第9話 「それ彼氏の仕事じゃない?」「じゃあ遼君の仕事だね♡」

 じゅわーっと肉が焼ける音が食卓に響く。湯気が立ちのぼる鉄板の上で、お肉が美味しそうに焦げ目をつけていた。時計を見ると、もう夜の七時前になっていた。


「透花ちゃん、いっぱい食べてね」

「はいっ、ありがとうございます!」


「と、透花お姉ちゃん、ジュース飲む?」

「柚ちゃん、ありがとう」

「えへへ……」


 ……打ち解けるのに時間かかりそうかなぁと思ったけど、この調子だとそんなことなさそうだな。柚葉に至っては、ちゃっかり透花の隣を確保している。


「遼、本当にしっかりしなさいね。透花ちゃんになにかしたら母さん怒るからね」

「はい……」


 また母さんがそんなこと言ってきた。もう、完全に透花の味方になっちゃってさ。


(夜、本当にどうしよう……)


 俺は目の前の焼き肉よりも、今日の夜のことが気になってしまっていた。透花にはベッドを使ってもらって、俺が床に寝ればいいとしても……。


「遼君?」

「な、なんでもない!」


 ふと、向かい合っている透花と目が合う。つい気恥ずかしくなって、目を逸らしてしまった。


「はい、透花ちゃんピーマン焼けたよ!」

「わ、わぁ! ありがとうございます!」


 焼けたピーマンが透花の皿に乗っけられた。透花の顔があからさまに引きつる。フラグ回収までが早かったなぁ~。


「遼くーん……」

「はいはい」


 母さんにバレないように透花の皿から、ピーマンを俺の皿に移してやった。


 女性陣がどこかふわふわした会話をしつつも、夕食はつつがなく終了。終わると同時に、透花が自分の荷物からトランプを持ってきた。どうやら、トランプは持っていかれてなかったみたいだ。


「柚ちゃん、トランプやろ!」

「透花お姉ちゃんって意外にトランプやるんだね……」

「そう? 暇なときは一人でやってたよ」

「ひ、一人で!?」


 ちょ、ちょっぴり闇を感じてしまった。まさか、俺と出会うまで、あの広い部屋で一人でトランプをやったりしてたのだろうか……。


「遼君もやろ!」

「あっ、うん」


 透花が手慣れた様子でカードをシャッフルしていく。どうやら普通にババ抜きをやるらしい。


「透花お姉ちゃんは、こんな兄さんのどこがいいの? っていうか二人は本当に付き合ってるんだよね?」


 柚葉がおそるおそる、透花にそんなことを聞き始めた。


「こんなじゃないよ。すごく素敵なお兄さんだよ。私にはもったいないくらい」

「えぇええ、信じられないんですけど! だってなんの取り柄もない人だよ?」


 ナチュラルに妹にディスられた。我が妹ながら、ひっぱたいてやりたい。


「ううん、そんなことないよ。遼君には良いところがたくさんあるよ」

「えー……」


 すごく納得していない顔をしている妹。何度も言うがひっぱたいてやりたい。


「兄さんって、昔、木登りしたのはいいけど、怖くて降りられなくなったんだよ?」

「それはお前が風船を飛ばしたからだろうが!」

「お母さんに泣きついて、はしご持ってきてもらったんだよね~。かっこ悪かったなぁ、あれ」

「うるさい!」

「それにね、兄さんったら子供の頃に田んぼに落ちて、泥だらけになったんだよ。ダサくない?」

「あれは、お前が足を滑らせて落っこちそうになったからだろうが! 自分だけ無事ですんだくせに!」

「そういえば兄さん、中学の頃、バスケの試合でオウンゴールしてたよね。なに、バスケでオウンゴールって? せっかく応援に行ったのに、とても恥ずかしかったんですけど」

「なんでそんなこと覚えてんだよ! 俺すら忘れてたのに!」


 俺と妹のやり取りを、透花がやや引きつった顔で見ている。な、なんだろ、異様に圧を感じるんだけど。トランプを持った手はぷるぷると震えている。


「ゆ、柚ちゃん、お兄さんのことを馬鹿にしちゃダメだよ……」

「えー、兄さんのカッコ悪いエピソード、たくさんあるのに。カッコ良いエピソードは一切ないけど」


 もうやめてくれ。共通の話題が俺しかないからって、俺をいじるな。透花の様子も少しおかしくなってるし。


「私、そんな遼君知らないんだけど……」

「へ?」


 透花が小さくそんな言葉を呟いたのが聞こえてしまった。

 

「透花ちゃーん、そろそろお風呂に入ってきたら?」


 そんなやり取りをしつつ、少しの間トランプをしていたら、母さんの声が聞こえてきた。ここで、自然とトランプは終了。透花がお風呂に入った後、俺たちは変わる変わるお風呂に入ることになった。うちの風呂に透花が入っているなんて不思議な気分。今度の休み、しっかり風呂掃除はやっておこう。


 透花の次にお風呂に入った後、バスタオルで自分の髪を拭きながら部屋に戻る。部屋を入ると、既に透花がいつものスウェット姿で俺のベッドで横になっていた。


「おーい、髪の毛がびしょびしょなんですけどー」

「うぅうううう……!」


 透花が人の枕に顔をうずめて、なにやらうめき声をあげている。


「なにしてんの?」

「悔しい、悔しい、悔しい!」

「えー、まだババ抜きでビリだったの気にしてんの?」

「違うから! 私、そんな風船の話なんか知らない! 田んぼの話も、バスケの話も知らないんだけど!」

「全部、透花と出会う前の話だからね」

「やだやだやだ! そんな遼君がいるの許せない!」

「また、めちゃくちゃ言い始めたな」


 子供が駄々をこねるみたいに、透花がベッドの上で足をばたばたさせている。やめて、俺のベッド、透花のと違ってそんなに耐久力高くないと思うから。


「ほら、寝るところ濡れちゃうから」

「私、柚ちゃんとは仲良くできないかも……」

「たった一日で仲良くなんてなれるわけないだろ」

「わぷっ」


 透花の頭にバスタオルをかぶせた。透花はうつ伏せのままだったけど、そのまま髪をわしゃわしゃと拭いてあげることにした。


「娘育成プランはもっとゆっくりやろう。透花、ご飯の前からかなり無理してたでしょう。あんな風に自分からコミュニケーション取れるのって、すごく立派だと思うし、嬉しかったけどさ」

「だって、遼君のご家族には気に入られたいじゃん……。昔のテレビを見た後に、素の私を見せたら絶対に失望されるから気を付けないと」

「素直で大変よろしい」


 俺と二人きりになって肩の力が抜けたのか、いつもの透花が戻ってきた。拭いている間はちゃんと大人しくなるのがとても可愛らしい。


「私、嫉妬してるの……」

「嫉妬? 誰に?」

「柚ちゃんとお義母さん……」

「どこに嫉妬してんだよ! ただの家族だぞ!」

「だって私の知らない遼君をいっぱい知ってるんだもん……」

「また変なこと言って。ほら、髪の毛に変なクセついちゃうから起きて」

「うん……」


 透花がゆっくりと体を起こした。


「髪、乾かして」

「それ、彼氏の仕事……って彼氏か」

「うん、遼君の仕事。これから毎日やって」

「毎日!?」

「……ところで、遼君。なんで床にお布団敷いてあるの?」

「だって、一緒に寝るわけにはいかないだろう」

「なんで? 私たち、恋人同士なのに」

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