第7話 邂逅


「……ん……え? ここは?」


 目が覚めると、白くて何も無い空間にいた。

 右腕がない。


「相棒ー?」


 返事はない。声が突き抜けていく。反響する程度の広さではないようだ。

 しばらく考えているとやがて、ある結論にたどり着いた。


(ここ……夢で見た場所?)


「あー、あー、あぁ……」


 声は出せる。意識もはっきりしていて、夢ほど暖かくはない。


「またここか――ウグッ……!」


 歩こうとした瞬間、脇腹に激痛が走る。見下ろすと、脇腹からダラダラと垂れ続ける血が、地面にまで広がっていた。


「ますますっ……夢じゃないな……!」


 どでっと座り込んで、服……ボロボロの布を一枚剥ぎ、腹を目一杯縛る。


「ぬるぬるする……」


 失血で意識を失ってもおかしくはないほどに血の池が朔良を中心に完成していた。だが依然として目はパッチリ。

 いっそ眠ったほうが楽なのではないか。


(もう動けそうにないし……このまま死ぬだけかなぁ……)


 自分でも驚くほど、やけに落ち着いている。再び寝転がろうとした瞬間。


「くっ!」


 コツ……コツと足音が耳に入ってきた。

 すぐに起き上がり、ナイフを音のなる方へ構える。


(ッ! 人……!?)


 カタカタと震える手を力ませて、無理矢理静止させる。


(あの五人にも、笑ってた人達の中にも……居なかった!)


 まるで隙がない。

 相手は素手、こちらはナイフを持っているはず。なのに。


(核兵器を目の前に突きつけられている気分だ……!)


 底無しの威圧感に圧倒され、汗と震えが止まらない。

 血で滑りつつも、眼の前の人物から目を離さない。


 否、離せない。


(怖がるな! 一発で勝つ……一発で――)


「待ちなさい、私はあなたの敵ではないわ」


 天女の様な優しい声が朔良の耳を撫でる。

 思わず態勢を緩め、突きつけていたナイフを下ろした。


「あなたは……?」


 恐る恐る朔良が尋ねた。しかし、返答はない。


 ……というか、“姿が見えない”


「それが、貴様の甘さよ」

「なっ!!」


 突然耳元で声が聞こえた。

 振り返っても姿はなく、再び正面に向き直すと自身の手元にあるナイフを眺めている姿が。


「ッ! 何を……!」


 奥歯をギリッと噛みしめる。


「ふむ、この消耗の仕方……貴様、これの使い方を理解していないな?」

「ど、どういう意味だ!」


その言葉に、女性の眉がピクッと反応した。


「口の利き方には気を付けるのだな。先に名乗らなかった我にも非はあるが……貴様は今、神の前に立っているのだぞ」


 黒い波が押し寄せるような感覚を覚える。朔良はたまらず一歩引く。


(何なんだよ一体! こんな場所で、とんでもない速さ……あぁダメだわかんねぇ――どうする……どうする……!?)


「神様ですか……何か、それを証明できるものは……?」

「はぁ?」


 向けられる鋭い視線に萎縮。流石に失礼がすぎる質問だ。朦朧としているとはいえ、これは言い逃れできない。


「――っぽく見えないか?神っぽく。ほら」


 くるりと一回転。しかし俗に言う天女、女神には少し身長が足りない気もする。160cm程の朔良の肩程で、顔つきも大人というには幼い。


(まぁ人間では無さそうだけど……)


「もう一声、何か一発でわかるような……」


 神と自称する女性は少し考えて。


「身分証明書……」

「以外でお願いします」


 ちょっと信頼度下がった。


「――こ、このナイフは我が作ったのだぞ……!」

「逆に疑っちゃいます」

「ぅならば! 我の強さで――」


「仕事が増えるだけじゃないですか?この場合閻魔様か……」


 緊迫した空気とは一変、朔良は状況が理解できないままツッコみを担当することになってしまった。


「わ……えぇ……我そんなに神に見えぬか……?」


 結構ショックなようで、露骨にテンションが下がっている。


「見えないかと言われれば……まあはい」

「何となくわかるだろう!? 敵意なんて無いし……我味方ぞ!?」


 果てにはパッションでどうにかしようとする神を崇めたくはない。


「何となくったって……少なくとも人間じゃないってことはわかりましたよ? でもそれなら地上の様子見て俺が疑う理由わかりますよね? 俺以外止まって、変な化け物も居て」

「ぬぅ…」


 言い返せぬと、苦悶の表情。


「挙げ句こんな場所連れてこられて……自称神の味方ですか――勢いとか見た目じゃなくて、神様なら神様らしく自分の事を証明してください。それじゃあ神どころか、人間以下ですよ」

「ああ?」


 肌がじんじんするほどのプレッシャーが朔良を襲う。


(やばい言い過ぎた。これっ……殺される?)


