Episode 29 第二戦目 護国の英雄と最速の騎士
二十三年前、フェアヴァルト公国 滞在三日目】
騎士王が頭上から振り下ろした剣が光弾に触れた瞬間、獣王が放った攻撃は聖剣へと吸収され、聖剣は金色から銀の煌めきを纏った青き剣へと変化した。
「貴様……」
獣王は牙を剥き出しに噛み締めながら、騎士王を睨んでいた。
「済まない、モロウ王。貴公の力、利用させて貰う」
そうして、騎士王は剣の鋒をモロウ王へ向けて、刺突の構えをした。聖剣がさらなる輝きを放ち始めたところで獣王は司会にこう告げた。
「おい、儂は勝負を降りる。試合は終わりだ」
「あ、はい。えーと。皆様!第一戦目は終了です!勝者は聖界が誇る騎士の中の騎士!アリス・アルセイアス!!!!」
一気に会場が沸き立った。騎士王はふうと息を一つ付いて、剣を鞘に収めた。
「聖純の小娘、今回は貴様の勝ちだ。例の話は進めておこう」
「モロウ王、感謝する」
両者が去った後も会場の熱は落ち着かなかった。私の横に座るレイモンドも指笛をぴゅーと鳴らしながら、場を盛り上げるのに一役買っていた。
「レイモンドおじさん!凄かったね」
「いやあ、さすが一国の王同士。まだまだ余力を残していそうだってのに、あのバトルはレベルが高過ぎるぜ」
場の熱が少し落ち着いたのを見計らって司会が次の試合のアナウンスを始めた。
「皆様皆様!第一戦目、凄い試合でした。しかしッ!本日はまだ始まったばかりッ!それではご案内しましょう!第二戦目です!」
観客が総立ちで歓声を上げる中、次の闘技者の紹介が始まった。
「第一戦目、目で追えぬ戦いがそこにはありました!ではあれが最速か?否ッ!あの速さを超える者がいます!何者?グレグランドの騎士です!彼は漆黒の外套を纏い、数多の武器を駆使して、騎士王を超える速度で戦場を駆けます!グレグランドが誇る十二騎士が一人!閃撃の騎士、アーサアァ!アスガルド!!」
登場したアスガルド卿の外見はこれまで私が見てきた彼とは異なっていた。両の手で柄の短い黒い斧を持ち、顔を見せたくないのか、フードを被り、黒い外套で全身を覆っていた。
「さて、閃撃の騎士を向かえ撃つのは誰なのか!ご紹介しましょう!魔界との境界近くにある小さな国の護国の英雄ッ!扱う奇跡はかの精霊王級!しかし、彼女は精霊ではありません、人間です!自然から
彼女はゆっくりと歩いて登場した。美しい白の髪が歩を進める度にふわりと浮き上がり、その軽さと柔らかさを感じさせた。背丈は高くなく、アスガルド卿より頭一つ半くらいには小さく見えた。右手には自身の背丈より大きな杖を持ち、杖の先端には黄緑の美しい宝石が付いていた。
「魔界侵攻の最前線、コルナ国の英雄、万年二位の奇跡使いと戦えるとは。私は幸運だな」
彼女は不機嫌そうに頬を膨らませた。
「こちらこそ。閃撃の騎士アーサー・アスガルド、貴方の御名前は私の国でも有名ですよ。目に見えぬ死の風と云われています。とにかく邪魔で戦いにくいと」
「ほう、それはそれは。コルナ国の戦士なら大丈夫かと思っていたが、買い被りだったかな」
「くっ、貴方は毎回毎回……」
皮肉を織り混ぜた挨拶を済ませた後、司会がアナウンスを始めた。
「それでは皆様!いよいよ第二戦目の開始です!それでは……始めッ!」
瞬間、アスガルド卿はその場から姿を消し、リンネットの背後に現れた。
「悪いな、英雄。早々に終わらせて貰う」
アスガルド卿の斧がリンネットの首元に当たる瞬間、アスガルド卿の体は吹き飛ばされ、壁に激突した。砂煙で彼の様子が分からない。
「良いでしょう。貴方がその気なら私も容赦しません」
砂煙が落ち着き、瓦礫にもたれ座っているアスガルド卿が落ち着いた声で呟いた。
「やれやれ。私としたことが英雄の逆鱗に触れてしまったか」
リンネットの周囲に黄緑のオーラが揺らぎ始め、彼女の瞳が白から赤く変色していった。アスガルド卿はこれはマズい、と横に走り出し、彼女の正面から外れた。
彼女が「
「おい、これは試合だぞ。英雄ともあろうものがムキになるな」
「あら、貴方ならこれくらいは余裕かと。私の買い被りですかね」
私は、驚いた様子で試合を観戦しているフウラに、「どうしたの?」と訊いた。
「マルタさん、あの奇跡は時間の加速です。実際にみるのは初めてですが、まさか使い手がいたとは」
「彼女は人間なのにどうしてこんなに凄い奇跡が扱えるのかしら」
「おそらく、あの赤い目は精霊の力を宿しているのでしょう。
リンネットは炎、水、光とあらゆる奇跡で攻撃を繰り出し、アスガルド卿は彼女を中心に円を描くように走り続ける。その姿に私は違和感を覚えた。彼はいつの間にか斧を持っていなかったのだ。
斧を探していると地上に映る変な影を見つけた。リンネットの頭上に視線を移すと、ちょうど彼女の真上から一対の斧が回転しながら落ちてきていた。
