さらば 愛しき呪われしモブたちよ

櫻井彰斗(菱沼あゆ・あゆみん)

呪われしモブ


「キャスリーン!

 貴様の所業はすでに、みなの知るところとなっているっ。


 おとなしく私との婚約を破棄し、牢にて沙汰を待てっ」


 婚約者であった第一王子、ルイスにそう言われ、悪役令嬢キャスリーンは身構える。


 絶対、このあと、なにかが起こるからだ。


 案の定、唸り声を上げながら、男が飛び出してきた。


「お前がうちの妹に嫌がらせを繰り返してきたのかっ」


 ヒロインである男爵令嬢兼聖女メリルの兄がナイフを手に突っ込んできたようだ。


 ああ、また、殺されるのか……。


 まあなー。

 悪役令嬢とは名ばかりの、すぐ殺されて出番のなくなるモブだしな、

とキャスリーンが思ったとき、


「待てっ」

と誰かが出てきて、兄を捕まえた。


 腕を捻り上げる。


 メリルが、

 なんで、止めるのっ、という顔でその男を見上げていた。


 身なりのいいその黒髪の男は、衛士たちにメリルの兄を引き渡すと、キャスリーンのもとに大股に近づいてくる。


 ガッとキャスリーンの腕をつかんで言った。


「死ぬんじゃない、キャスリーン。

 お前が、そこで死ぬと、いつも何某なにがしかのことが起こって、俺が死ぬっ」


 いや、何某かのことって、なにっ?

と思うキャスリーンに男が訴える。


「いつもそうなんだっ。

 お前が死ぬたび、俺は毎度毎度巻き込まれて死んでるんだよっ。


 死んでいるモブなんだっ」


 そう男は叫んだ。


 いや、モブにしてはイケメンだが。


 彼もまた気づいているようだ、とキャスリーンは思った。


 我々は、何度も何度も同じシーンを繰り返しているのだ。


 時の流れがなにかの弾みで引っかかったみたいに、この断罪のシーンを永遠に――。


「やっと記憶を保ったまま、このときを迎えられた」


 キャスリーン、と細いキャスリーンの手首をつかみ、男は言う。


「俺とここから逃げよう」


 確かにそれはかつてない展開だった。


 歪んだ時間の針が正常に動き出すかもしれない、とキャスリーンは期待する。


「待てっ」

と王子ルイスが声を上げた。


「お前は何者だっ。

 断罪の途中だぞっ。


 見たことのない顔だが。

 何処からこのパーティに潜り込んだっ」


 男は離すまいというように、キャスリーンの手首をつかんだまま、ルイスを振り返る。


「なんと失礼な男だ。

 お前たちが私を招待したのではないか。


 私をこの……


 この……」


 うん? という顔を男はする。


「これはなんのパーティだ?」

と訊いてきた。


 その言葉に、全員が虚を突かれた顔をする。


 ヒロインであるメリルまでも。


「えっ?

