Episode 22 最愛の人

【二十三年前、賢人ソフィアの森 滞在初日】


 フウラはレイノルズ宅に到着するやいなや、ぎっぎっぎっと軋む階段を駆け上がり、扉の留め具が外れたのではと心配になるほどの勢いで、扉をばんっと開けた。中ではレイモンドとレイノルズがすすだらけの状態になっていた。


 人類最初の賢人、アナ・ソフィアと思わしき人間、いや敢えて人形と云っておこう。あれに魂は入っていなかったし、これまで入っていた器でもないからな。

 さて、その人形を見た後のフウラは最初こそ青ざめていたが、家までの道を歩く間に感情が怒りに変わったのか、眉間に皺を寄せながらザッザッと森を歩いていたのだ。

 そして、家に辿り着いた彼女は脇目も振らずに階段を上がり、最初の話に戻る。


「レイノルズ。アレは何ですか?」


 意外にも彼女の声は冷静だった。依然、彼女の表情には怒りの色が見えたが、どこか大人が子どもを叱るときの雰囲気を醸し出していた。

 レイノルズは一瞬の沈黙をつくるも、状況を理解したのだろう。口を開き、落ち着いた声で説明を始めた。


「アレは器だ」

「やはり、そうですか。レイノルズ、これは禁忌タブーですよ」


 一度下に降りようとレイノルズが提案し、四人で一階に降りた。私はコップに全員分の水を入れ、それぞれの顔色を窺いながら配った。

何が起こったのか解らないという顔をしていたレイモンドにフウラが状況を説明し、本題が始まった。


「私は彼女にもう一度、会いたいだけなんだ。それにこれは禁忌タブーにはならないよ」

「……」


 話をまとめると、彼は記憶の中にいる妻、アナ・ソフィアの情報を元にして、ほぼ完全な彼女の魂を創ろうとしていたのだ。


「レイノルズ。いくら彼女の魂を精巧に再現したとして、それは『本物』ではないんですよ?」

「本物ではない…か。フウラ、本物とはなんだと思う?」


 フウラは鳩が豆鉄砲を食ったようにきょとんとしていた。


「例えば彼ら、カルン達の魂は私が生み出した擬似的なものだが、アレは偽物か?マルタはどう思う?」


 私の中では、カルン達はどこからどう見ても感情を持ち、身体を動かし、生きているように思えた。


「彼らは本物、生きていると思う…そう思いたいわ」

「だが、その実は心の機微を精巧に、機械的に再現しているだけの偽物だ。だが『それを生きていると思いたい』なぜこんな現象が起きると思う?」


 レイノルズ以外はだれも答えなかった。


「彼らの動きや言動から、無害性や善性を感じるからだと私は考えている。つまり、本物かどうかは本質的に重要ではないのだ」


フウラは言葉を発しなかった。発せなかったのかもしれない。


「一定以上の質は必要だが、自分に対して害があれば『所詮は偽物だ』と言われ、害が無ければ『あれは本物だ』と言われる。それが我々の本質だ」


 一階はしんと静まり、壁の向こうで水車がカチャカチャと廻る音のみが聞こえていた。


「私は妻の魂と身体を完璧に再現してみせる。どんなに時間がかかっても。そして、もう一度彼女に……」


―――――――――――


【二十三年前、賢人ソフィアの森 滞在初日】


 その日の夜。私達はレイノルズ宅の二階の空き部屋を使わせてもらえることになった。レイモンドはいびきをかきながら寝ており、フウラは眠れないのか、私の横でもぞもぞしていた。

 月光で青く光る天井を見つめながら、私はレイノルズの話を思い出す。するとフウラが私に話しかけてきた。


「彼も本当は解っているのでしょう。彼が生み出そうとしているアナ・ソフィアは本人ではないと」


 私も同じことを感じていた。

 昼間の説明は「偽物であっても、本物と同等に成り得る」という内容だったが、それを説明する彼は誰よりも「本物にどれだけ似ていても、それは偽物である」ということを理解しているのだ。


