3-9 星光竜の記憶

 小さな山小屋の中は、かつて誰かが暮らしていた形跡が残されていた。

 簡素な木製の椅子とテーブル、奥には一つのベッド。壁には埃を被った絵が飾られている。


「みんな好きなところに座ってほしいぇ」


 ミレイが皆を促す。その仕草には不思議と落ち着きが感じられた。


 リリアとルシェが椅子に腰掛け、ボクはベッドの端に座る。

 ミレイは窓際の小さな椅子に座り、懐かしむように部屋を見回した。


「クラウン商会のミレイ......それは、もらった名前なんよ」


 ミレイが静かに語り始める。


「本当は皇族の一員として生まれて......」


「やはり」


 ルシェが小さく呟く。


「その翠玉色の瞳......皇族に代々受け継がれる瞳の色。お会いした時から、気になっていました」


「気づいてたんやね」


 ミレイは少し寂しそうに微笑む。


「皇族やと気づいたから、あんなに丁寧に接してくれてたんやね。でもウチは、もう皇族やない」


 ミレイはゆっくりと顔を上げ、窓の外を見つめた。


「それはどういう......?」


 リリアが不安そうに声をかける。


「五歳の頃かな......星光竜が見えるようになったんよ」


 ミレイの声が、懐かしさと痛みを帯びる。


「最初はただの幻かと思ってた。だって、ウチにしか見えへん特別な星光竜やったぇ」


「特別な星光竜とは?」

 ルシェが眉を寄せる。


「星光竜と言えば、我が国の竜騎士が扱う守護竜。黄金の輝きを放つ竜のはず」


「うん......でもウチの見た星光竜は違ってた。黄金じゃなくて、白銀の光を放つ星光竜やったの」


 ミレイは懐かしむように目を細める。


「まるで月光みたいな、神々しい光やった。ウチにしか見えへんって分かった時は、不思議で仕方なかったんやけど......」


「その白銀の星光竜が、ある日、王宮の庭で姿を見せたんよ」


 ミレイは当時を思い出すように、目を伏せる。


「ウチは嬉しくて、周りの人に見せようとした。でも......」


「見えないはずの竜が見えると言い出す皇女様を、周りは不気味に思ったのでしょうね」


 ルシェが静かに言葉を添える。


「そうなんよ。最初は『お姫様の想像力が豊かなだけ』って済まされてたけど......白銀の星光竜の姿を追いかけ回すウチを見て、みんな怖がるようになってった」


 ミレイはゆっくりと顔を上げ、窓の外を見る。


「そして、この小屋で暮らすように言われたの。寂しかったけど......星光竜だけは、ずっとウチのそばにいてくれた」


 懐かしむような表情が、次第に苦しそうなものへと変わっていく。


「でも......どんどん周りの目が怖くなってきて。最後には、ウチ自身も怖くなってきた。だから......」


 ミレイの声が震える。


「星光竜を見えないフリをするようになったの。目を逸らして、見ないように、感じないように......でも、それが一番の過ちやったんかもしれへん」


 リリアが静かにミレイの手を握る。


「気づいた時には......もう星光竜は見えなくなってた。ウチが、自分から見えなくしてしまったんや」


 告白を終えたミレイの瞳に、悔しさと後悔の色が浮かんでいた。


「だから......あの黒い竜を見た時、なんとも言えない気持ちになってな」


「なるほど。 あの黒い竜はきっと......DeadLockExceptionー競合例外ーだ」


 ボクが呟く。


「例外種の中でも特に危険な存在。幻想世界に蓄積された記憶やデータが競合を起こして生まれた存在なんだ」


「記憶の......競合?」


 ミレイが首を傾げる。


「そう。二つの矛盾した記憶がぶつかり合って、結界にデッドロックを引き起こす。例えば......」


 ボクはミレイの方を見つめる。


「見えているものを、見えないと否定し続けた記憶とか」


 ミレイの瞳が大きく開かれる。


「ウチが......星光竜を否定したことが、あの黒い竜を......?」


「それだけじゃない。この結界、この幻想世界に映し出されたもの......この王宮も、この小屋も、全部ミレイの記憶が作り出したものかもしれない」


 ボクの言葉に、部屋の空気が張り詰める。


「じゃあ、あの黒い竜は......」


 リリアが言いかけて言葉を飲む。


「ミレイ殿が見ていた白銀の星光竜は、本物だったのかもしれません」


 ルシェが静かに告げる。


「本物の......星光竜」


 ミレイは自分の手のひらを見つめる。

 かつてあれほど確かに見えていたのに、自分で見えなくしてしまった存在。


「ウチが、もう一度......見てもええんやろか、見えたとしても、また否定してしまうんやないか......そんな自分が怖い」


 その呟きには、まだ迷いが残っていた。

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