 なんのパーティ……


 えっ?」

と呟いている。


 もう何年も。

 おそらく、十年近く、我々はこのシーンだけを繰り返してきたので。


 そもそもなんのパーティだったのかすら、全員忘れてしまっているようだった。


「まあいい。

 ともかく、やっとここから出られそうだ」

と男は満足げに頷いた。


「早く国に帰らねば。

 時間がぐるぐる回っているのが、この国だけだったら、どうしてくれるっ。


 私の王位継承権がなくなっているかもしれないじゃないか!」


 えっ? と声を上げたのはメリルだった。


「そういえば、その顔はっ。

 あなたは、イールカンドのダミアン王子っ!」


「そうだ。

 私はイールカンドの第一王子、ダミアンだっ。


 今、ルイス王子に婚約破棄された、この公爵令嬢キャスリーンは私が国に連れて帰るっ」


 十年間、ただ取り巻いて見ているだけだった貴族たちがかつてない展開にどよめいた。


「し、しかし、ダミアン王子」

とルイスが割って入ろうとしたが、ダミアンは、


「キャスリーンを我が国に連れ帰れば、貴殿らも断罪の手間がいらないだろうし。


 我が国には、この国の法律は及ばない。


 彼女の実家である公爵家とゴタつかなくていいと思うが」

と彼に説明した。


 そんなダミアンの言葉を聞きながら、キャスリーンは思う。


 ……いや、この人、全然モブじゃないじゃん。


 大国の第一王子だとか。


 あそこから話が進まなかったので、断罪を見守る群衆のひとりに成り果てていたようだったが……。


「おっ、お待ちください、ダミアン王子っ!」

と声を張り上げたのは、メリルだった。


 彼女は聖女とも思えぬほど、派手に着飾っている。


 歴代の聖女が着ていた質素なドレスを彼女は拒否し、王子に頼んで、新しく聖女のドレスを作らせたのだと聞いている。


「ダミアン王子っ。

 私、ほんとうはあなたを待っていたのですっ」


 えっ? とルイスがメリルを振り返る。


 メリルは瞳をキラキラさせ、ダミアンを見つめていた。


「この国の王子の婚約者候補となれば、あなたの目にとまると思って。

 私、今まで頑張ってきたのですっ」


「メリル~ッ。

 どういうことだ~っ!」


 ルイスはメリルの腕を強く引いたが、振り解かれていた。


 うーん。

 まあ、確かに。


 イールカンドの方が大国だし、ダミアン王子の方がルイスよりイケメンだしな……、

とキャスリーンも思う。


「聖女メリルよ。

 私はどうしてもこの女を連れて帰らねばならんのだ」


「何故ですっ」

とメリルはダミアンに詰め寄る。


 ……いや、単に死にたくないからだよ、とキャスリーンは思っていた。


 だが、メリルはギッとキャスリーンを睨んできた。


「キャスリーンッ!

 あんたさえ、いなければっ。


 私はもっと簡単に聖女になれたしっ。

 ルイス王子を踏み台にし、ダミアン様に近づけたのにっ」


 ひいいっ、とキャスリーンとルイスは手を取り合って、聖女にあるまじき、その形相にビビる。


 幼なじみのルイスとは、メリルが現れて、なんやかやするまでは仲がよかった……


 と思うのだが、その記憶も今となっては、もう遠い。


「ダミアン王子、お考え直しくださいっ」


 メリルはダミアンの前に膝をつき、祈りを捧げるようなポーズをとる。


「このキャスリーンは、なんと非情なことに、私に……


 私に……


 ……えーと。


 なにしたんだっけ?」

とメリルはキャスリーンを振り返る。


「えっ?

 なんだったっけ?


 いや、そもそも、私、なにもしてないし。


 全部、あなたのでっちあげだったじゃない。

 でっちあげたことくらい覚えておきなさいよ」


 ちょっと離れてそのやりとりを見ていたルイスが、うーん、と腕を組んで唸る。


「大階段のてっぺんから、お前がメリルを突き飛ばしたって言うんじゃなかったか?」

とキャスリーンに訊いてくる。


「えっ?

 あの大階段から突き落としたら、死ぬんじゃない?」

と言うキャスリーンの言葉に、全員がホールの奥にある大階段を見上げた。


 これは死ぬなあ、という顔をする。


 それにしても、みんな、記憶が遠いようだ。


 老人か。


 まあ、しょうがない。

 我々は、もう何年も延々とこのシーンだけをやっているのだから。


 そうキャスリーンが思ったとき、

「よし、今だっ」

とダミアンが走り出した。


 腕をつかまれていたキャスリーンがよろけると、ひょいとキャスリーンを抱き上げる。


「話がややこしくならないうちに行くぞっ」


 メリルたちが、ぼんやりしている間に、ダミアンはキャスリーンを長く閉ざされていた大広間からまんまと連れ出していた。




「わっ」

と外に出たキャスリーンは思わず声を上げる。


 明るいっ。


 木々のざわめき、鳥の鳴く声。


 十年ぶりの外だった。


 ホールの中では吹いていなかった風が頬に当たる。


 気持ちがいいっ、とキャスリーンはダミアンを満面の笑みで振り仰いだ。


「ダミアン王子っ、ありがとうございますっ!

