自己愛

もち

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 親友が行方不明になった。


 どうして突然姿をくらましたのか、僕には全く分からなかった。最後に会ったのは5日前、連絡を取ったのは確か3日前、その返事もなく、何度かほかにもメッセージを送ったが、返答はなく、心配になって何度も電話を掛けたものの、彼が電話に出ることはなかった。最後にとった連絡では、「俺」なんていう慣れていない人称を使うものだから心機一転自分探しでも始まったのかと思ったのだが、こうも連絡が取れないようでは違和感のようにも感じる。


 いよいよ何かに巻き込まれているんじゃないかと今日彼の家へ行ってみることにした。インターホンを押すが、応答はない。よく一緒に遊んでいたことから仕事が早帰りでも家に入れるようにと、お互いに鍵を交換していた。それを使って家に入ろうとしたその時、後ろから声をかけられた。どうやら親友の隣人のようで、こちらに彼との間柄と名前を尋ねられた。高校からの親友で今でも交流がある親友だと胸を張って言うと、声をかけてきた隣人は気の毒そうな顔をした。そして、隣人は親友に起きた事の顛末を話し始めた。


 3日前、親友の部屋から異臭がしていたという。それを注意しようと隣人が訪ねたが、返事はなく、それでもあまりに異臭が酷いものだから大家を呼んで鍵を開けたらしい。すると、一面真っ赤に染まり、その中央におよそ人とは形容し難い何かがあったという。勿論、それはかつて親友であったものだ。それから色々な捜査がなされたが、死因は自殺とされたらしい。現場を見た隣人は自殺とは考えられないと言っていたが、およそ人の為せる所業でもなかったと話していた。どうやら警察はこの不可解な事件に関わるのを拒否したようだった。親友は兄弟もおらず、両親は既に他界していたため、引き取る人もおらず、遺品は回収され、今や家はもぬけの殻だそうだ。


 隣人のあまりに急な話に涙も出ず、ただ呆然とするばかりで、赤の他人の物語を聞いているようだった。それからどうやって帰ったのか、全く覚えていない。真っ暗な部屋のベッドに腰掛け、天を仰ぐ。月明かりが差し込み、頬を流れた温かい雫を照らす。親友は自殺をする人じゃない。ちょうど今日は前々からどこかに出かけようと約束していた日だった。もし自殺しようなんて気持ちがあるならそんなこと言うはずがない。そういえば、隣人は自殺とは考えられないと言っていた。確かに部屋中が真っ赤になるなんて、普通はありえない。では、誰かに殺されたのだろうか。人当たりのいいあいつが誰かに恨みを買うなんてそうそうないはずなのに。


 そう思考を巡らせ、視線を落とす。ふと視界に白い封筒が映る。帰り際に隣人から手渡されたものだ。親友の部屋の机に僕の名前と「必ず渡すこと」と書かれた紙が添えられていたようだ。隣人は親友が独り身であることを風の噂で聞いていたようで、お節介心からずっと保存していたらしい。名前と間柄を聞いて、きっとこの人だろうと確信したようで、帰り際に渡してくれたのだ。涙を拭い、封筒に手を伸ばす。封を開けると、1枚の診断書が出てきた。これは一体何だろうか。



 俺の脳が全てを理解した。ああ、親友は俺が殺したんだ。僕でも私でもなく、この「俺」が。その男は自らを包み込むように抱き、興奮に打ち震える。男の他には誰もいないこの部屋に、ぽつりと小さな声が漏れる。


「僕のことを大事にするのは俺だけでいいよね?」


 月は陰り、闇の中で男が深く微笑む。彼が握りしめた紙には男の名前の下に解離性同一性障害と書かれていた。

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