第1章 見知らぬ土地

第5話 ある伯爵の受難

 大陸を二分するかのように流れる川は、増殖する巨大な森アーティから流れている。その上流のどこかには聖域と呼ばれる場所があり、泉があると噂されていた。


 流れる川の水は清らかで、それはいくつにも分散され幾多の川になり、この大陸の人々の生活を支えている。


 大陸の北西側にあるリバーガルドの王都ハイドランジアには、アーティの森の内部に潜む切り立った崖を流れ落ちる水が滝となり注ぎ込まれるウェルデン川からの影の水と、ターラス川の光の水との二つが混じり合う巨大な湖がある。影と光。水につけるにはあまり適さないこの通称はアーティの森の特性に由来している。


 豊かな川に、巨大な湖、そして大陸を囲む大海原。それにより、周辺諸国からハイドランジアに来れば食べられない魚はないと噂されるほどに魚介が豊富で、水の神が守る国とも呼ばれていた。


 伯爵フィル・リュデルガー・ベルシュタットが住まう館は中央の城から少し離れたところに建っている。普段は静かなその館では、今ちょっとした騒ぎが起こっていた。

 

「あれは女の子だよ。もしかしたらフィル様の恋人なんじゃないのかい?」

「恋人? あのフィル様に? いいや! それはないだろう。フィル様だぞ!?」

「馬鹿言うな。フィル様だって一応いい歳した男なんだから、そりゃ~恋人の一人や二人くらい」

「でも、マントにくるまれてて誰も顔を見てないって聞いたよ……」

「女だよ、女。」

「はぁ~。しかしまあ、我が屋敷にもとうとう奥方様がくるのかねぇ」

「あんたは本当に気が早い男だよ。まだ女って決まったわけでもないのに…」

「いいえ、私は見ました! 少年でしたよ。きっと、お優しいフィル様の事です。目の前で行き倒れた子供を見ていられず、手を差し伸べたのでしょう」

「いいや。そうは見えなかったがね。第一、行き倒れる子供なら山ほどいる。あの方はフィル様にとって特別な方に違いない」

「そうだ。なんにしたって、あんな夜中にフィル様直々に抱きかかえて連れてくるなんざ、絶対なんかあるに決まってるじゃないか」


 二日前の深夜。日頃女っ気の全くない主がマントに包まれた謎の人物を抱えて戻ってきたのだ。

 

 退屈な日常に降って沸いたようなこの珍事に、食堂の料理人から侍女から厩番までもが自分の仕事を放り出して井戸端会議を始める始末である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る