3-11 認知召喚

 白銀の光が空間を満たしていく。

 その中から現れた星光竜ステラヴェイルは、月光のような神々しい輝きを放っていた。


 漆黒の鱗の光星竜に対し、白銀の鱗を持つステラヴェイル。

 禍々しい赤い瞳に対し、慈愛に満ちた碧い瞳。

 二つの竜が対峙する様は、まるで光と影を映し出す鏡のようだった。


「まだウチのそばにおってくれるんやなぁ......」


 ミレイの声が小さく震える。


 その時、黒い光星竜が大きく翼を広げる。

 闇のオーラを纏った一撃が放たれ——。

 しかし、ステラヴェイルの翼が一振りされただけで、その攻撃は軽々と払われていた。


「すごい......」


 リリアが息を呑む。

 スタグネーションフィールドの影響も消え、四人は再び自由に動けるようになっていた。


 二つの光星竜の戦いが始まる。

 白銀と漆黒の光が幻想空間を駆け巡り、その度に結界が大きく揺れた。


 黒い光星竜は大きく息を吸い込んで黒い結晶の雨を吐き出した。


 黒い光星竜が放った結晶の雨が、ステラヴェイルに襲いかかる。

 だがステラヴェイルは、その翼から放たれる白銀の光で、全ての攻撃を消し去っていく。


 黒い光星竜が唸り声を上げ、スタグネーションフィールドを展開。

 空気が凍りつき、時間が止まったかのような感覚。


 しかし。


「......通用せえへんよ」


 ミレイの声が、静かに響く。


「もう、ウチは止まれへん。あんたの力で、ウチの心は止められへん!」


 ステラヴェイルの翼が、まるで月光のような光を放つ。

 その光は、黒い光星竜のスタグネーションフィールドを打ち消していく。


「でも......なんかおかしいな」


 ボクが呟く。戦いを見つめる中で、違和感が募っていく。


 確かにミレイの光星竜は強い。しかし、まだ何かが足りない。

 まるで、本来の力を完全には解放できていないような——。


 ボクは黒い光星竜を観察する。


 黒い光星竜が受けたダメージが、瞬く間に修復されていく。

 その姿を見て、ボクはようやく気付いた。


「やっぱり......デッドロックが影響してるんだ」


「デッドロック?」


 リリアが振り返る。


「幻想世界のデータが互いに競合して、ロックされている状態。星光竜の本来の力が、完全に解放できない」


 確かにステラヴェイルは強い。

 でも、これではまだ黒い光星竜を倒すことはできない。


「デッドロックを......解除せなあかんのぇ?」


 ミレイが不安そうに尋ねる。

 その背後で、二つの光星竜の戦いが続いていた。白銀の光と漆黒の闇が、空間を引き裂くように激突する。


「このままではジリ貧だろう。 何か手を打たなければ」


 ルシェが剣を握りしめながら言う。


「でも、プログラムが使えない今、どうやって......」


 その時、ボクのデバイスが微かに光を放った。


「これは......」


 ボクはデバイスの画面を覗き込む。

 かすかに点滅する警告。デッドロックの存在を示す赤いエラーコードが、次々と表示されていく。


「ステラヴェイルの力で、少しずつデバイスが機能を取り戻してる」


 白銀の光は、黒い光星竜の力を打ち消すだけでなく、失われた機能までも修復していた。


「analyze.run();《解析、実行》」


 慎重にコマンドを入力する。

 デバイスの画面には、複雑に絡み合ったデータの束が映し出される。


「これが、デッドロック......」


 記憶と記憶が互いに絡み合い、競合を起こしている。

 それは単なるデータの衝突ではない。ミレイの中の「見ようとする気持ち」と「見ないフリをしようとする気持ち」が、いまだ完全には解消されていないことの表れだった。


 目の前では、二つの光星竜の戦いが続いている。

 このままでは、永遠に決着がつかないかもしれない。


「ミレイ!」


 ボクは叫ぶ。


