第4話 千変
「ゥゴッ!!」
後頭部の痛みとともに、上から見ていた青を見上げる。
「さっきから頭ばっか……ぁ?」
血の気が引いていく。先程起こった出来事が、反響する。
「っ……ハァッ……ハァ……!!」
呼吸を整え、状況把握に注力する。
今自分がいる場所は、コンビニに向かう途中の道端だった。どうやら、化け物はこの近くにはいないようだ。
(全部夢……か……?)
静かな大通り。真っ昼間から道端で眠っている少年を放置するほど、人間は薄情ではない。
(……じゃあ!!)
コンビニの方角へ、走り出……そうとした。
……くな
「うぇあっ!?」
右腕がその場から動かない。むしろ、意識と逆方向へ動いていく。
(何だ、これっ! 誰かにっ、引っ張られてる……!?)
「ふぬっ!!」
全力で振り払おうとするが、びくともしない。
そっち……! 行くなっ……! おい!!!
「あいぼっ――イタッ!」
声に驚き脱力した瞬間、右腕の拘束も外れて流れるように尻が地面へ。
「よ……良かった……! 相棒も無事だったんだ!」
虚空に向けて叫ぶ。
あ? あぁ。“も”っつうのが気になるけどな
「え?」
も、では駄目なのだろうか。
あ? ……あ
相棒は何かに気がついたようだ。
すまん……忘れろ。忘れろ!!
「え?いやだってさ……」
記憶の反響には続きがあった。最後に肌で感じた、体中から溢れる無数のバラ色。最後に聞いた、耳元で電車の脱線事故が置きたような金属音、最後に見えた――
見えた?
何か見えたか? 感じたか? 聞いたか? わからない、わかりたくも、ない。
安堵の心音が、急速に不安の血を流す。
「おれっ……俺は……し――」
死んだ
「い……いや……だって! 今、立って……る――」
本当に? 本当に立っているか? 本当に鼓動は今でも綴られているか? 指標はすぐそこにあった。
「ねぇ、相棒? さっきからさ」
世界がぐるぐる歪んでいく。血の気がどんどん引いていき、吐き気さえ。
「どこにいるの?」
声だけが耳元で鳴り響く。今の状態はまるで、幻聴。
これ以上お前の精神に負荷かけたくねぇ。安心しろ、俺らは生きてる。
「そんなの……う、嘘だよ! だって俺はあの時っ――」
口がこれ以上の発言を拒んだ。
違う! あれは――
「何が違うんだよ! 相棒も見ただろ!? 俺が…俺がぁっ…!」
そんなにも、言いたくない。そんなこと。
「バラバラに! 殺されたところを!!」
べチッっという音とともに、右頬に衝撃が走る。その矛は、自分の腕だった。
(またっ、さっきの感じ……!)
本人の意思ではないこのパンチ。では、誰の?
いい加減にしろよ。
右腕からシュゥーと、音を出しながら煙が上がってくる。
やがて朔良の顔を包み、視界がようやく晴れた頃。
「ぁ……相棒……」
ヒュォッと、体の右側を煙とともに風が通り過ぎる。
「……」
両腕を組み、自分と同じ目線にいる相棒。その表情は、釈然としていない。
「だから忘れろって言ったんだ!! 口滑った俺にも非はあるけどよぉ! その変に察しがいいとことか! 気付いたら気付いたで感傷的になるとことか!! マジでお前めんどくせぇ!!」
唾がこっちに飛んでくるほどの近さと声量で叫ぶ。
「ど、怒鳴らなくても……いいじゃん――ごめん……」
「はぁ?」
自然に口から漏れる。ため息を付きながら頭をボリボリ掻く。
「フンッ。やめだやめ、張り合いのねぇ喧嘩なんざに興味はない。安心しろ、生きてるからお前。俺が、生き返らせた」
「慰めなくてもいいよ……だって……」
言葉の続きを、違和感がせき止めた。言い訳を重ねながら立ち上がろうと、手を付いたはずだったのに。
「……?」
煙を嗅いでからずっと、何か減ったような気がしていた。それは。
「っえ? ……え!? 俺のっ右腕…!」
左腕で体中探す。右腕はどこにも見当たらない。
ため息を吐き、呆れながら相棒が言った。
「それが、お前の前にすぐに現れなかった理由だ。心配するな、俺が中に戻れば腕も戻る。同化の副作用みたいなもんだ」
「いや……同化って何?」
当然の疑問。
「俺も知らん。なんであの時同化しようって思ったかはよく覚えてないし……んでも、これをすれば助かる! って確信があったんだ」
「ますますわかんないんだけど! てか、相棒も知らないんじゃん! そんなんで俺が生きてるかなんて……」
違和感に慣れていないようで、本来右腕のある場所を擦っている。
「じゃあ何だ。も一回死ぬか? 確実に白黒付けれるぜ?」
飛びながら四角形に変形。角をやけに強調している。
「はいすいません。精一杯生きます……でもやっぱ怖い!! 俺……俺……!」
「だからぁ!! ――――」
この後結局、朔良はやり場のない駄々をこね続けていた。必死で慰めるも中々収まらず、とうとうブチギレた相棒が放った一言で、ようやく大人しくなるのだった。
“お前嫌い”
***
「そっか。相棒、俺の中に入ったのね」
同化とは何か。表面上だが理解できた。だが、当人である相棒もそれくらいしか知らないらしい。
「あぁ。さっきは俺が中にいたろ? んで、無理矢理力んで止めたり殴った。疲れっからもうやりたくないけどな」
別の人格が体に入り、抵抗していたなら。
先程の状況にようやく合点がいった。
「で、外に出てくる時は右腕を持っていく……ってこと?」
「まぁそうだな。俺が出る時は何かしらの媒介が必要なんだ。けど、多分手足ならどこでもいけるぞ。でもいきなり足だとバランス崩すだろ?優しさ、だよ」
フフンと鼻を鳴らす。
「いや腕無くてもバランス取るの難しいんだけどね」
さっき駄々こねてるときにふらついて転んだので、今は地べたに座っている。
「何だ文句か? 助けてもらった分際で偉そうに。大体、お前が俺の話を遮って行くからこうなったんだろ! 反省しろ!」
「……以後気を付けます……ホントに……もう死ぬのは嫌です」
(なんか疲れた……死んだんだから当たり前?)
