第四章 銀髪の少女と賢人の森

Episode 20 森の不思議な住人たち

【現在、とある森】


「今回の話も面白かったー!まさかマルタ様が人界に行ったことがあるとは思ってなかったわ」


 木漏れ日の角度が地面と直角になる頃、私は一つの冒険譚を話し終えた。

 セーラは満足気な表情を浮かべながら、両足をぱたぱたと動かしている。


「そろそろ昼食にしようか」


 私がそう言うと、セーラのお腹が待ってましたとばかりに、大きな一鳴きを発した。

 セーラは恥ずかしそうに、頬を赤らめながら舌を出していた。


「それじゃあ私が昼食を作るわ」


 それから一時間ほどして、私達は食事を始めた。そして何を思ったのか、私はこんなことを尋ねてみた。


「セーラ、今度は友人を連れてきたらどうだ?こんな機会は滅多にないからな」


 カランコロンと床の木板に硬いものが当たる音がした。セーラがフォークを落としたのだ。


「セーラ、大丈夫か?」

「いけない、やっちゃった。でも大丈夫、ただ落としただけよ」


 台所から新しいフォークを持ってきたセーラの表情は、暗くもないが明るくもなく、無表情かと言ったらそうでもない感じだ。


「あ、私の友達よね?うーん、たぶん難しいと思うけど訊いてみるわ」


 この森は比較的安全で有名だから難しいということは無いはずだが、と思ったが家庭の事情でもあるのかも知れないと、言葉にはしなかった。


 昼食を終えた私達は、セーラの希望もあり、大樹の上に登ってみることにした。登ると言っても、樹の幹を攀じるのではなく、奇跡を使って飛んでいくだけだ。


「わあ!凄い景色ね!」


 上には蒼い空、私達の足元には大樹の葉が密集した緑のカーペットが広がっている。そして、遥か遠方には山々が軒を連ねており、上空をいくつかの黒い点が右往左往していた。おそらく、竜が山の上空を旋回しているのだろう。

 しかし、こうして見ると世界は平和そのものに思える。何故セーラが、私が森の入り口から外を見たり、出ることを阻むのかは依然、解らないままだ。



「風も程よくて良い場所ね」

「そうだろう?ここは私のお気に入りの場所だ」


 しばらく景色を楽しんだ後、セーラが口を開いた。


「次のお話は賢人ソフィアの森だっけ?」

「そうだ」


 私は再び過去を語り始める。

 その先に何か、答えがあると信じて。

―――――――――――


【二十三年前、とある西方の森】


 紅蓮の騎士、サーシャル卿と別れてから一週間が過ぎた頃、私達三人はサンサント王国の西方に位置する、賢人ソフィアの森を目指して旅を続けていた。

 その道中、目的地の手前の森で私達は不思議な光景を目の当たりにしたのだ。


「あのーフウラさん。これってどういう状況?」


 私は困った、理解できないという意味を込めてフウラに尋ねた。フウラは微笑みながら落ち着いた様子で答える。


「これは賢人ソフィアの森に近づいている証ですね。この子たちは全て彼の作品です」


 私達の荷馬車はどういうわけか、メロディーを奏で、歌を歌う大小様々な家具、道具、楽器、武器達に囲まれていた。

 彼らは身体をくねくね動かしながら、どこからなのか分からない場所から声を発していた。


「お嬢さん、お嬢さん♪どちらの方へ♪誰の下へ♪」

「ランララン♪ランララン♪」


 良く聴くと音楽に合わせて何やら会話をしようとしている様子だった。

 すると突然、彼らの中で一際存在感を放っていた、蔓が巻きつき、身体の表面には苔がむしている振り子時計が荷台に跳び乗ってきた。


「初めまして、私はカルンと言います。見ての通り、振り子時計です」


 私は、振り子時計がジャンプして荷台に跳び乗った挙げ句に、普通に自己紹介を始めたものだから、開いた口が塞がらず、言葉が出てこなくなってしまった。

 そんな私をみて、フウラが助け舟を出してくれた。


「初めまして、カルンさん。私達はこの先の森にいる貴方たちの製作者、レイノルズ・ソフィアに会いにいく途中なんです。案内して貰えますか?」

「おやおや、そうでしたか。それでは私達の父の下へご案内いたしましょう」


 そう言って振り子時計のカルンは荷台から跳び下り、レイモンドが操る馬の正面を歩き始めた。


―――――――――――


【二十三年前、賢人の森 滞在初日】


「皆様、お待たせしました。こちらが父の家です」


 そこは落ち着いた雰囲気の場所だった。

 背の低い木が並ぶ森の中を流れる、小さな川の横に煙突がついた切妻屋根の家があり、小さな水車が時折ギィという年季の入った声を上げながらも、カチャカチャパチャパチャと小気味よいリズムで音を奏でていた。

 家は二階建てで、煙突からは煙が上がっていた。


「精霊の生活って初めてみたけど、人と同じ様に暮らしているのね」

「マルタさん、そんな事はありませんよ。例えば私は、普段は実体化せずに地下で生活をしていました。彼みたいにずっと実体化して、人と同じように生活している方は少ないと思います」