 何故か吹き荒れる暴風の中心に立つ少女がニヤリと笑みを浮かべる。


「我にそこまでの戯言を並べるとはいい度胸ではないか……よかろう、では貴様の望み通り、我は神だと! 証明して見せよう!!」


(来世は猫とかでお願いします閻魔様)


 そんなことを願っていたら少女の右手にエネルギーが集まっていくのがわかった。どんどん大きくなり、サッカーボールくらいの大きさになる。


「くらえ!!」


 そう叫ぶと同時に、球を発射。


「ひぇぇっ!」


 弾速はあまり速くなく、どうにか避け続ける。


「こら! 避けるでない!」


(当たったら死ぬのに!?)


 ヒラリと交わした瞬間、少女が背後に現れる。


「大人しくするのだ!」


 朔良を羽交い締めにして抑え込む。恐ろしい怪力でどれだけ暴れても抜け出せない。


(やばい……!)


 緑色の光が、朔良に炸裂。全身が光りに包まれた。


「うっ……うあああ――れ?」


 体に違和感はない。呆けた顔でいると、少女が口を開いた。


「何をそこまで怖がるのか……貴様を殺すつもりなど毛頭ないわ。だが、証明が必要なんだろう? だから――」


 朔良から手を離し、服についた朔良の血を拭き取ろうとする――染み付いてしまったようだ。


「――はぁ……超能力を渡した」


 朔良は首をかしげる。


「超能力? そ、それで神と証明できるんですか?」

「なんだ、このような事は今の人間ならば出来て当然か……」


 顎に手を当て、考える仕草をしている。


「何の神なのかは知りませんけど……出来ないことくらい知ってますよね?」

「そこまでわかっているのなら、先の質問は野暮であろう?」


 腕を組み、何言ってんだ、と言いたげな顔だ。


「――それもそうですね……では、一体どんな超能力を……?」

「知りたいか?」

「……はい」


 十秒ほど静寂が続く。朔良はゴクリと生唾を飲み込んだ。


「えー、どぉしよっかなー」


「え?」


 一種の“萌え声”ともとれる何とも緊張感のない声で、今にも緊張感のないトークを繰り出そうとしている。


「いやぁ、いくら我とはいえさっき言われたこと、ちょぉっと傷ついちゃったんだよねー」


(は? 一応神様……なんでしょ? いや、俺を試してるのか……?)


「あーあ、我お腹すいてきちゃったなぁ。早くどうにかしないと……怒っちゃうぞ! なぁんてねっ!」


 可愛いか可愛くないかで言えば体の年相応だが――まぁキツい。


(これマジでやってんの? 俺、また化け物の相手すんの……?)


 ふと、相棒の事を思い浮かべた。その辺の化け物やその辺の神様よりもよっぽど会話ができていい奴だったということに気が付く。


(相棒……俺どーしたら……もう、いっそなるようになってくれ……)


「も……そういうのいいですから! もったいぶらずに教えてください」


 もうめんどくさくなってきた。


「じゃあまずぅ一言謝ってほしいな?」

「へ?」

「我だってぇごめんなさいの一言があれば許すしぃ、これ以上なにも言わないしぃ、懐広いからぁ。あ! これで神って証明できた?」


「……」


「ほらほら早くぅ」


 “プツッ”と頭から音が鳴った。


「う……」


「う?」

「うるっさいですね! いちいち終わったことを後からネチネチと!」


 あーあ。


「……え?」

「大体! あなたが勝手に能力を渡してきたんですから詳細を教えるのが道理ってもんでしょうが!」

「だ……だってぇ貴様が意味もないこと聞くからぁ……」


 神様は若干気圧されているようだ。


「意味ないわけないでしょ!? こっちは今神経質なんです! 人間だと思って近づいたら化け物で! 今度は天女かと思ったらダメ神でぇ!」


 パターンに入った。


「だ……ダメ神……」


「おちゃらけた雰囲気にしたかったのか素なのか知りませんけど! それでこの場が落ち着くと思ったら大間違いです! 神様だからってさ……やっていいことと悪いことの区別つかないんですか!?」


「……そ、そのぉ……」


 かわいそう。


「ったく! あなた部下とかいないんですか!? そんなんじゃ嫌われるどころか! 裏切られちゃいますよ! ってか、裏切られたから今こうなって地球滅茶苦茶んですかねぇ!? あーもう! こんな神だから今地球は! ………………」


 発作は一応止まったようだが。


(どこかでこんな感じの文言を羅列させた気が……しかも前よりひどい事言っちゃったような……)


