第8‐2話 出血


「さっき言ったが、貴様はの力を発揮しきっていない」


 ナイフを専用の機械で研ぎながらそう言う。


「……難しいですね。はっきり言って刺すか切るぐらいしか――」

「あそうか。貴様知らないんだったな」


 すると、神様がナイフを真上にかざし、いきなり。


「我が愛刀『デュラシー』に命ず! 二つに分裂し、その力を示せ!」


(デュ……なんて? てか、セリフもなんかださ――)


 ただならぬ寒気にブルっと身震い。

 真夏とは思えない冷え込みに気を取られて、を見逃してしまった。


「え、なんでナイフが……」


 神様の手元には全く同じ形をしたナイフがあった。


「あぁ……複製してくれたんですか? 使い捨てできるように――」


「いや違うぞ? デュラシーそのものの能力だ」


 いつの間にか道具職人のような作業着に着替えていた神様。慣れた手つきでナイフを持ち、くるくる回している。


「この武器は名前を叫び、命ずると形状が変化する。分裂したり、刀身が伸びたりな。かっこいいだろう?」


 黒を基調とした持ち手に刻まれている二本の赤い線。正直ちょっとかっこいい。


「ま……はい。いや……いや!? わかる訳ないじゃないですか! 後なんですかさっきのセリフ! ――えじゃあ、その能力を使うときって――」


 朔良の顔が耳まで赤く染まっていく。


「なんだ不満か? 男子中学生はこういうのが好きとデータにあった。Broochとかスネークスクエアとか…見てただろう?」


「見てましてけど……で、でもそんなの時期とか度合とか、どんなものが好きとかで変わりますよ……」


「しかたがないのう。次までに変えておく。今は我慢しろ」


(まあ、使わなければいいか……)


 死ぬか生きるかの瀬戸際で、出し惜しみなんてしていられるのか。


「さて、ナイフはここまでだ次は……」

「いやもういいですよ。どうせまたくだらな――」


「ワイズについてなのだが?」


 凄い勢いで椅子から立ち上がり、神様に顔を近づける。


「それなら聞きたいことが! 奴らに弱点は……」


 露骨に声のトーンが上がった。


「待て待てそれは後だ……ん近い!」


 デコピンで頭から吹き飛ばされ、そのまま着席。


「ワイズ……我も深く知らない……怪物」


 語るその目はじんわりと重苦しい空気を運んでいる。

 朔良もそろそろこの圧に慣れてきたのか、手を震わせるだけですぐに口を開いた。


「とんでもない再生力とパワー、スピード。相棒と同化して俺も人間離れしたと思っていたんですが……」


 常人の脚力で補助も助走もなしに軽く七メートルなんて、月でも辛いだろう。


「だが覚えておくべきは一つ。は全てここ地球から消すということだけだ」


 神様がぐぐっと手に力を込める。同時に、地面が少し揺れた。


「しかし、嬉しい誤算もある。これは先程仕入れた情報なんだが……」


 映し出される映像の中には、無気力に徘徊するワイズの姿があった。


「……あ」


 違和感。というのも、止まった人を襲う様子がないのだ。近づいては無視、視界に入っても無視。朔良への態度とは大違いだった。


「わかっただろう? 奴らは止まった人間をとして認識していない」 


 動いている人間を、つまり抹殺対象として認識しているが、止まった人はと認識されている――と神様は考察している。


「では、まだ被害は出ていないのですね?」

「あぁ。まだ、な……」


 黙り込む二人。スポンジ並みの吸収力でみるみる成長するワイズたちがいつ、灯台の下に気が付くか。神も定かにできない。


「俺が、全部ぶっ潰します」


 闘志に震える手。何なら全身震えているが。


「では、そろそろ――」


 話題は終わった。

 ようやくここまで、辿り着いた。


「そうだな。次はお待ちかね! 奴らの――うぐっ……」


 神様が急に椅子から崩れ落ち、蹲ってしまった。


(まさかっ…………!)


 ダラダラと、汗が地面に溢れ落ちる。

 朔良は状況を理解できず、しばらく固まっていた。

 ようやく気が付き、慌てて神の元へ歩み寄る。


「どうしたんですか!? まさか、何か無茶を!? 俺に力を与えすぎたとか!」


 朔良が神様の前で騒いでいると、小さい声で言った。


「おっ、おな……か……痛い…………」


 神様の呼吸音が大きくなる。“ガチ”なようだ。


「え!? 急に!?」

「……さっき……飲み過ぎた……」


 顔は酷く青ざめているが、腹痛ハライタの波がいったん収まった様子で、ゆっくりその場に立ち上がった。


「ば、バカなんですかあなたは! ってか、なんか口から赤いの出てますよ!? 血!?」


 神様の口元からツー……と、赤い液体が流れ落ちる。


「え……? あぁ、そういえば……イチゴ味……だったな」

「んもう! どうするんです! トイレなんてこの辺には――――えっ」


 朔良が辺りを見回してるときには既に、帰り支度をして謎の扉を前に立っている神様の姿が。


「悪いっ……今説明できるのはここまでだ……お前の家の周辺の区画のワイズ……ぐっ、の現在地に……ッハァ……マークしておいた――後は……頼む」


 そう告げるとドアへ入っていき、朔良が呆けている間にドアも消えてしまった。


「――――え!? いや待ってくださいよ! ナイフは!? あっある! じゃなくて! 奴らの弱点はどこなんですか!?」


 必死で叫ぶが、勿論返答来ることはない。

 歯を食いしばって扉が消えた方を睨んでいると。


「へ? ――おああぁ!?」


 いきなり足元に衝撃が走った。

 見ると、真っ白だったこの場所に大きな黒い亀裂が入っていて、やがて全て崩れ、気づけば朔良は、真っ暗な世界へ放り出されてしまった。


「あぁぁっ!! くっそぉ……この――――」


 なにかとんでもないことを叫ぶ前に、朔良は深淵へ落ちていった。




***



 余りに濁った、。吹き荒れる醜い風に煽られ、

 少女は静かに倒れた。


 真っ黒に染まった地面へ、力無く。


「これで、後……“一体”」


 静かに亡骸を拾い上げ、白く輝いたドアの先へ向かっていく。


 その道筋には、真っ黒で、鼻にツンとくる液体が点々と。歩みを進めるごとにその点は、一本の線になり変わっていった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



どうも、しぇがみんです。

武器に能力があるのなんか良きなんですよ。

次回をご期待くださいませ。

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