8 さい

「ひどい……こん、な」


 大統領専用車のなかで、譲葉サユはスマホを見て震えていた。

 ベスプッチ帝国の放った「シン・巨神兵」数体が、東京を蹂躙している。スカイツリーを壊し、雷門を壊し、六本木ヒルズを壊し、東京タワーを壊し、上野動物園を壊し、国会議事堂を壊し、アメ横を壊し(以上、秋田県民から見た東京の有名なところでした)東京を滅多うちにしている。


 ぽつ、ぽつ、と涙が革張りの後部座席に落ちる。


「大統領閣下、どうされますか?」


 助手席の秘書官がそう尋ねた。


「とりあえずセンダイ? で停めて。東京に戻っちゃいけない」


 仙台を漢字で思い浮かべられない譲葉サユは、地理の成績もグッダグダなのであった。


「これって、ジーザスなんとかと、佐竹ルイ15世が仕組んだの?」


「わかりませんが、その可能性はあるかと。我々の作った『巨神兵』を鹵獲したのは秋田です」


「ふうん……じゃあ、至急秋田を包囲して。『シン・巨神兵』の侵攻をやめさせないと、秋田を滅ぼすって伝えて」


「かしこまりました」


 秘書官はうやうやしく理解したと伝え、手元のラップトップパソコンを操作した。


 ◇◇◇◇


「やらねばやらねってしゃべらえるしやればやったってしゃべらえるしどうせばいいのやっ!!!!」


 佐竹ルイ15世はキレていた。そりゃキレるだろう、東京への「シン・巨神兵」の侵攻を秋田のせいにされたのだから。

 もちろん寝耳に水であった。東京に向かう譲葉サユの秘書官から、地熱発電でかろうじて生きている県庁の執務室のパソコンに連絡があったのである。秋田は完全に包囲されている、と。

 事実、県境警備隊のマタギ・スナイパーたちから、そして秋田沖を監視する漁師たちから、秋田県が自衛隊の主力部隊に包囲されている、という連絡があった。それは「機動戦士ガンダム」に包囲されるより、ずっと恐ろしく感じられた。


 なお「やらねばやらねって(中略)どうせばいいのや」というのは、秋田県民がキレるときによく出てくるワードである。


「ここは譲葉サユどご助けて疑いを晴らすしかねな」


「だどもどうやってやるんだすか?」


「暗黒の古代アーティファクト『笑う岩偶』や、守護竜『八郎太郎』を復活さへで、東京サ投入するど!」


「だども『笑う岩偶』は、あと5000年さねば復活さねすよ、『八郎太郎』だって……」


「伝説の宇宙エネルギー降下儀式、『大日堂舞楽』を行う!! そしてエネルギー規模の点で劣るども、『ぼんでん奉納』を行ってエネルギーの足しにする!! 東京の被爆者には高エネルギー圧縮食品、『アメッコ市の枝アメ』を届ける!!」


「だ、『大日堂舞楽』!? 『ぼんでん奉納』!? 『アメッコ市の枝アメ』!? どれも滅びた祭りでねすか!!!!」


「滅びたズことはそいだけチカラがあって、それを恐れたつうことでねえのか? やるしかねんだは!」


 何度目かわからない「やるしかねんだは」を心に刻み、佐竹ルイ15世は拳に力を込めた。


 ◇◇◇◇


 エクスナレッジから刊行された「日本の祭り解剖図鑑」という書籍には、秋田の祭りとして「大日堂舞楽」が掲載されている。

 なぜ「竿燈」や「横手のかまくら」のようなメジャーどころの祭りでなく、「大日堂舞楽」なのだろう、と筆者は思ったのだが、「大日堂舞楽」はずいぶんと古い時代から伝わるものなのだという。そのような歴史的背景を踏まえて、いっけん地味なこの祭りが掲載されるに至ったのだろう。


 「大日堂舞楽」の映像が、県庁には残されていた。それを元に舞台を組み、衣装を用意し、舞い手を並べる。

 それは「大日堂舞楽ごっこ」とも言える、偽物のクオリティにすら達していないものだったが、それでも高エネルギー体の流入が確認された。

 また、「ぼんでん奉納」を行っている神社にも、高エネルギー体が流入するのが確認された。それらのエネルギーは県庁地下にあるエネルギー炉に送られ、いまはただの岩となった「笑う岩偶」にエネルギーが注入される。


「知事、『笑う岩偶』の起動まで2%たりねっす!!」


「さい……! 計算違いであったんだか……!?」


 先ほどからちらちら出てくる「さい」というのは、秋田県中央部の言葉で「しまった」とか「おっと」みたいな意味の、日常的な方言である。


 老エンジニアが、エネルギー炉の数値を確認して叫ぶ。


「なんとしても2%足りねっす」


 早くしなくては、譲葉サユの誤解で秋田が滅びてしまう。


「知事! 失礼します!」


「なした!」


「エネルギーの供給に、知事サも一役かってもらうす!」


「え、ええっ?」


 どこからかハンテンとねじり鉢巻きが出てきた。続いて「大若」と書かれた提灯が稲穂のようにぶら下がった竿燈が出てきた。


「お、俺本物の竿燈どご見たことねよ!? 俺が生まれたあとはもうやってねがったんだど!?」


「大丈夫だ! おめは若い! なんとかなるど!」


 老エンジニアが近づいてきた。そして佐竹ルイ15世に竿燈の持ち方を教えた。この老エンジニアは、かつて竿燈妙技会で優勝した男だった。


「どっこいしょー! どっこいしょー!」


「どっこいしょー! どっこいしょー!」


 本当は老エンジニア本人がやりたかった。しかしもう年だ、腰をやらかしてはいけない。


「お、おお、よくわかんねぇどもなんかわかったど!」


「どっこいしょー! どっこいしょー!」


 こうして知事自ら掲げる「竿燈」から、エネルギー炉にエネルギーが供給され、そのメーターは振り切った。


「エネルギー充填103%! 『笑う岩偶』起動するす!!!!」


 ぐおおおおお……と轟音が轟いた。


「こ ー ん ぬ ー ず ば ー !!!!」


 笑う岩偶が、東京に向けてその古代のエネルギーを放ち始めた。(つづく)

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