「そういえば、禁忌ってどういうこと?」


 私は、妻と再会しようとしているレイノルズに対して、フウラが云った「禁忌」という言葉が気になっていた。


「私達、聖界に滞在する精霊は『とある存在』によって制約を課されているのです。その中の一つが世界のエネルギー循環を乱す「魂の再生・再利用」なんですよ」


 私は今回の事案がなぜ、禁忌タブーにならないのかを訊いた。


「彼がやろうとしていることは『自身が持つ聖力エネルギーの消費』かつ『完全ではない擬似的な魂』ですから、世界の循環を乱しはしていないからですね」

「なるほどね。もしかしたら貴方達、精霊の聖力エネルギー量に制限があるのも、そのとある存在かもしれないわね」


 フウラは一言、そうですねと云って眠ってしまった。明日はどうしようか、レイノルズのことをもっと知るために一緒に散歩でも行こうか。私はそんな事を考え、気がついたら眠りについていた。


―――――――――――


【用語】


賢人ソフィアの森

サンサント王国の西方に位置する森。

その名には人類最古の賢人の名が使われている。


■奇跡

神、聖なる種族が起こす現象の総称。

精人たちは奇跡を起こすエネルギーを「聖力」と呼ぶが、他国では魔力を使って奇跡を起こすと勘違いされることが多い。

主に聖界、神界で使われ、「民の奇跡」「精霊の奇跡」「神の奇


跡」という大きく三つに分類される。


■魔法

神、魔なる種族が起こす現象の総称。

エネルギー源は魔力と呼ばれ、世界に広く認識されている。純粋な人は魔力をつくる事ができないため、魔力を溜め込んだ道具、魔具を用いることで魔法を使える。

主に神界、魔界で使用される。


■魔術

主に人界の魔術師が使用する魔法のこと。

魔術師が使用出来る魔法の数は実際の魔法の種類より少ないが、技術的な研鑽を積むことで起こす現象を変化させ、様々な状況に対応できるようになっている。


【登場人物】


■マルタ・アフィラーレ・ラスパーダ

三十九歳の女性で聖界最大の国、グレグランドの十一代目国王。この物語の案内人であり、昔ばなしの主人公。

十七歳の時、故郷の村を魔物の侵攻によって失ってしまう。

何かの罪を悔いているが、その詳細は不明。


■セーラ

マルタの昔ばなしを聞く少女。

二ヶ月ほど前からマルタの家を訪問している。

ルーンの森の泉の精霊アルセイアスが言うには、彼女の存在は想定外らしい。


■レイモンド・ルーク

二十三歳の男性。青髪の長髪を後ろで結っている。

グレグランドを拠点とする商人で護身術の心得がある。二ルーカス・ルークという歳上の兄がいる。

お酒好き。


■とある存在

聖界に滞在する精霊に制約を課した存在。

他の詳細は不明。


■フウラ

王都の跡地、地下都市に住む「燈火あかりの精霊」。

身長はマルタより頭半個分ほど高く、地面に届くほど長く伸びた茶色の髪を持つ女性。

その昔、王都が何かに襲われて滅んだ後、地下で逞しく生きる人々の姿に惚れ、地下都市を照らす役割を担っていた。


■レイノルズ・ソフィア

ソフィアの森に棲む、創造の精霊。

常に実体化しており、人と同じ様な生活を送っている。

巷では発明家と呼ばれており、機能や実用性ではなく、生み出したもので『如何に人の感情を動かせるのか』を重視している。


■アナ・ソフィア

千数百年前の人物で、当時、「人類最初の賢人」と呼ばれた女性。身体は強く無かったが、活発かつ聡明な人間だとフウラは語る。

魔力や聖力を必要としない、不思議な技術を開発し、賢人として扱われていた。

レイノルズ・ソフィアの妻。


■カルン

振り子時計。

レイノルズ・ソフィアが生み出した発明品の一つ。

レイノルズ曰く、心の機微を精巧に、機械的に再現しているだけの偽物。

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