第8話 決意
「我は今、戦争をしているんだ」
「戦争……エイリアンが攻めてきている、みたいな」
もし、あの怪物や相棒が地球外生命体ならば、得体のしれない力で地球の頂点に君臨する人類を無力化し、そのまま乗っ取ろうとしている……。
「っそうか……神様は地球の神様だから地球外の生命体のことは把握していなくて、この現状も手に余る……っ! なら! 相棒は――」
ピンっと指を弾く。空気弾が朔良の額に直撃。
「全然違う。思ったことをすぐ口に出すな。貴様の悪い癖だぞ」
「……ごめんなさい」
額を擦りながら。
「戦争しているのは『我』と『地球』だ。人間の動きが止まったこと、例の化け物、それは全て『地球』が引き起こしていることだ」
朔良は首を傾げ、尋ねた。
「えぇっと、聞きたい事たくさんあるんですけど、あなたはあくまでも地球の神で、地球ではなく、地球自身にも自我? があるってぇ……ことですか?」
地球そのものに自我がある。ということはその上でやりたい放題している人類は…
「そうだ。我は地球を監視しているんだ」
地球の発展の大きな妨げになるものは、神様が解決しているのだとか。
「――まぁ、貴様らが知る由もないがな」
フフンと得意げなその表情の裏は、どこか物憂げ。朔良にはそう見えた気がした。ややこしくなるのでそっと胸にしまったようだ。偉い。
「なるほど……じゃあ今まで地球で起こった大災害や公害は地球が引き起こしていて、それをあなたが解決していたと?」
「んー、それは違うな」
すました表情で神様が言う。
「あれを引き起こしているのは全て我だ」
「なっ、それのせいで沢山の人が死んでるんすよ!? なのにどうして……!」
怒りに任せ、拳を握りしめる。
神様は表情を変えず、なだめるように答えた。
「……こればかりは、な」
組んでいた足を戻し、開いて前傾姿勢になり、手を組んだ。
「この際、話してしまおう」
その表情は、朔良には見えない。
「――運命は全て、一本の糸で繋がっている。地球が、人類がここまで反映できたのはその髪より細く、脆い糸を……我と人類皆が絶えず守っていたからなんだ」
「糸、ですか」
比喩なのか、はたまた本当に糸が存在するのか。そこは今、重要ではないのだろう。
「糸は繊細だが、確かな力がある。地球を正しい方向へ導く力だ。糸が導くならば病原菌を根絶させ、糸が導くならば戦争を起こし、糸が導くならば――」
一瞬止まる。ためらいではない。決心の瞬間だった。
「――――神にだって」
瞬きが、その声を隠そうとした。
逸らすように、置いていくように。
「……え?」
「話が逸れてしまったな。要はほとんどの災害のきっかけを作ったのは我だ。つまり今、自然災害が起きることはない」
偉そうだった神様が申し訳なさそうに顛末を伝えるため、朔良は何も言い表すことができなかった。
ただただ、語り部の姿を静かに見ている。
「だが、問題はここからだ」
神様が片手を空中に振り上げるとモニターが展開された。
「これ……」
朔良は思わず、椅子から勢いよく立ち上がる。
モニターに映っていたのはさっき自分たちが化け物と戦っている映像だった。
「これはな、我が見ていた映像ではない」
「え? では一体だれが……っ待ってください、てことはあなたも見てたんですか!?」
別に恥ずかしい事をしていた訳では無い。けれど恥ずかしいと言えばそうだろう。
「そんなことはどうでもいい。いちいち話を逸らすな――はぁ……これを見ていたのは、他の『ワイズ』共だ」
朔良たちが倒した化け物を「ワイズ」と、神様は呼称しているらしい。
さらに聞くと、ワイズたちは視覚、聴覚を共有し、戦闘データ等様々な記録を集め、どんどん成長しているそうだ。
「間抜けな名だ。『賢い』など、奴らには余りに不相応……貴様もそう思うだろう?」
「付けたのはあなたではないんですか?」
付けそうかと言えば、付けそう。
「そんなわけなかろう。こんな阿保がつけるような名、地球に天変地異が起ころうとも思いつかんわ」
不謹慎というレベルではない。
少年の目元がピクピクッと動く。
「なんだ? 今のは笑うところだぞ?」
「……続けてください」
朔良は内心、この地獄のような時間の終幕を静かに願っていた。
「まあ良い。つまり何が言いたいかというとな……」
スクリーンに目をやると、先程の戦いで決着がつくシーンが出てきた。
「ここで貴様はかっこいい決め台詞を吐いただろう。なんと言ったか、覚えているか?」
「黒歴史掘り返されてるみたいで嫌なんですけど!?」
【なんと、言った?】
津波の音が耳に入ってくる。波から皆が同じ方向へ逃げるように、従わなければ、受け入れなければ、果てしない渦に飲まれてしまいそうだ。
(ずるいよぉ……)
「……勝つのは……仲間が多い方だー、と」
顔を真っ赤にしながら答えた。
「そうだ、そしてこのセリフをワイズ共は聞いていた。どうなると思う?」
「え?」
恥ずかしさを疑問が通り越す。