「どうして実体化しないの?」


 フウラは少し、間を開けてからこう答えた。


「一言で説明すると、死ねてしまうからです」

「死ねてしまう?」

「はい。基本的に精霊はエネルギー体として存在していて、その状態だと歳も取りませんし、物理的に死ぬこともありません。で、そのエネルギーを物質に変換する事で実体化するわけですが、その場合、貴方たちのように転けたら怪我もしますし、傷の程度によっては死んでしまうのです」


 私は質問を続けた。


「あれ、たしか精霊って自分で聖力エネルギーを生み出せるのよね。だったら大怪我をしても回復できるんじゃないの?」

「生産能力と貯蔵量は精霊によって違いますからね。死ぬほどの怪我を回復できる精霊は意外と少ないと思います」


 フウラ曰く、彼女は自身が持つエネルギーの七割を使って実体化しており、残りの三割を奇跡に使用しているそうだ。

 そして、死ぬほどの怪我を回復するには、実質的にもう一つの身体を作るくらいの聖力エネルギー量が必要になるらしく、彼女には到底できないらしい。


 これは多くの精霊に当てはまるため、彼らは実体化せずにエネルギー体として存在しているのだ。


「それでは皆様。中に入りましょう」


ドンッドンッボンッ……バホンッ!


 振り子時計のカルンがそう言った直後、二階で爆発が起こったのだ。

 私達は「事故だ!」と慌てて、家の中に入り、階段を駆け上がった。歪んで開かなくなった扉をレイモンドが蹴り破って室内に入ったのだが、煙で全く様子が分からなかった。


「むむ、また失敗か。いや待てよ、この爆発力を利用して長距離移動装置を……」


 煙の向こうから何やら男の声が聞こえてきた。煙が窓から外へ逃げるにつれ、部屋の様子が見えるようになり、奥のロッキングチェアに誰かが座っているのが分かった。

 そして、完全に煙が晴れた後、彼は私達を見てこう言ったのだ。


「ようこそ、レイノルズ・ソフィアの工房へ。早速だが、君たちには私の発明品の実験台になってもらおうか」


―――――――――――


【用語】


賢人ソフィアの森

サンサント王国の西方に位置する森。

その名には人類最古の賢人の名が使われている。


■奇跡

神、聖なる種族が起こす現象の総称。

精人たちは奇跡を起こすエネルギーを「聖力」と呼ぶが、他国では魔力を使って奇跡を起こすと勘違いされることが多い。

主に聖界、神界で使われ、「民の奇跡」「精霊の奇跡」「神の奇跡」の大きく三つに分類される。


■魔法

神、魔なる種族が起こす現象の総称。

エネルギー源は魔力と呼ばれ、世界に広く認識されている。純粋な人は魔力をつくる事ができないため、魔力を溜め込んだ道具、魔具を用いることで魔法を使える。

主に神界、魔界で使用される。


■魔術

主に人界の魔術師が使用する魔法のこと。

魔術師が使用出来る魔法の数は実際の魔法の種類より少ないが、技術的な研鑽を積むことで起こす現象を変化させ、様々な状況に対応できるようになっている。


【登場人物】


■マルタ・アフィラーレ・ラスパーダ

三十九歳の女性で聖界最大の国、グレグランドの十一代目国王。この物語の案内人であり、昔ばなしの主人公。

十七歳の時、故郷の村を魔物の侵攻によって失ってしまう。

何かの罪を悔いているが、その詳細は不明。


■セーラ

マルタの昔ばなしを聞く少女。

二ヶ月ほど前からマルタの家を訪問している。

ルーンの森の泉の精霊アルセイアスが言うには、彼女の存在は想定外らしい。


■レイモンド・ルーク

二十三歳の男性。青髪の長髪を後ろで結っている。

グレグランドを拠点とする商人で護身術の心得がある。二ルーカス・ルークという歳上の兄がいる。

お酒好き。


■サラ・サーシャル

二十歳の女性で、グレグランドの十二騎士の一人。

ウェーブがかかった赤毛の騎士で左眼には眼帯をしている。

大雑把だがサッパリした性格をしており、時折懐の深さを感じさせる。マルタが騎士を目指していると聞いて密かに喜んでいる。

紅蓮の騎士団カルメロスの団長。


■フウラ

王都の跡地、地下都市に住む「燈火あかりの精霊」。

身長はマルタより頭半個分ほど高く、地面に届くほど長く伸びた茶色の髪を持つ女性。

その昔、王都が何かに襲われて滅んだ後、地下で逞しく生きる人々の姿に惚れ、地下都市を照らす役割を担っていた。


扱う精霊の奇跡

1)道案内の燈火ルクス・ウェーケンス

暖かく優しい光の線が対象を目的の場所へ導いてくれる奇跡。


■レイノルズ・ソフィア

ソフィアの森に棲む、創造の精霊。

常に実体化しており、人と同じ様な生活を送っている。

巷では発明家と呼ばれており、機能や実用性ではなく、生み出したもので『如何に人の感情を動かせるのか』を重視している。


■カルン

振り子時計。

レイノルズ・ソフィアが生み出した発明品の一つ。

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