9 どこサほじ落としてあってらんだ

 秋田からのっそりと立ち上がった「笑う岩偶」は、そのフォース・フィールドをドドドド……と広げ、その波は東京に至るまでの広い広い日本を包み込んだ。

 メルカトル図法の世界地図だと日本は小さく感じるが、案外日本というのは大きいらしい。フォース・フィールドは日本を包み込み、「シン・巨神兵」は活動を停止した。

 それはそうだ、「巨神兵」と比較して、「笑う岩偶」はあまりにも根源的である。国家としての「日本」の始まる前から「笑う岩偶」はあったのだ。縄文時代、人が神々と遊んでいた時代から……。


 ◇◇◇◇


「なになになに!? 『シン・巨神兵』止まってるじゃん!! なにあの昔のお笑いの人みたいなやつ!! やば!!」


 仙台のホテルに逗留していた譲葉サユは、日本を包み込む「笑う岩偶」の様子を、スマホからSNSで眺めていた。

 インスタグラムも、ティックトックも、ぜんぶ「笑う岩偶」一色であった。なお譲葉サユは文字を読むのが面倒なのでXはやっていない。


 もうすでに、「笑う岩偶」を、令和ヒトケタの時代の「錦鯉」というお笑いコンビと合成した動画が上げられていた。「長谷川」という人に似ているらしい。

 なお譲葉サユは「長谷川」という名前の読み方を知らないので、「ながたにがわ」と認識した。その人は「こーんにーちはー!!!!」というシンプルなギャグで一世を風靡したのだという。

 なるほど、それで「こーんぬーずばー!!!!」なのか。いかにも田舎の方言に直したような言葉だ。


 ベスプッチ帝国の放った「シン・巨神兵」による非常事態にあって、その「笑う岩偶」の「こーんぬーずばー!!!!」というユーモラスな雰囲気は、日本じゅうを少しだけ慰めた。

 そして「シン・巨神兵」たちは秋田から発された暗黒エネルギーによって停止した。


 ◇◇◇◇


「なるほど……日本の自衛隊は強力だと聞いたことがあるが、あの頼りない若造がこういう行動に出るほどとは」


 人工リゾートでくつろぎながら、ジーザス・クライスト・スーパースターは苦笑した。ヤシの実のジュースなんぞすすりつつ、来る決戦への決意を燃やしていた。

 日本はやはりもっと早く焦土化させるべきであった。

 かつてクール・ジャパンを好んだジーザス・クライスト・スーパースターであったが、彼はクール・ジャパンを読みまくり視聴しまくった結果、やはり日本は異様な国である、という結論に至っていた。


 異様に大きな目の女の子が、異様に大きな乳房の、異様にくっきりした谷間を強調して立っている画像を思い出すにつけ、クール・ジャパンに失望したあのときを思い出す。

 彼がクール・ジャパンと認識していたものは、彼の大好きな母親にとって嫌悪の対象であった。母親を悲しませてはいけない。「あなたの父と母を敬え」と聖書には書いてある。

 かつてジーザス・クライスト・スーパースターは、Xで美少女のエロ画像を漁ったことがあった。そして集めた画像をグーグルフォトに保存して、うっかり間違えて共有してしまった結果、母親に激怒されたのだ。


 そうか、Xに流れてくる、日本人の描いた美少女は、気持ち悪いものなのか。


 彼はそう認識した。そしてそのときから、口先ではクール・ジャパンを愛しているフリをして、知識としてストーリーや登場人物を、まるで歴史書でも読むように覚え、日本との外交のカードとして使ってきた。

 いまの日本国大統領、譲葉サユはバカなので、深いストーリーのあるコンテンツを好まない。かつてXで大流行した「ちいかわ」だって、ストーリーも知らずにキャラクターばかり可愛い可愛いと人気だったというから、譲葉サユのような人間は多いのだろう。

 だって「ちいかわ」は人魚の煮付けが出てくるストーリーだぞ?

 それを「かわいい〜」と言ってぬいぐるみをリュックサックにぶら下げていた当時の少女たちは、いったい「ちいかわ」のなにを知っていたというのか。


 まあどのみち黄色いサルだ。

 あっという間に滅ぼせるだろう。


「陛下! 大変です! 『シン・巨神兵』が、なにかに操られて海の上を飛んでこちらに向かっています!」


「パードゥーン!?」


 タブレットを手渡される。画面を覗き込むと、「シン・巨神兵」が、なにかヘビのように飛行する生き物に先導され、こちらに向かっているではないか!!


「あれは……ハチロー=タロー!?」


「は、ハチロー=タローは、活動を停止したのでは!?」


「おそらく……窮地になると動き出すようにできているのではないだろうか。おのれ秋田、やってくれる」


 ジーザス・クライスト・スーパースターは、ベスプッチ帝国の全土にシェルターへの避難を呼びかけた。

 そしてシェルターに入る権利を持っているのは、A級市民だけであった。彼らはベスプッチ帝国においてマジョリティであり、B級市民とは行使できる権限の度合いが違った。

 この政策を打ち出したのは、まさしくジーザス・クライスト・スーパースター本人であった。


 B級市民からは「見殺しにするのか」「慈悲はないのか」と苦情が殺到したわけだが、そんなものジーザス・クライスト・スーパースターにはまっったくなかった。

 マジョリティを優先することはベスプッチ帝国を守ることだ。マジョリティとされるA級市民は、ベスプッチ帝国の富をつくるのに必要な人間だ。B級市民はそれができない。


 そうやっていると、また秘書官が走ってきた。


「ハチロー=タローが、皇帝陛下に交渉を求めています!」


「面白いじゃないか」


 ジーザス・クライスト・スーパースターは立ち上がった。

 澄んだ空気の向こうから、ハチロー=タローの声が響く。


「おめだぢ、そーれでいいと思てらんだか!? どこサほじ落としてあってらんだ!?」(つづく)

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