第3話 夢見
――周りの人たちが、笑っている。
家族も、数少ない友達も、先生も、知らない人たちまで。
皆これ以上望まないと顔に書いてあるほどに。
見渡す限り、人、人、人。全員揃って、満面の笑み。
「……」
揺すっても、叩いても、みんな笑っている。
まるで仮面のように。
「?」
でも……その中で違う感情をあらわにしている人たちがいた。
泣いている女性、怒っている女の子、殴り合いの大げんかをしている兄弟……その事実に気づいた、自分。
しかし、笑顔は耐えない。みんな笑顔で、こちらを見つめてくる。
段々怖くなり、周辺を歩いてみた。
歩いても歩いても人の列は絶えず、そして皆笑っていた。
けれど声は聞こえない。笑顔と仕草だけが、薄い視界に伝わってくる。
「……!」
……やはり俺も、声が出せない。
歩き始めてからかなり時間がたった。
気づけば人の姿は見えなくなり、同時にさっきまで広がっていたいつもの風景も無くなっている。
ただ真っ白な、透明な景色が広がる場所を、俺はゆっくり歩いていた。
でも、恐怖を感じたのは最初だけ。今は心地いいような、何も感じないような……膜につつまれているような。
立ち止まって暖まってたい。だけど俺の足は、ひとりでに前に動く。
まるで行き先を理解しているように。
どれだけ歩いたか、気づけば真っ白で、どこまでも続いている大きな壁が見えてきた。
首と一緒に視線が上の方へ。
そこに見覚えがあるわけでもなく、何か思い入れがあるはずもない。
それでも、止まれない。
壁に近づくにつれて、狭かった視界がさらにぼやける。
俺は、泣いていたんだ。
別に、夢で泣くことなんて珍しいことでもない。
けれど、かつて自分がそこにいて、そこで暮らし、学び、遊んだ、そんな“懐かしさ”が、そこにあった。
本当に前が見えなくなった頃、ようやく壁に触れられた。
壁は大理石よりも分厚く、何よりも白い……ここに来て、俺は何がしたかった?
自分で歩いておきながら、勝手なやつだ。
涙を拭おうと、重い腕を持ち上げ、肌で目元を軽く擦る。
腕だけ剥がし、真下を向いている状態のまま、ボーっと。パタパタと落ちていく雫を見つめながら、ボーっと。
――それすら、枯れ果ててしまった。
瞬きで目を潤わせる。ようやく、正常な視界が戻ってきた。
「ッ!」
また、遮られた。
真下に、何かがある。
それは痛いほど輝き、その存在感を顕にしている。
形のわからないそれに手を伸ばし、触れる――――。
“ベチャッ”
そんな音が真上から聞こえた。
何かを手に取りつつ目線を上げる。
一瞬だった。何かを拾ったその一瞬で、一面滅茶苦茶に、たくさんの色のペンキが壁に塗りたくられていた。
「……!」
息が止まった。目が離せない。ぐちゃぐちゃで、不揃いで、意味不明なのに。
体が震え、枯れたはずの一雫が、手の上にあった何かに零れ落ちた。
――みるみる光と重みが増していく。眩しくて何も見えない。
「――っぁ!」
光度を増していくそれを、考えなしに口に放り込んだ。
体が内側が、みるみる暖かくなっていく。
余りに、心地よい。
まるで、還るべき場所へ辿り着いたような。
もうこのままでいい。ずっと、このままで――――。
「……」
――――消えた。
また、どこかにいってしまった。
手が淋しい。
“ピシッ”
石が割れたような音が、眼の前で響いた。
グイッと視線を向ける。
さっきまで傷一つなかったぐちゃぐちゃの壁に、ほんの小さなヒビが。
思わず触ろうと、手を伸ばした瞬間――。
{おーい!!}
声。すぐにその持ち主の方へ振り向く。
そこには人影が五つ。
その影に、見覚えがあった。
脳裏に浮かぶ朧気な記憶……笑顔とは別の感情をのぞかせていた人たちだ。
しかしさっきとは違い、全員。
「……」
“わらっていた”
ただ、張り付いた笑顔と言うには、余りにも悲しそう。けれど、悲しくても、辛くても、失っても、笑おう――と。その決心が、優しい風とともに肌に伝わってくる。
しかし、それよりも、ある疑問が大きくのしかかる。
{おーい!! おーいってばぁ!!}
その中に「俺」の姿があったことだ。
「俺」は他の人と楽しそうに談笑していて、あの中で一番口を動かしていた。
あんなに笑えたのか。“俺”は。
しばらくして、「俺」以外の人たちは、最後にこちらに向けて何かを言い残し、背を向いて歩いて行ってしまった。
ただ、「俺」だけはまだそこに居る。
「俺」の視線はこちらの腰の方に向いていた。
「……?」
「俺」の視線の先の手元を見てみると、見覚えのないナイフを握っていた。
軽く振ってみると重さをまるで感じず、まるで自分の体の一部のように思い通りに振り回すことができる。
段々楽しくなってきて、しばらく遊んでいると「俺」が近づいてきた。
{ホントに、“俺”だね}
苦笑いで俺にデコピンする。本当に「俺」が打ったのか、と思うぐらい痛い。
{ほぉら!}
クルッと半回転、壁の方を向けさせられる。
「俺」の方を見ようとすると。
{早く戻ってあげな}
そう、亀裂を指さし言う。
「……!」
さすがに自分の言ったこと、理解に時間は必要なかった。
微笑みながらうなずき、傷に向かって。
思いっきりナイフを突き刺す。
深く刺さったナイフを中心に、ミリミリを音を立てながら亀裂が広がっていく。
やがて壁は完全に崩れ、目の前には
「……!」
飛びたい、飛ぶしかない。
助走を取ろう。
今すぐ走りたい。
走り出す。
スピードに乗る。
真っ白な世界が。
ぐちゃぐちゃの破片が。
徐々にぶれていく。
すれ違う瞬間、黒髪の彼は――。
“頼んだ”
そう、微笑んだ。
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どうも、しぇがみんです。
夢って自分が三人称視点で見えることありますよね。
続きをご期待くださいませ。
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