「ああ、貴様は群れれば勝てる、要はそう言っただろう。そして見事に勝って見せた――そうだな……貴様はゲームで負けたらどうする?」
「物によりますけど、負けた理由を探したり、動きの改善を図るために見直しを……あ、後対戦相手から技術を盗んだ……り……」
みるみる顔が青ざめていく。
「まさか……俺が仲間がいれば勝てる、そう言ったら奴らは群れて行動するようになってしまった……と?」
「御名答」
神様の声と同時にパァンと、とどめのシーンを繰り返す映像がはじけ飛んだ。
「こっぱずかしいセリフをその場のノリ叫んで、挙句それ自体が裏目に出るとは。実に愉快。まあ……若気の至り、というやつだな」
カッカと笑っている。何気に先程泣かされたことを根に持っているようだ。
「……今度は俺が泣きましょうか? 泣きますよ?」
既に半泣きだった。
「なあに、悪いことばかりではない。むしろ、このセリフのおかげで我にも勝ち筋が見えた」
そう言うと再びスクリーンが出現し、今度は関東地方の地形図が映し出された。
「我の作戦はこうだ」
ワイズのデフォルメ顔が無数に置かれていく。その殆どが千葉県の辺りに集中していて、神様は、朔良を始末するためだ、と言った。
「そして、今回の貴様の発言をきっかけに二から十体以上の集まりがほとんどになったんだ」
「普通に……というか、絶対不利じゃないですか……一体でも辛いのに――」
「まあ聞け」
パッとっ手を上げる。すると、黄色い線が縦横に配置されていく。
関東地方の地形に、およそ均等に五十の区分がなされた。
「バリアだ。まあ……小っ恥ずかしいと言ったがな……あれがなければこの作戦は実行できなかった」
神様が掌を前に掲げると、六角形の物体が出てきた。どうやらこれはバリアの一端のようだ。
モニターに目をやると、さっきまでぐちゃぐちゃ動き回っていたワイズの顔が、一つの場所にとどまっていた。
「ッ! 一つの区分のワイズをすべて全滅させればそこは安全になる……」
「そういうことだ。だが、
何かを察した。朔良の顔が露骨に青白くなる。
神様も、時間も止まらない。
いつもそうだ。
「朔良、無理を承知で貴様にワイズの殲滅及び、エリアの安全の確保を頼みたい」
いつも時間は、私達を嘲笑する。
「……何十体も居る化け物を一人で、なんて。糸は切れてしまったんですか?」
「諦めたわけではない。貴様ならばできる」
その回答が、朔良にとってどれだけの津波か。
「今回は運が良かっただけです。全部偶然なんですよ。奴が急に攻撃をやめたから俺は死ななかった。相棒が爆弾を投げてくれたから、俺はまだ生きてる。でも偶然は重なりません――――次は死にます」
神は口を噤み、静かに待つ。瞳孔だけが、今の彼らを繋ぐ唯一の橋。
朔良は理解していた。「無理を承知で」 なんて、神は威厳を投げ捨ててしまったのか。
違う、むしろ丸見えだ。少女の体を借りた強大な力が「やれ」 と。その圧はどこか欠けているが、朔良を照らすに、呑むに、十分だった。
(けど、俺じゃやっぱり……)
ふと、ある言葉が脳裏を過ぎ去った。
“もう弱音は吐かない。すぐに諦めない。行き詰ったら君に助けを求める”
(自分で言ったんだけどな)
照らし差す光が増していく。
さらに顔をしかめる朔良。
“死か、はたまた死か”
余りに不平な天秤が、小刻みに揺れる。
「……全部倒せば、地球は元通りになりますか?」
「保証できない」
嘘でも、少しでも、安心させてほしかった。
皿が揺らぎ、傾く。
「原因を俺が見つけてもですか?」
「……無理だ」
(そんなの、無駄死にしろって言ってるような……)
カタカタと、騒ぎ始める天秤。
「俺は奴らを……倒せますか」
神は小さな少年を見つめ続ける。
悲しい目だった。
(……だよな)
均衡が崩れていく。伸し掛かる重りは、皿から少しずつ溢れていく。
世界の終焉がゆっくりと近づくように。
「俺はッ――――」
“独りはもう、嫌だからだよ”
不意に浮かぶ一つの顔。
泣いていた、あの。
「……相棒は、どうなりますか」
「消える」
天秤は倒れた。支える柱ごと。
零れ落ちた
(……何個、たんこぶあったかな)
光を口に放り込む。冷え切っていた体が、内側から火照っていく。
“付き合うぜ。相棒だしな”
(あいつなら……そう言うよね)
物語は、こんなところでは終わらない。
そう言ってくれたから。
「――閻魔様に、俺のこと話しといてください。あなたの事愚痴りたいって」
神様は少し微笑んだ。
「ありがとう。朔良」
そう告げると二人のいる真っ白な場所がブワッと波打ち、武器がたくさん置かれている小屋が現れた。
「……次にいこうか。時間がない」
静かに小屋に向かっていく神様の後を追った。
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どうも、しぇがみんです。
「嬉しい誤算」という言葉、なんかいいですよね。
次回をご期待くださいませ。
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