの荒野だった。いや、数百mほど先に人工的な建造物が見える。車道は、いつの間にか消えている。
晴れ渡った青空には、まぶしい太陽がふたつ。昼間に見える白い月と太陽ではなく、光っている太陽がふたつ、だ。片方はやや紫がかっている。
周りには同じバスが何台も並んでおり、各車両から新婚夫婦たちが降りてくる。
「ここ、どこ?」
妻がつぶやく。
「ソノリス-γ。開発中の惑星です」
添乗員がさらりと答える。
「弊社の特別プラン『異星ハネムーンツアー』でございます。」
二人は驚き、添乗員に詰め寄ったが、周囲に目をやると他の夫婦たちはすでに新しい世界を楽しみ始めている様子だった。カートのような小型車両に分乗し、遠くに見える施設へと向かっている。
辺りには到着を祝うらしいエキゾチックな音楽が流れている。
「こ、こんな……キャンセルだ! 今すぐ帰りたいんだけど……!!」
夫が訴えると、添乗員は仮面のような笑顔を崩さずに答えた。
「お帰りのバスはございません。新しい生活をここで始めていただきます。」
夫は絶句し、めまいすら感じた。息苦しい。目の前がチカチカする。
ふと妻を見ると、彼女は少しの間考え込み、それから静かに微笑んだ。
「ねえ……、せっかくだし、これもいい経験だと思わない? 地球じゃできないこと、いっぱいありそうだし」
夫は困惑したが、ややあって応える。
「ああ……そうだな。それもいい」
気分が落ち着くと、異星の景色も悪くないと思えた。
添乗員の頭に生えてきた長い触覚も、とても魅力的に思えてくる。
「そうですとも。この星の開発には、多くの居住者が必要です。衣食住は提供しますので、ぜひ十分な繁殖を」
添乗員の言葉にうなずき、夫婦はカートに向かって歩き出す。
新婚旅行は一生の思い出になるものだ。
これはまさに、一生忘れられない思い出になるのだろう。
「一生の思い出」 浅間遊歩 @asama-U4
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