 後ろ向きから首だけ回転させてチラッと神様の顔を覗いた。


「――グスッ……我だって……今頑張って地球の人たち助けようとしてるのに……そんな言わなくてもいいじゃん……」


 神といえど、童顔の女の子。構図は最悪だ。


「……ごめんなさ――」


 最後に覚えていたのは振りかざされる拳だけだった。



***




 ――数分後、ようやく泣き止んだ神様と再び会話を試みる朔良の姿が。


「ホントに申し訳ないです……ゲホッさっき色々あって、イライラしてて、つい……言い過ぎて……ハァ……しまいました――」


 言い訳も甚だしいが今できる謝罪はこれが精一杯。先程朔良は、大泣きの神様に「死なない」 程度にボコボコにされたばかりだからだ。


「……我こそ悪かったな、貴様には色々と背負ってもらっているというのに……」


 落ち着いた声で神様が言った。


「あの……そろそろ傷治してもらえませんか……? 出血がひどくてもう意識が……」


 何故その出血量で立っているのか。本人にもわからない。


「ああ、ホレ」


 神様が手をかざすと青色の光が朔良を包みこんだ。


(ホントにすぐ治せるんだ……)


 「治せるからぁ!」 と叫びながらボコボコに殴られていた朔良が可愛そうだった。

 みるみる傷が塞がっていき、体のだるさも取れていく。


「ども……これは……服が変わっている?」


 ボロボロだった服と変わって、新品のパーカーとジーンズになっていた。


「詫びの品だ。その服は特殊でな、自動修復、激しく動いても全裸と遜色ない身軽さ、そして我の加護を振りまいている」


 動いてみると、ジーンズはとてもしなやかに曲がり、およそ服を着ているとは思えないほどの身軽さ。


「いいんですか? こんないい物を貰ってしまって……」


 恐る恐る尋ねると神様が答える。


「我は神だからな! ボコボコにしたあとどう謝ればいいかなんて熟知してるんだわ!」


 もはや語尾というか喋り方自体が安定していない。


「そして詫びの品その二、貴様に渡した超能力の話だ」

「おぉ!」


 それを待っていた! と言わんばかりに朔良は目を輝かせた。


「まず能力には『スカウター』と、名付けた! どうだ? かっこいいであろう!」

「……はい!」


 朔良は、これ以上めんどくさい状況にしたくなかった。


「これはな、相手の現在の力、潜在能力、精神力を数値化したものを“大まか”にみることができる。試しだ、片目をつぶり我を測定してみよ」

「こうですか?」


 右目を閉じ、神様の方を見ると標準が合い、その右側に表が現れた。


    名前  {神様}

    現在の力  測定不能

    精神力   測定不能

    潜在能力  測定不能


「な……え? 全部測定不能? てか名前が神様って……本名とかないんですか?」

「もちろんあるぞ! 我の名はシヴァール・アリア・ラピス! 貴様らの言う苗字は無い。好きに呼ぶんだな!」


    名前  {シヴァール・アリア・ラピス}

    現在の力  測定不能

    精神力   測定不能

    潜在能力  測定不能


「これ、ひょっとして俺の認識で名前が変化するんです?」

「数値も貴様の認識次第だ。貴様が『強そう!』と思ったら数値は高くなる」


 苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。


「……スカウターなんですよね?」

「記憶の片隅にでも内容が残っていればちゃんと表示される。便利だろう?」


 フフンとドヤ顔。


「俺のことおじいちゃんかなんかだと思ってます?」


 白色の髪を触りながら言った。全て抜けてしまいそうだが。


「奴らの能力も覚える必要があるからな」


 苦虫が追加で口の中に。


「いや……もう戦いたくないです。すぐにでもあいつの存在頭から消したいぐらいなんですけど」


 殺された記憶なんて、二度と思い出したくない。だが時間が経つにつれて赤い記憶は鋭い解像度で朔良を怯えさせていた。それは戦闘中でも同じ。


「――悪いが嫌でもこびり付くことになるだろうな……」


 声色が変わった。このトーンの時は冗談でも失言をしてはいけないと肌から伝わってくる。


「貴様には、地上を奪還してもらわねばならん」

「お、俺じゃなくても、誰か他にいるでしょう?」


 全世界、約80億人。もう一人ぐらいいても――


「今動いている人間は、貴様だけだ」


「そんなっ……だって!80億人――」

、居ないんだ」


 言葉が出ない。


「今貴様は知らなすぎる。だから少し話そう」


 椅子を二つ出現させ、着席を促した。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 どうも、しぇがみんです。

 あなたは神を信じますか?

 次回をご期待くださいませ。

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