第4話 沙耶

ここに彼女の残した一冊のノートがある。

彼女が書いた『こころの叫び』が詰まった声。最後に彼女が私に託した『ここ』にいた証。

何故私に託したのかは分からない。訳を聞こうにももう彼女はいない…



〈証明〉

あのね、心って簡単に壊れるんだよ。

それも、自分の知らない間に。

そこに在るのは本当にあなた?ちゃんと笑ってる⁉︎

そこに在るのは本当にあなただって証明できる?

どうやって?誰か証明してくれるの?

それとも自分で?

周りは表のあなたしか知らないのに…

私が、何を言っても聞いてくれないのに。

信じてくれないのに。

都合のいい事しか耳に入れないのに叱るのね。  

証明の仕様がないね、これじゃ…。

そっか、こうやって心は壊れていくんだね。

自分の知らない間に…。


最初に書かれていた詩。広いノートの真ん中に小さく、弱々しい字で書かれた最初の『こころの叫び』

日付は書かれていないけれど、かなり前に書かれていた事が鉛筆の具合から分かる。

この頃から彼女は壊れ始めたんだね。誰にも言えず自分の中ですべてを抱え込み、苦しみをこのノートに書き込むしか方法が見付けられなかった…。

ごめんね、ごめんね…。


私本当は気付いてた。でも直視するのが怖くて目を逸らして気付かない振りをしていた。次は私の番ではないかとおびえていたから。

きれいごとを言って彼女を励ましていたけれど彼女は気付いていたのかもしれない。それでも私を責めるような事は一度もしなかった。

ただいつものように微笑んでいた。しかしそれが私には辛かった。


「人は無意識に人肌の温もりを求めるもんなんだよ。人肌を通して『自分はちゃんとここに存在している、してていいんだ』って実感してると思うんだ。恋人同士や子供が母親と手を繋ぐのもそういう意味があるんだと思うよ。誰だって人肌が恋しいんだよ、きっと…」


彼女も人肌が恋しかったに違いない。誰よりも強く… 求めても決して与えられる事のなかった彼女が、晴れているのにもかかわらず日の届かない曇った都会の空を見上げながら呟いた言葉。

その顔はどこか違う世界を見ているようだった。













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