10 でかしたど
「あれが……ハチロー=タローか。よろしい」
ベスプッチ帝国皇帝ジーザス・クライスト・スーパースターは、拡声器を持ち立ち上がった。
「我々の帝国を侵犯するならば、こちらも容赦なく叩きのめすのみだ。我々は『強い帝国』である」
「べらべらべらべら馬鹿しゃべすな! おめがだと日本がもったりまげだりしてるのをおらはしってらんだど」
もったりまげだり、というのは「盛ったりまかしたり(=こぼしたり)」という言葉が元になった、無駄なことをえんえんやっている、という意味の言葉である。
そうなのだ、秋田、日本、ベスプッチ帝国のやっていることは、完全なる「もったりまげだり」であった。
「強い帝国ならなして国の人間全員守らねんだ。強い帝国ならなしてA級市民だB級市民だと差別するんだ」
「それがただしいことだからだ」
「おめどは話が通じねえ。もっと偉いやつどご出へ」
「あいにくベスプッチ帝国でもっとも偉いのは私なんだ」
「せばバカケがやってらバカケの国だか」
八郎太郎のあんまりにもあんまりな物言いに、ベスプッチ帝国の高官たちは怒りを露わにした。
ベスプッチ帝国は皇帝ジーザス・クライスト・スーパースターの導く、最高の強い国であるはずなのに、なぜこの無礼な、ズーズー弁で話す長いトカゲに侮辱されねばならぬのか。
「皇帝陛下。ミサイルの準備ができました」
「よし。ハチロー=タローを撃ち落とす」
「はっ!」
うやうやしくミサイルのボタンが差し出される。ジーザス・クライスト・スーパースターはぽちりとそのボタンを押す。
その瞬間、ベスプッチ帝国全土から、八郎太郎に向かってミサイルが飛ぶ!!!!
「おらを田舎もんだからってバカにすなやー!!!!」
八郎太郎は火炎を噴き上げた!!!!
数十本のミサイルが、一瞬で灰と化す!!!!
「面白い。あのハチロー=タローを鹵獲できないか」
なんでも面白い、で進めるんじゃない、とジーザス・クライスト・スーパースターの侍従は思った。
しかしながらハチロー=タローを鹵獲できれば、その体の構造を分析し、新兵器を作ることも可能だ。
「ベスプッチ帝国、ジーザス・クライスト・スーパースター陛下の御為に、我々は鹵獲を試みます」
「素晴らしい仕事だ」
ジーザス・クライスト・スーパースターは、白い歯を見せて笑った。
◇◇◇◇
八郎太郎の鹵獲作戦が進行している。その情報が日本に入り、タブレットで授業ではなく映像を観ていた譲葉サユは唇をぎっと噛み締めた。薄紅の唇に血が滲む。
秋田が。
あそこまでコケにして、バカにして、滅ぼそうとした秋田が、救ってくれようとしてくれた。
だというのにそれがむげにされそうになっている。
譲葉サユは立ち上がった。机と椅子が「がったん」と音を立てる。
「おい譲葉、授業中だぞ。どうした」
古文の教師が板書するのを止めてサユに声をかける。
「ベスプッチ帝国を、止めなくちゃ」
サユは教室を飛び出した。古文なんてどうだっていい。いま「八郎太郎」をベスプッチ帝国に奪われたら、日本は負ける。
古文の授業をのんびり聞いている場合ではない。
春はあけぼの、ようよう明るくなりゆく山ぎわ、少しあかりて――そういう美しい日本を、守らねばならない。
◇◇◇◇
「知事! ベスプッチ帝国は『八郎太郎』の鹵獲に失敗したようです!」
「でかしたど!!」
佐竹ルイ15世は膝を打った。
そもそも「八郎太郎」は兵器ではない。秋田の伝説が顕現した、いわば神だ。
人間ごときが神を鹵獲できるものか。できるとすればそれはスタジオジブリかスタジオカラーのアニメなのだ。
秋田には神が生きている。それを、ベスプッチ帝国は痛いほど味わったに違いない。
「だども『シン・巨神兵』はどうなってら?」
「フレンドリーファイア防止機能のせいで、ベスプッチ帝国に上陸したあど、完全に身動きが取れねぐなってらす」
「よっしゃ! ここからがハイライトだで!!」
かっこいいセリフも方言にするとダサいのであった。あまりのダサさに、佐竹ルイ15世は顔を赤くした。
ベスプッチ帝国の歴史は、かつて別の国であった時代も含めて500年もない。そんな、ヤンキーの国に、世界有数の歴史をもつ日本、その一部に勝てるわけがないのである。
◇◇◇◇
「どういうことだっ!!!!」
ジーザス・クライスト・スーパースターは激怒していた。
侍従たちはヘコヘコし、なぜかハチロー=タローを鹵獲しようとするとすり抜けてしまうのだ……と言う。そんなバカなことがあってたまるか。口から間違いなく火を噴いたではないか。それならば実体があるということではないか。
「科学者たちは、あれを『神』ではないかと言っており……」
「神などおらぬ!!」
愛を説く神と同じ名の男は、怒りに任せて机をぶん殴る。どがしゃ、と机が壊れて、ルートビアの入っていたジョッキがぶっとぶ。
侍従が慌てて机を片付け、新しいルートビアを用意したが、ジーザス・クライスト・スーパースターはそれをいらないと断った。
「あのクソ生意気なズーズー弁の小男に、わからせてやらねばならないようだな」
かつてホットラインを敷き、支援物資を届け、「巨神兵」の鹵獲作戦を一緒に行った相手である佐竹ルイ15世への憎悪で、いまジーザス・クライスト・スーパースターははち切れんばかりであった。
そして、自分もユタ訛りの英語をしゃべる人間であるのに、完全にそれを棚に上げて、佐竹ルイ15世をズーズー弁と罵ったのであった。
そうなのである、譲葉サユもたいがいバカだが、ジーザス・クライスト・スーパースターも、かなり、いやとんでもなくバカでマヌケな、ベスプッチ帝国の白人なのであった。
いまやこの世界で正気を保っているのは、ヨーロッパ、アジア、アフリカ、南米などの、日本ともベスプッチ帝国とも関係ない国の人たちで、その人たちはこの茶番劇を、「バカコでねが」と見ていたのだった。(つづく)
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