Episode 24 妻との記憶
【二十三年前、
次の日の朝、朝食を摂った私とレイノルズは散歩に出かけた。
「レイノルズさんの奥さんってどんな人だったの?」
「藪から棒にどうした」
「あれだけ話題になったら、そりゃ気になるでしょ」
レイノルズは「それもそうだ」と納得した様子で話を始めた。
セーラにはすまないが、内容を全ては覚えていないから簡単に話そう。
まず、彼とアナ・ソフィアは夜の森の中で出会ったそうだ。
暗闇の中を彷徨い、遂には歩けなくなってしまった彼女を気の毒に思い、彼から話しかけた。その後、彼女と一緒にあの水車の家に向かい、保護したという馴れ初めだ。
彼女に「何処から来たのか」と訊くと、「ニホンのカナガワだ」と云っていたそうだが、そんな国や街は聖界には存在しない。つまり、彼女は異界から迷い込んでしまったということだ。恐らくだが、人界から迷い込んだのだろう。
ここからの細かいエピソードは覚えていないのだが、彼女はレイノルズの「
「何を使ってその現象を起こしているんですか?」
聖界の人間なら、奇跡による現象に疑問を持つことはないだろう。何故なら、聖力もしくは魔力を使っていると知っているからだ。
彼女は付け加えてこうも云ったそうだ。
「部屋にあったアレとコレを使えば私にも似たようなことはできますよ」
それを当時のレイノルズは鼻で笑ったそうだが、実際にやらせてみると、聖力も魔力も持たない彼女が出来てしまったのだ。
たった一輪だが、ぱちぱちと音をたてる炎花を咲かせたのだ。その花は数分して、その生涯を終えてしまったが確かに咲いたのだ。
それ以降、彼女は聖界にある様々なものに触れ、その性質を観察、記録していったそうだ。そして、集めた知見を活かして、聖力を使わずに奇跡を起こす技術を生み出していき、人類最初の賢人とまで言われるほどに至った。
そんな話を二時間ほど聴き続けた後に、私とレイノルズは例の丘に辿り着いた。そして、木の下で静かに座っているアナ・ソフィアに歩み寄った。
「アナ、もうすぐだ。あと数日もしたら私の中の聖力が十分に溜まって、君を蘇らせられる」
彼はそっと右手で、彼女の灰色の頬に触れた。
言葉が出てこなかった。私は彼をどうしたいのだろうか。止めたいのか、背中を押したいのか、答えが見つからなかった。
「レイノルズさん。私は貴方が間違っているとは思わないわ」
突然、それこそ不意に言葉が飛び出した。
「マルタ…?」
「私ね、思うの。フウラさんが云っていることは正しい。貴方がしようとしている事は救いになるどころか、状況を悪化させるかもしれない」
レイノルズは黙って私の話を聞いていた。
「でも、そんなのやってみないと解らないわ。そこに、貴方が少しでも救われて、前に進める可能性があるならやってみるべきよ。失敗したら次の方法を考えたら良い。そうやって足掻いて足掻いたら必ず救われる日が来ると、私は思う」
彼は一言「ありがとう」と云った。
そこから五日後、ついにその時がやってきた。
―――――――――――
【用語】
■
サンサント王国の西方に位置する森。
その名には人類最初の賢人の名が使われている。
■奇跡
神、聖なる種族が起こす現象の総称。
精人たちは奇跡を起こすエネルギーを「聖力」と呼ぶが、他国では魔力を使って奇跡を起こすと勘違いされることが多い。
主に聖界、神界で使われ、「民の奇跡」「精霊の奇跡」「神の奇
跡」という大きく三つに分類される。
■魔法
神、魔なる種族が起こす現象の総称。
エネルギー源は魔力と呼ばれ、世界に広く認識されている。純粋な人は魔力をつくる事ができないため、魔力を溜め込んだ道具、魔具を用いることで魔法を使える。
主に神界、魔界で使用される。
■魔術
主に人界の魔術師が使用する魔法のこと。
魔術師が使用出来る魔法の数は実際の魔法の種類より少ないが、技術的な研鑽を積むことで起こす現象を変化させ、様々な状況に対応できるようになっている。
【登場人物】
■マルタ・アフィラーレ・ラスパーダ
三十九歳の女性で聖界最大の国、グレグランドの十一代目国王。この物語の案内人であり、昔ばなしの主人公。
十七歳の時、故郷の村を魔物の侵攻によって失ってしまう。
何かの罪を悔いているが、その詳細は不明。
■セーラ
マルタの昔ばなしを聞く少女。
二ヶ月ほど前からマルタの家を訪問している。
ルーンの森の泉の精霊アルセイアスが言うには、彼女の存在は想定外らしい。
■レイモンド・ルーク
二十三歳の男性。青髪の長髪を後ろで結っている。
グレグランドを拠点とする商人で護身術の心得がある。二ルーカス・ルークという歳上の兄がいる。
お酒好き。
■とある存在
聖界に滞在する精霊に制約を課した存在。
他の詳細は不明。
■フウラ
王都の跡地、地下都市に住む「
身長はマルタより頭半個分ほど高く、地面に届くほど長く伸びた茶色の髪を持つ女性。
その昔、王都が何かに襲われて滅んだ後、地下で逞しく生きる人々の姿に惚れ、地下都市を照らす役割を担っていた。
■レイノルズ・ソフィア
ソフィアの森に棲む、創造の精霊。
常に実体化しており、人と同じ様な生活を送っている。
巷では発明家と呼ばれており、機能や実用性ではなく、生み出したもので『如何に人の感情を動かせるのか』を重視している。
■アナ・ソフィア
千数百年前の人物で、当時、「人類最初の賢人」と呼ばれた女性。身体は強く無かったが、活発かつ聡明な人間だとフウラは語る。
魔力や聖力を必要としない、不思議な技術を開発し、賢人として扱われていた。
レイノルズ・ソフィアの妻。
■カルン
振り子時計。
レイノルズ・ソフィアが生み出した発明品の一つ。
レイノルズ曰く、心の機微を精巧に、機械的に再現しているだけの偽物。
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