アスガルド卿が円を描くように走り続けているのは、攻撃を避ける目的と彼女をその場から動かさないためだったのだ。
「アスガルド卿、次はどんな奇跡をみたいですか?」
「私は奇跡が苦手でね。可能なら剣で戦いたいのだが」
「ふふっ。なら貴方お得意の剣術で勝負してあげますね。
詠唱と共に彼女の瞳が赤から青色へと変化し、杖を地面に差し立てた。そして、頭上から落ちてきた一対の斧を素手でキャッチしたのだ。
彼女は「ふーん、軽くて扱いやすい斧ですね」と斧で素振りをした。そして、アスガルド卿にこう問うた。
「さて、武器も無しにどう戦うのです?」
「その斧は私の武器だ。何の策もなしに奪われる訳がなかろう」
リンネットが斧をアスガルド卿に向けようと腕を上げると、手の中に斧が無かった。彼女が困惑した表情をつくった時、既に斧はアスガルド卿の手に戻っていたのだ。
彼女は一瞬の困惑の後、なるほどと納得した様子で「貴方の聖具は武器庫でしたか」と呟いた。
「まさか今ので見破ったのか」
「武器が消えたというのに、私が
彼女は新たに奇跡を唱え、杖をレイピアに変化させた。そして、それをアスガルド卿に向けた。
「私の奇跡と貴方の技術。どちらが上か勝負をつけましょう」
「ふん、奇跡使いが剣を構えるとは。手加減は出来ないぞ」
第二戦目、護国の英雄と聖界最速の騎士の試合が中盤にさしかかろうとしていた。
―――――――――――
【用語】
■フェアヴァルト公国
竜の棲む山脈の入口にある国。
聖界に存在する二〇の国から一人ずつ代表が選出され、統治している。
基本的には聖界全体の管理を担っている国で、政治活動、インフラ整備が主な業務。故に国民の多くは技術者、職人、事務員である。
■
聖界の各国の王が集まり、魔界への対応、聖界内の政治について議論する場。
■グレグランドの十二騎士
騎士王に選ばれし、聖界を守護する十二人の騎士。
称号は先導、不侵、久遠、全知、沈黙、金製、全治、開明、閃撃、追究、謀略、紅蓮。
■奇跡
神、聖なる種族が起こす現象の総称。
精人たちは奇跡を起こすエネルギーを「聖力」と呼ぶが、他国では魔力を使って奇跡を起こすと勘違いされることが多い。
主に聖界、神界で使われ、「民の奇跡」「精霊の奇跡」「神の奇跡」という大きく三つに分類される。
■魔法
神、魔なる種族が起こす現象の総称。
エネルギー源は魔力と呼ばれ、世界に広く認識されている。純粋な人は魔力をつくる事ができないため、魔力を溜め込んだ道具、魔具を用いることで魔法を使える。
主に神界、魔界で使用される。
■魔術
主に人界の魔術師が使用する魔法のこと。
魔術師が使用出来る魔法の数は実際の魔法の種類より少ないが、技術的な研鑽を積むことで起こす現象を変化させ、様々な状況に対応できるようになっている。
■聖獣
神性を持つ獣の総称。
聖力を生み出せるため、奇跡を扱う種もいる。人間と聖獣の混血を獣人と呼ぶ。
【登場人物】
■マルタ・アフィラーレ・ラスパーダ
三十九歳の女性で聖界最大の国、グレグランドの十一代目国王。この物語の案内人であり、昔ばなしの主人公。
十七歳の時、故郷の村を魔物の侵攻によって失ってしまう。
何かの罪を悔いているが、その詳細は不明。
■セーラ
マルタの昔ばなしを聞く少女。
二ヶ月ほど前からマルタの家を訪問している。
ルーンの森の泉の精霊アルセイアスが言うには、彼女の存在は想定外らしい。
■アル
セーラの幼馴染。
幼少期にセーラとは離ればなれになり、容姿もかなり変わっている。
セーラは警戒心を持っているようだが。
■レイモンド・ルーク
二十三歳の男性。青髪の長髪を後ろで結っている。
グレグランドを拠点とする商人で護身術の心得がある。ルーカス・ルークという二歳上の兄がいる。
お酒好き。
■フウラ
王都の跡地、地下都市に住む「
身長はマルタより頭半個分ほど高く、地面に届くほど長く伸びた茶色の髪を持つ女性。
その昔、王都が何かに襲われて滅んだ後、地下で逞しく生きる人々の姿に惚れ、地下都市を照らす役割を担っていた。
■アーサー・アスガルド
二十五歳の男性、閃撃の騎士。
黒の短髪をオールバックにしている。
態度から誤解されやすいが、困っている人を見過ごせず、面倒見が良いタイプ。
好きな武器は短剣だが、弓も扱う。
■ミナ・リンネット
白の長髪と緑の瞳が特徴的な二十歳の女性。
魔界と聖界の境界付近の国、コルナ国の奇跡使いで護国の英雄と呼ばれている。
自然から
一方で、奇跡使いとしては二番手に甘んじており、本人は気にしている。
アーサー・アスガルドとは何かしらの因縁があるようだ。
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