Episode 26 次の国へ

【二十三年前、賢人ソフィアの森 滞在八日目】


 明朝、私たちは賢人ソフィアの森を発つことにした。レイノルズから「一人にしてくれ」とお願いをされたからだ。

 彼は一〇〇〇年という長い時をかけて世界中の奇跡を集め、ようやく彼の妻、アナと再会した。しかし、彼が生み出したものは彼の妻ではなかったのだ。彼には現実を受け止め、考える時間が必要だ。


「それじゃ、レイノルズさん。私たちは行くね」


 私は、足取り重く玄関に近づき、取っ手に手をかけた。


「マルタ、世話になった。ありがとう」


 眠れなかったのだろう。彼は生気がなく、血色の悪い肌でそう答えた。

 私が思わず口を開きかけた時、レイモンドが私の肩に手を置き、首を横に振った。


「また、いつか」

「ああ、またな」


 外に出ると空は快晴で、辺りはシンと静まりかえっていた。カルンたちはどうしたのだろうか。


「次はどこに向かう?」

「ここから先は俺も行ったことが無いんだが、森を西に抜けると山脈の入口があるらしい」

「入口というか国ですね」


 私はどんな国かとフウラに訊いた。


「名はフェアヴァルト公国。聖界に存在する二〇の国から一人ずつ代表を選出し、彼らが運営している国です」

「公国ってことは王様はいないってこと?」

「そうですね。少し特殊な国で、選出された代表達が順番に、君主を務めるそうです。たしか、任期は一年だったはずです」


 その後も話を聞くと、フェアヴァルト公国は聖界の仕組みを管理している国ということが分かった。彼ら、選出された代表達は聖界の政治から、民草の生活補助まで、様々なところに関わり、その管理を行っている。

 政治に関しては、決定権は各国の王にあるため、会合の調整などを行っているらしい。


「たしか、そろそろ聖界会議サント・コンチリオが開かれるはずです」

「え、てことは騎士王様もその国に来るってこと?」

「そうですね。もしかしたら会えるかも知れません」


 レイモンドは「それがフェアヴァルト公国だったのか」と何かを思い出したようで、話始めた。


「お嬢ちゃん、聖界会議サント・コンチリオの期間には武闘会も催されるんだぜ」

「え、武闘会?」

「ああ。各国が軍事力をアピールすることで、聖界内の力関係を示すんだ。国によっては国王が戦うこともある」

「良いわね、じゃあ行きましょう!フェアヴァルト公国へ!」


 気が付くと森の中では微かに、明るい音が漂っていた。きっとカルンたちだろう。彼らの父、レイノルズを元気づけようとしているのだ。

 こうして、私たちは次の目的地、竜の棲む山脈の入口、フェアヴァルト公国へ歩み始めたのだ。私たちもまた、彼らの明るい音色に背中を押されていた。


―――――――――――


【用語】


賢人ソフィアの森

サンサント王国の西方に位置する森。

その名には人類最初の賢人の名が使われている。


■奇跡

神、聖なる種族が起こす現象の総称。

精人たちは奇跡を起こすエネルギーを「聖力」と呼ぶが、他国では魔力を使って奇跡を起こすと勘違いされることが多い。

主に聖界、神界で使われ、「民の奇跡」「精霊の奇跡」「神の奇跡」という大きく三つに分類される。


■魔法

神、魔なる種族が起こす現象の総称。

エネルギー源は魔力と呼ばれ、世界に広く認識されている。純粋な人は魔力をつくる事ができないため、魔力を溜め込んだ道具、魔具を用いることで魔法を使える。

主に神界、魔界で使用される。


■魔術

主に人界の魔術師が使用する魔法のこと。

魔術師が使用出来る魔法の数は実際の魔法の種類より少ないが、技術的な研鑽を積むことで起こす現象を変化させ、様々な状況に対応できるようになっている。


【登場人物】


■マルタ・アフィラーレ・ラスパーダ

三十九歳の女性で聖界最大の国、グレグランドの十一代目国王。この物語の案内人であり、昔ばなしの主人公。

十七歳の時、故郷の村を魔物の侵攻によって失ってしまう。

何かの罪を悔いているが、その詳細は不明。


■セーラ

マルタの昔ばなしを聞く少女。

二ヶ月ほど前からマルタの家を訪問している。

ルーンの森の泉の精霊アルセイアスが言うには、彼女の存在は想定外らしい。


■レイモンド・ルーク

二十三歳の男性。青髪の長髪を後ろで結っている。

グレグランドを拠点とする商人で護身術の心得がある。ルーカス・ルークという二歳上の兄がいる。

お酒好き。


■フウラ

王都の跡地、地下都市に住む「燈火あかりの精霊」。

身長はマルタより頭半個分ほど高く、地面に届くほど長く伸びた茶色の髪を持つ女性。

その昔、王都が何かに襲われて滅んだ後、地下で逞しく生きる人々の姿に惚れ、地下都市を照らす役割を担っていた。


■レイノルズ・ソフィア

ソフィアの森に棲む、創造の精霊。

常に実体化しており、人と同じ様な生活を送っている。

巷では発明家と呼ばれており、機能や実用性ではなく、生み出したもので『如何に人の感情を動かせるのか』を重視している。


■アナ・ソフィア

千数百年前の人物で、当時、「人類最初の賢人」と呼ばれた女性。身体は強く無かったが、活発かつ聡明な人間だとフウラは語る。

魔力や聖力を必要としない、不思議な技術を開発し、賢人として扱われていた。

レイノルズ・ソフィアの妻。


■カルン

言葉を話し、動く振り子時計。

レイノルズ・ソフィアが生み出した発明品の一つ。

レイノルズ曰く、心の機微を精巧に、機械的に再現しているだけの偽物。

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