第6話

「大変な騒ぎでございますな……」

「騒ぎすぎ。と言うものではないのか?」


 噂の主、ベルシュタット伯爵は自室の窓からその光景を目にして心外そうにつぶやいた。


「常日頃、浮いた噂の一つもないからあのように些細な事で騒がれるのです。せっかく奥様譲りの端正な顔をしてお生まれですのに、まったくもったいない…」


 執事の話が説教に変わりそうな気配を感じ、フィルは慌てて尋ねる。


「それはともかく、あの少女の様子はどうなんだ?」 

「はい。依然として眠られたままでございます」


(まだ目覚めない……か)


 執事の報告を聞きながら、身を翻し豪奢な長椅子に腰かけると、一向に動く気配のない事態に頭を悩ませた。


 四日前、共に戦ってきた戦友がある任務を遂行中、突如として姿を消した。フィルが現場に駆けつけた時には、すでに副団長と部下の騎士兵達は命を奪われ、第一騎士団隊長のニールはその姿さえなかった。慌てて周辺を捜索したのだが、発見することはできず。そして現場の近く少し離れた木陰に友人の外套と一緒に見慣れぬ格好をした一人の少女が倒れていたと報告を受けたのは次の日の事。


 フィル自身、現場の惨状を一通り確認した後、すぐにニールの捜索に加わったため、あとの現場を新人の若者に任せてしまったのが悪かった。その部下が手違いとやらで彼女を城の牢へ運んだ事に気づき大急ぎで連れ出した時には、少しだがまだ本人の意識があったように思えたのだが……。


(しかし、あんな小さな子供を一時的とはいえ牢屋に入れてしまうとは……)


 フィルは深くため息をついた。 


 なぜあの場所に倒れていたのか。事情を聞こうにもその当事者がこの四日間眠ったままなのでは聞きようがない。連れ帰った時に呼んだ医者の見立てでは、彼女はこん睡状態でいつ目覚めるか分からないと言う。

 

(あまりに眠りが長いようであれば、魔女に頼むしかないか……)


「フィル様。少し休まれてはいかがですか? ニール様が行方知れずになられてからというもの、一睡もなさっていないようですが……」

「……」


 このリヴァーガルドには、5つの騎士団がある。第一、第二騎士団の役目は主に王都周辺の警備、及び王族の警護。第三、第四、第五騎士団は王都から外れた各町の警備。


 フィルの率いる第三騎士団は、王都の北東に位置している街、リーフェンブルクに本拠地を置いている。第一騎士団隊長の突然の失踪により、暫定的に第一騎士団の隊長代理を任されてからというものフィルは目の回るような忙しさのまっただ中にいた。


 現在、リーフェンブルク周辺の警備の指揮は副隊長に任せているが、しかし団長と副団長、そして数名の騎士兵達を同時に失った第一騎士団を立て直し、統率する。この作業が想像以上に骨が折れる。


 本来なら、同じ王都にいる第二騎士団長こそが第一騎士団長代理の任を受けるのが筋であるのだが……。

 

 第二騎士団長レイ・エヴァルト・ハインツェルは剣術、武術、知力に長け、戦いの天才とまで言われる程の人物である。身体能力だけでいうならば、第一騎士団長のニールよりも上であると言えるかもしれない。しかし気性が荒く、いささか冷静さにかける。


 3年前、大陸の魔女の罰則を身に受けてからは、ますますその傾向がひどくなっている。そんな彼を、理解し、今まで上手く押さえてきたのが第一騎士団長であるニール・ヴァレリオン・クローフォードルだった。そのニールが消えた。よって混乱した第一騎士団を統率する為に、第一騎士団代理としてフィルが指名されたのは当然の結果であると言えた。


(ニールはどこかで生きているはずだ……)


 あれから数日間、探索隊が出て捜索にあたっているにも関わらずニールは見つかっていない。死体すら発見されていないのだ。他の部下の死体が綺麗なままでその場に残されていたことから、ニールの死体だけが獣や魔物に食べられたという可能性は低い。


 また他国から、リヴァーガルドの第一騎士団長を討ち取ったとの声明もでていない。

 

(きっとニールは生きている……)

 

 フィル自身、その考えの中に生きていてほしいという願望が入っていることは自覚している。


(相変わらず甘いな……)


 思わず自嘲気味な笑いがもれた。


「フィル様?」


 気遣わしげに自分の名を呼ぶ執事の声に、いつの間にか考え込んでいた自分に気づく。小さくため息をつきながら、頭を振った。

 ──やはり、少し疲れているようだ。


「ロイド、飲み物を頼む」

「はい。ただちに」


 遠ざかる執事の後ろ姿をぼんやりと眺めながら、フィルはもう一度深いため息を落とした。

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