大暴れ、大泣き、抑うつ状態、これを繰り返していたら疲れるだろう。
「てか朔良、俺も一つ聞きたいことがある」
真正面から朔良を見つめる。
「なに?」
「そのズボンに挟まってんのはナイフか? 俺等が出かける前は持ってなかったと思うんだが」
「……どうりで背中がひんやりすると思ったんだ」
腰とズボンの間に挟まっているナイフを手に取る。
「あれ? これって……」
先ほど夢で手に取り、振り回していたものだった。ただ、かなり重量があり、先程感じていた「体の一部の様」とは程遠い印象。
「これ、さっき見た夢で似たようなのを振り回してたんだ」
くるっと回そうとするが、失敗。
「こっわお前……その夢について詳しく聞かせてくれ」
朔良はさっきまで見ていた夢の内容について話した。
「ふーん、幸せそうに笑ってる人たち。その中で表情が違う、朔良含め5人。んでもう一人の朔良か……」
相棒は顎に手を置き、唸り声をあげる。
「支離滅裂だけど、このナイフの事とか、何か無下にしちゃいけない気がして」
夢の中で特に印象に残ったのは目の前の自分の姿についてだ。夢が三人称で見えることがあるのは特別なことではないが、その中で自分の姿に違和感があった。
それだけでも十分不可解ではあるが、もう一つ、特別印象に残ったことが。
「――あと俺、その夢の中で君の姿を一度も見かけなかった」
「……いくら解像度の高い夢だからって知り合いが全員登場するとも限らんし」
答えたと思ったら、また唸り声を上げながら考え始める相棒。
「それもそっか。じゃあ、後はもう一人の{俺}が俺とは全然違う格好してたとかぐらい――」
「んぇ? んー……」
突然相棒が顔を上げ、朔良をまじまじ見つめる。
「な、何?」
「それどんな姿だ?」
「えーっと、髪は白、しっぽが生えてて……でも俺であることは一目でわかった」
顔立を筆頭に、面影は朔良そのもの。だが、体つきはやけにがっしりしていて、奇抜な格好をしているという点も違和感だった。
「ま、夢だし。何でもありか」
「いや――」
若干食い気味に相棒が口を開く。
「お前が今言った特徴、そのままお前の姿だぞ?」
「え……なわけ……」
ふと、そばにあったカーブミラーで自分の姿を覗き込んだ。
「はあああああああああ!?」
夢で見たもうひとりの自分が、鏡に映る。
「な……なんで!? はぁ!? いつの間に……イタズラ!?」
「ちげぇ」
状況を理解できずその場を走り回っている朔良になだめるように言った。
「俺と同化したときにそうなったんだろうよ。ほら、俺と所々似てるだろ? おいこっち見ろ。落ち着けって」
断じてイタズラではないと、圧で表現している。
「あぁほんとだー、にてるぅ――じゃあなくてさ!! 戻んのこれ!?」
「落ち着けって。さっきも言ったけど、これしか手がなかったんだ。確かに前よりは派手になったとは思うが、それって悪いことなのか?」
せっかくお揃いなのに、と少し落ち込んでいる。だがそんな相棒には目もくれず。
「あ……あたりまえじゃん! 引き籠りがこれ以上ないくらい派手な格好してさ! も……外出歩けない……」
顔を手で覆い、その場にしゃがみこむ。
「……それはいいだろ。どーせ俺と化け物以外には誰にも見られねーんだから。それとその姿、お前が思ってるほど悪くないと思うぞ」
「どういう意味……?」
相棒が朔良の右半身にすり寄る。すると、右腕が出現。朔良は呆気にとられているが、相棒は気にせず続ける。
{ちょっとジャンプしてみろよ}
カツアゲ以外で、それも体内から言われたのは紛れもなく人生初。
「え? ジャンプ……こう?」
助走なし、軽めのジャンプ。
戸建ての屋根がよく見える。
「うぇあぁっ!?」
空中でバランスを崩しつつも、手足をバタバタさせ、なんとか足で着地。
「っぶね……は……はぁ!?」
垂直に7メートルぐらい跳んでいるだろか。とても人間の身体能力とは思えない。
「言ったろ?悪いことばっかじゃないって」
気付いたら右腕がまた無くなっている。煙は別に出す必要ないようだ。
「いやいやいや、どーゆー事!? え……これも同化!?」
「さあ?さっきも言ったけど初めてやったし。まあ、やってたとしても覚えてないんだけどな」
「次から次へと……」
プシューと頭から煙を出しながら、また気絶してしまった。
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どうも、しぇがみんです。
努力が空回りしないのは嬉しいことですよね。
続きをご期待くださいませ。
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