Episode 19 迷宮調査の終わりと新たな旅路

【二十三年前、王都の跡地 外周の森】


「よし!それでは、扉の探索終了と未踏破迷宮からの帰還を祝って、乾杯!」


 星空の下、煌々と辺りを照らす焚火を正面に、団長のサーシャル卿が開宴を宣言した。

 フウラの案内のもと、地下迷宮から地上に脱出した私達は、砂漠の周りをぐるっと囲む森の近くでキャンプをすることになったのだ。

 そして、その場には地下迷宮を照らす燈火あかりの精霊、フウラもいた。これまでの彼女は、自身が惚れた過去の景色を懐かしむだけの状況を受け入れて来たが、私達と出会い、考えを変えたそうで、私とレイモンドの旅に同行することで世界を見聞し、新しい居場所を探すことにしたのだ。


「ところでマルタちゃん。次は何処へ向かうんだ?」


 お酒をあおりながらサーシャル卿は私にそう尋ねてきた。それに対して私は「賢人ソフィアの森」と答えた。


「なるほど。あの森にマルタちゃんにぴったりの精霊がいるということか」

「そう言えば、精霊の加護のことをすっかり忘れていたわ。レイモンドおじさんと相性の良い精霊ってフウラさんかしら」

「そうかもしれないな。だが、精霊の加護は望んで手に入れるものでもない。あれは精霊の気まぐれだ」

「サラさんの斧も精霊の加護を受けた聖具なのよね?」

「んー……正確には違うな。コイツはとある職人の強い想いが力となり奇跡という高みに至った、そんな武器だ。人には無限の可能性がある、そんなメッセージを感じるからこそ私はコイツが好きなのさ」


 夜闇が深まり、鳥獣の気配も消え、虫の音のみが辺りを満たす時刻までその宴は続いた。

 そして次の日、私達は新たな旅路を進み始めたのだ。


―――――――――――


【二十三年前、王都の跡地 外周の森】


「それじゃお別れね」


 私はサーシャル卿との別れが少し寂しかった。そんな私の気持ちを察したのか、彼女が口を開いた。


「私達は一度グレグランド王国に帰還するが、なに、また直ぐに会えるさ。その時は騎士として会おうな」


 その後は多くの言葉を交わすことなく、紅蓮の騎士団カルメロスは東へ、私達は西へと進み始めた。

 しかし、寂しいことばかりではない。私達は新しい仲間、フウラと出会うことが出来たのだ。


「マルタさん、次は賢人ソフィアの森に行くんですよね?」

「そうよ!そこの精霊と私は相性が良いみたいなの」

「あの方と相性が良い……」

「あれ、フウラさんはその精霊を知っているの?」

「はい、良く知っていますよ。彼はちょっとした有名人ですから」


 私は「どんな人?」と続けた。


「そうですね、一言で言うと発明家になると思います。ただ、彼の中で重要なのは機能や実用性ではなく、生み出したもので『如何に人の感情を動かせるのか』だそうです」

「ふーん」


 私が眉間に皺を寄せて口を尖らせながら、解ったような解らなかったような顔をしているのを見て、フウラは小さく笑っていた。


「要するに彼は、人々を笑顔にしたり、『凄い!』と驚かせる様な物を生み出したい方なのです」

「なるほどね!悪い人ではなさそうで良かったわ」


ガタッガタッガタッ……


 焼き立てのパンのような白い雲が気持ちよさそうに流れる青空の下。私達は西の森へ向けて、荷馬車を走らせる。

 次はどんな冒険が待っているのかと、私は期待で胸を膨らませていた。トラブルに巻き込まれるかもしれないが、それもまた良し。私達なら大丈夫、そんな自信を抱きながら。


―――――――――――


【用語】


■王都の跡地

それは実在したのか、今となっては誰の記憶にも残らない歴史の彼方に消えし王国の跡地。

当時の建造物は遺らず、ただ荒涼とした大地が広がる場所。


■扉

神界、聖界、魔界、人界それぞれを繋ぐゲート。

聖界内ではランダムな場所に出現する。


■聖樹

聖界に存在する大樹。

人々の信仰によって神性を獲得した珍しい存在で、聖界を守護していると伝えられている。

聖界の人々は聖樹の根本で発展したと言われているが、太古の昔に聖樹は大火で失われたとされており、現在は信仰のみが残っている。


■奇跡

神、聖なる種族が起こす現象の総称。

精人たちは奇跡を起こすエネルギーを「聖力」と呼ぶが、他国では魔力を使って奇跡を起こすと勘違いされることが多い。

主に聖界、神界で使われ、「民の奇跡」「精霊の奇跡」「神の奇跡」の大きく三つに分類される。


■魔法

神、魔なる種族が起こす現象の総称。

エネルギー源は魔力と呼ばれ、世界に広く認識されている。純粋な人は魔力をつくる事ができないため、魔力を溜め込んだ道具、魔具を用いることで魔法を使える。

主に神界、魔界で使用される。


■魔術

主に人界の魔術師が使用する魔法のこと。

魔術師が使用出来る魔法の数は実際の魔法の種類より少ないが、技術的な研鑽を積むことで起こす現象を変化させ、様々な状況に対応できるようになっている。


【登場人物】


■マルタ・アフィラーレ・ラスパーダ

三十九歳の女性で聖界最大の国、グレグランドの十一代目国王。この物語の案内人であり、昔ばなしの主人公。

十七歳の時、故郷の村を魔物の侵攻によって失ってしまう。

何かの罪を悔いているがその詳細は不明。


■セーラ

マルタの昔ばなしを聞く少女。

二ヶ月ほど前からマルタの家を訪問している。

ルーンの森の泉の精霊アルセイアスが言うには彼女の存在は想定外らしい。


■レイモンド・ルーク

二十三歳の男性。青髪の長髪を後ろで結っている。

グレグランドを拠点とする商人で護身術の心得がある。二歳上の兄、ルーカス・ルークがいる。

お酒好き。


■サラ・サーシャル

二十歳の女性で、グレグランドの十二騎士の一人。

ウェーブがかかった赤毛の騎士で左眼には眼帯をしている。

大雑把だがサッパリした性格をしており、時折懐の深さを感じさせる。マルタが騎士を目指していると聞いて密かに喜んでいる。

紅蓮の騎士団カルメロスの団長。


1)未戦にして常勝の斧エカテリーナ

彼女が使用する戦斧。

今となっては誰の記憶にも残らぬほど遠い過去の名匠によって製作された珠玉の一振り。

刃の部分には古い文字で「此れ、万戦万勝の斧なり」と書かれている。

使い手が見つからず、一度も歴史上にその姿、名前を現すことは無かったが製作者がその戦果を願い、時代と空間を超えて彼女の手に届いた。


■スライト

紅蓮の騎士団カルメロスの副団長。

サラ・サーシャルとは同郷の幼馴染。

使用する武器は弓。


■フウラ

王都の跡地、地下都市に住む「燈火あかりの精霊」。

身長はマルタより頭半個分ほど高く、地面に届くほど長く伸びた茶色の髪を持つ女性。

その昔、王都が何かに襲われて滅んだ後、地下で逞しく生きる人々の姿に惚れ、地下都市を照らす役割を担っていた。


扱う精霊の奇跡

1)道案内の燈火ルクス・ウェーケンス

暖かく優しい光の線が対象を目的の場所へ導いてくれる奇跡。

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