第4話 論文『虚構の迷宮:ホワイダニット小説におけるメタフィクションの試み』

はじめに


近年のライトノベルおよびメタフィクション作品において、物語と現実の境界を曖昧にし、その「内と外」を問い直す試みが多く見られる。本稿では、神崎透による未発表作品『英雄再誕の彼方へ』と、その後のミステリー小説『影の筆跡』(著者不詳)を取り上げ、虚構が現実を侵食する現象について考察を行う。特に「物語がいかに現実に介入し、現実を書き換えるのか」という視点から、メタフィクションの本質とその危険性に迫ることを目的とする。


1. 『英雄再誕の彼方へ』における物語の自己言及性


『英雄再誕の彼方へ』は、極めて典型的な異世界冒険ファンタジーの形式を取りつつも、終盤に至り急激な自己言及を始める。物語の中で、主人公リオンが天井に浮かぶ「終章」の文字に気づき、「自分たちは何者か?」と叫ぶシーンが象徴的である。


ここで重要なのは、物語が自らの「虚構性」を暴露する点である。この手法は、読者に物語世界の構造を疑わせ、フィクションの枠組みそのものを揺るがす。作中で「魔王城が何度も同じ場所に現れる」という反復構造や、「空が紙のように薄い」という描写は、物語世界が二次元的であり、作為的に書かれたものであることを示唆する。


2. 『影の筆跡』における「ホワイダニット」と虚構の侵食


次に、神崎透自身の死を題材としたミステリー小説『影の筆跡』を考察する。この作品では、神崎透が出版社に爆弾未遂事件を計画した後、何者かによって殺害される事件の真相を追う探偵・月村が登場する。


本作品が極めて異質なのは、事件の中心に『英雄再誕の彼方へ』という神崎透自身が書いた作品が置かれている点である。つまり、ここでの「ホワイダニット」(なぜ殺されたか?)という謎は、単なる犯罪の真相ではなく、「なぜ虚構が現実にまで介入したのか?」というメタ的な問いに転換されている。


作中、探偵・月村は事件を追う中で、『英雄再誕の彼方へ』の原稿に繰り返される「魔王城はこの先の崖を越えた向こうだ!」という台詞に注目し、次のような仮説を立てる。


「物語の中の反復が、現実世界の出来事にも反映されているのではないか?」


これにより、『影の筆跡』は単なるミステリー小説ではなく、フィクションと現実の循環を描いた作品として再定義される。神崎透の死は「現実」として発生しているが、その死の構造そのものが虚構の一部ではないか、という問いが読者に突きつけられるのである。


3. メタフィクションと現実の書き換え


以上の二作品を踏まえ、以下の仮説を提示する。


「物語は現実を書き換える力を持つ。」


神崎透が『英雄再誕の彼方へ』において物語の自己言及を行った瞬間、彼の作品世界は彼自身の「現実」に影響を与え始めたのではないか。そして、『影の筆跡』という二次的なフィクションが神崎透の死を語ることで、さらにその出来事は「物語としての現実」に組み込まれていった。


この現象を図式化すると、以下のようになる。


虚構A(英雄再誕の彼方へ) → 現実B(神崎透の事件)


現実B → 虚構C(影の筆跡)


虚構C → 現実の読者(我々)への影響


つまり、物語は自己完結するのではなく、現実を取り込み、再生産しながら拡張していくのである。


4. 結論:虚構と現実の境界は崩壊する


『英雄再誕の彼方へ』から『影の筆跡』、そして現実に起きた神崎透の死。この三層構造において、虚構と現実の境界は完全に曖昧になっている。


我々は問うべきだろう——「物語を作っているのは誰なのか?」


それは神崎透自身か、探偵・月村か、それとも作品を読む読者か? あるいは、この全ての層を超えて「書き手」の存在がどこかに潜んでいるのではないか。


物語は現実を書き換える。そして、登場人物たちは「書かれた物語」の中から手を伸ばし、現実に介入しようとするのだ。


付記:さらなる研究への展望


最後に、ここまでの考察は一つの可能性に過ぎない。だが、もしこの論文が誰かに読まれた瞬間、私自身もまた「物語」に組み込まれるのではないか——その可能性を否定することはできない。


虚構の迷宮の中で、我々はどこまでが現実で、どこからが物語なのかを問わざるを得ない。


物語の「書き手」とは、果たして誰なのか?


(論文完)

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