3-10 真実との対峙

「状況を整理しよう」


 山小屋の中で、ボクは考えを巡らせる。


「状況は最悪だね。プログラムも魔力も使えない。頼れるのはルシェの剣だけ」


「しかしあの黒き竜をこの剣だけで倒すことは……」


 ルシェは両手の剣を見つめながら言う。秩序の剣と虚空の剣、この二つだけが今は使える武器だった。


 「どうすれば……」


 リリアが途方に暮れたように小さな声で呟く。


 その時、ボクのデバイスから微かな光が点滅し始めた。


「これは......緊急回線!?」


 すぐに接続を試みると、途切れ途切れのノイズ交じりの声が聞こえてきた。


「引きこもり君たち……聞こえる……?」


 ヘレンだ。だが、音声は不安定で、しばしばノイズが混ざり言葉が途切れる。


「ヘレン!? こっちの状況は最悪だよ! 魔力もプログラムも使えない……そっちは?」


「……私も満足な支援は……今の環境じゃ……こちらからのネット回線……全てシャットアウトされて……」


 ヘレンの声が歪む。どうやらこちらのネット回線が完全に遮断されているらしい。通常の魔力回線も含めて封じられている状況では、通信の手段が限られているのだろう。


「これ、どうやって通信してるんだ?」


「……過去に……使用していた……電話回線を……利用……」


「電話回線? そんな原始的な手段で……?」


「そうよ……こうでもしないと……この空間には届かない……中央セクターの……歪みの影響が強すぎて……」


 再び大きなノイズが入る。音声の一部がかき消されてしまう。


「こちらから……できる援助は……中央セクターへの転送くらい……」


「転送……って、あの禍々しい場所へ飛び込めってこと!?」


「……選択肢は……それしかない……」


「それしかない、か……」


 通信は断続的に続くものの、ヘレンの声は次第に弱まっていった。


「……ただ……生きて……帰ってきて……ほしい……」


 その言葉が聞こえた瞬間、通信が完全に途絶えた。デバイスに表示されていた微弱な光も、ついに消えてしまう。


 通信が完全に途絶える。


「転送か......」


 ボクは窓の外、禍々しいオーラが渦巻く中央部を見つめた。


「敵の懐に飛び込むようなもんやね」


 ミレイの声には緊張が混じっていた。


「私の剣で、なんとか一撃だけでも......」


 ルシェが言いかける。


「それしかない。一撃で決めるんだ」


 ボクは頷く。


「でも、その一撃を放つまでの時間稼ぎが必要ですね」


 リリアが真剣な表情で言う。


「ヘレン先生の魔力で転送されたとき、例外種は必ず反応する。その一瞬の隙をついて......」


 ルシェの言葉に、全員が頷いた。

 今の状況で取れる最善の策。それは敵の懐に飛び込み、たった一度のチャンスに全てを賭けることだった。


「イオリン、転送の準備は?」


「うん、デバイスがかすかに反応してる。ヘレンの魔力が届いてるみたいだ」


 ボクはデバイスを操作する。微弱な光が画面に浮かび上がる。


「system.transfer();《緊急転送、開始》」


 ボクの声が響く。同時に、山小屋の空間が歪み始める。


「みんな、準備はいい?」


 返事を待たずして、意識が闇に飲み込まれる。


 そして——。


「これが、中央部......」


 リリアの声が震える。


 青白い光に満ちていた幻想世界は、ここでは一変していた。

 禍々しい赤黒いオーラが渦を巻き、まるで生き物のように蠢いている。


 そして、その中心に——。


 巨大な黒い光星竜が佇んでいた。

 漆黒の鱗に覆われた体から闇のオーラを放ち、燃えるような赤い瞳で四人を見下ろす。その姿は、かつての星光竜の形を歪めたかのようだった。


「くる!」


 ルシェの声が響く。

 黒い光星竜が、その翼を大きく広げた。


 黒い光星竜が翼を広げ、禍々しいオーラを放つ。


「私が時間を稼ぎます!」


 ルシェが駆け出す。

 両手の剣が光を放ちながら、闇の竜へと立ち向かっていく。


「秩序の型、極月斬!」


 正確な軌道を描く一撃。しかし——。


 黒い光星竜の翼が一振りされただけで、ルシェの体が大きく弾き飛ばされる。


「くっ......!」


 受け身を取って着地するも、その衝撃は尋常ではなかった。


「次は虚空の剣で......!」


 左手の剣を振りかざすルシェ。

 型に囚われない不規則な軌道を描く一撃が放たれる。


 だが、それすら届かない。

 黒い光星竜は、まるで時間そのものを止めたかのように、その一撃を無効化していた。


「私の剣が、まるで......!」


 黒い光星竜は攻撃の手を止めない。


 黒い光星竜が放った黒い結晶が、地面を貫いていく。

 その一撃は、まるで空間そのものを切り裂くような威力を持っていた。


「これはまさかスタグネーションフィールド!?」


 ボクは三人の無事を確認しようとした。

 次の瞬間、四人の周囲の空気が凍りつく。

 まるで時間が止まったかのように、体が動かなくなっていく。


「これが......例外種の力」


 ボクの声が震える。

 目の前の存在は、これまでに戦ってきたどのバグとも例外種とも、次元の違う脅威だった。


「もう......終わりなの?」


 リリアの呟きに、絶望が滲む。


 その時——。


「もう......逃げへん」


 かすかな声。

 動けないはずのミレイが、ゆっくりと顔を上げる。


「もう、見えているものから......目を背けへん」


 ミレイの翠玉色の瞳が、黒い光星竜を見据える。


「あんたは、ウチの心が歪んで生まれた存在なんやね」


 その言葉に、黒い光星竜が反応する。

 赤い瞳がミレイを捉え、より濃い闇のオーラを放ち始めた。


「ウチは、ずっと見えへんフリしてきたぇ。怖かったから、自分を守るため、見たくないものは見えへんことにしてきた」


 ミレイの体が、少しずつ動き始める。

 黒い光星竜の力が、彼女だけには効かなくなっているかのように。


「でも、もうええ。自分から目を背けるのは、もう終わりにするぇ」


 その瞬間、ミレイの周りの空気が変わる。

 かすかな銀色の光が、彼女を包み込み始めた。


「なんや......ずっとそばにおってくれたんやなぁ」


 目を見開くミレイ。

 彼女の隣には、これまで見ないフリを続けてきた存在が、確かにいた。


 白銀の光を放つ星光竜の姿が、かすかに浮かび上がり始める。


「ごめんなぁ......ずっと無視してきて」


 ミレイの声が震える。

 その言葉に応えるように、星光竜は優しく瞬きをする。


「もう、逃げへんぇ。ウチは、あんたを認めることを選ぶ」


 召喚陣が、ミレイの足元に広がっていく。

 普段の召喚陣とは異なる白銀の光を放つ魔法陣。


 ミレイがそっと目を閉じる。


認知コグニティブ召喚サモン《ステラヴェイル》ーー!!」


 白銀の光が爆発的に広がり、黒い光星竜のスタグネーションフィールドを押し返していく。


 星光竜の姿が、黒い光星竜のオーラを切り裂くように、はっきりと形を成していく。その姿は、かつて幼いミレイの目に映った『光星竜』そのものだった。

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