「二つの記憶が競合を起こしている。君の中の『見たい』という気持ちと、『見たくない』という気持ちが!」


「ウチの中の......?」


「このデッドロックが解けない限り、ステラヴェイルは本来の力を取り戻せない」


 プログラムを実行しながら、ボクは早口で説明を続ける。


「完全に向き合わないと。これまでの記憶に、真正面から」


「でも......怖くて見えへんフリをしてきた記憶と、向き合うんですか?」


 ミレイの声が震える。

 その時、ステラヴェイルがミレイの方を振り向いた。碧い瞳には、深い慈愛が宿っている。


「debug.deadlock.release();《デッドロック、解放》」


 ボクがコマンドを入力する。


「ミレイ! もう一度、自分の気持ちに正直になって!」


 ミレイは目を閉じ、深く息を吐く。


「ウチは......星光竜が見えることが嬉しかった。綺麗で、優しくて、ウチを守ってくれる存在やった」


 吐露するように、言葉が紡がれていく。


「でも、周りから怖がられるのも辛かった。孤独も辛かった。それで......」


 ミレイの声が震える。


「見えへんフリをした。そしたら、周りも普通に接してくれるから。でもそれは、自分を偽ることやった」


 少女の周りを、白銀の光が包み込んでいく。


「もう、逃げへん。偽らへん。ウチは、ステラヴェイルが見える。それが嬉しい。それが、ウチの本当の気持ちや」


 その瞬間、デバイスの画面が明滅する。

 絡み合っていたデータが、一気にほどけていく。


「デッドロック、解除!」


 ボクの声が響く。


 解き放たれた光が空間を満たす。

 ステラヴェイルの姿が、より鮮明に、より強く輝きを増していく。


「ウチらしく、生きていく」


 ミレイの声が、強く響く。


「星光竜が見えることを誇りに思う。この力を、大切な人たちを守るために使う!」


 ステラヴェイルが大きく翼を広げる。それは今までの比ではない、圧倒的な迫力を放っていた。


 黒い光星竜が警戒するように後退する。

 もはやスタグネーションフィールドも、デッドロックスパイクも通用しない。


「行くぇ、ステラヴェイル!」


 白銀の星光竜が、天空へと舞い上がる。

 その翼から放たれる光は、まるで月光のような清らかさを持っていた。


「スターライトノヴァ!」


 無数の星の光が降り注ぐ。

 それは単なる攻撃ではなく、歪んだ記憶を正す力を持っていた。


 黒い光星竜の体が、その光に包まれていく。

 禍々しい闇のオーラが薄れ、漆黒の鱗が光を取り戻していく。


 轟音と共に、光が弾け——。


「あれ......?」


 ミレイの声が不思議そうに響く。

 光が晴れた先に、黒い光星竜の姿はなかった。代わりに、無数の星屑が舞い落ちていた。


「消えた......?」


「違う」


 ボクは首を振る。


「浄化されたんだ。歪んでいた記憶が、本来の形を取り戻した」


 星屑は結界の中へと溶けていき、その度に魔力が戻っていく。

 幻想世界が、本来の輝きを取り戻していった。


 ステラヴェイルがゆっくりとミレイの元へ降り立つ。

 その瞳には、もう迷いはなかった。


「リリやん、魔力は?」


「はい、完全に戻ってます」


 リリアが杖を握りしめて頷く。


「デバイスも復旧完了」


 ボクは画面を確認する。全ての機能が正常に動作していた。


「これで、無事幻想世界は......」


 ルシェの言葉が途切れる。


 ステラヴェイルが優しく光を放ちながら、ゆっくりと消えていく。その姿は星屑となって、結界の中に溶けていった。


「またね......今度は、ウチから会いに行くから」


 ミレイの瞳には、もう迷いはなかった。

 それは、自分の力を受け入れた者の、確かな強さを湛えていた。

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