 私を外の世界に連れ出してくださってっ」


 ダミアンは赤くなり、ああ、と言うと、キャスリーンを地面にそっと下ろした。


 馬車の前で大欠伸をしていた若者が、こちらに気づき、

「あ、ダミアン様。

 遅いじゃないですか。


 寝ちゃってましたよ、もう~」

と言う。


 この従者は、もしや、十年間寝ていたのだろうか。


 まるで、眠りの城の召使いたちみたいに、とキャスリーンは遠い異国の物語を思い出す。


 キャスリーンの手を引き、馬車に乗せながら、ダミアンは言った。


「そうだ。

 思い出したぞ。


 そろそろ嫁をもらわなければ、立場的にまずいが、国にちょうどいい立場の娘がおらず、この国のパーティに来てみたのだ。


 ちょうど王の代わりに出席するようになっていたから。


 国を守護する魔法使いから、いい花嫁が手に入るという祝福を受けてきた。


 だが、ここに来てみれば――


 立場的に釣り合うのは、公爵家の娘だが。


 ちょうどいい年周りの娘は王子の許嫁のキャスリーン嬢だけだと聞いて、これは駄目だなと思っていたんだ。


 ……初めて、パーティでお前を見たとき、その……


 好みだとは思ったのだが」


 ちょっと恥ずかしそうにダミアンはそんなことを言う。


「ところが、お前は、俺の目の前で、婚約破棄されて。


 これはもしや、俺にも希望がっ、と思ったのに、お前はなんやかんやで殺されて。


 お前の味方についた者たちが暴れ、巻き込まれて、いつも俺は死んでいた。


 そのうち、何故、あそこにいるのかもわからなくなっていたんだが。


 もしや、俺がお前を手に入れられるまで、世界は同じところを回り続けていたのだろうか。


 お前が俺の運命の女なのか――?」


 キャスリーンはダミアンを見つめ、ちょっと微笑んで言った。


「そんなこと言っていただけるなんて、嬉しいです。

 まるで、私たちの方が物語の主人公みたいですね」


 微笑ましげに従者がキャスリーンたちを見て、馬車の扉を閉めたとき、甲高い女の声がした。


「早く追うのよっ。

 これじゃあ、私たちがモブじゃないっ」


 城の階段を下りながら、メリルが叫んでいるようだった。


「早くっ!

 あなた、王子なんでしょっ。


 馬鹿にされたままでいいのっ?

 あの二人がこの国を出られないよう、城門と国境の門を閉じるのよっ」


 馬車も馬も兵士たちも、城の前にはいなかった。


 自ら門を閉じるべく、

「行くわよっ」

とメリルはドレスの裾をたくし上げ、ルイスの手をつかんで走り出す。


 ルイスが命じてくれないと、門が閉まらないからだろう。


 お、おう、と引きずられるようにルイスもメリルとともに、走り出した馬車を追いかけてきた。


 滑稽にも見えるその姿をダミアンと二人で見、目を見合わせて、笑ってしまう。


 馬車はスピードを上げ、走る二人の姿は遠ざかっていった。


 華美なドレスで走りにくいらしいメリルが遅れたので、ルイスが助けに戻るのが見えた。


「あれはあれでお似合いですよね~」


 幸せに、ルイス、と別に好きではなかったが、義務で結婚する予定だった幼なじみに心の中だけでエールを送る。


 ……完全に尻に敷かれそうだけど、と思いながらも。


 キャスリーンは隣に座るダミアンを見上げて言った。


「私、ずっと自分のことをモブだと思っていたし。

 あなたもそう思ってたみたいですけど。


 別に誰もモブなんかじゃなかったですね」


 メリルの世界ではメリルがヒロインだし。


 ルイスの世界ではルイスが悪役令嬢を断罪するヒーローだったのだろう。


 そして、私たちは私たちの世界の主人公だ。


 そういえば、この従者兼御者の人にも家族や友人や恋人がいて。


 彼も彼らもそれぞれの世界の主人公のはずだ。


 早く国に帰してあげなければな、とキャスリーンは思う。


 二人が追ってくる様子はもうなかった。


 なんだかんだで、あの二人も幸せに生きていくだろう。


 馬車の窓から、十年ぶりの眩しい空を見上げ、キャスリーンは言った。


「いいお天気ですね~」


「ああ」


 日差しが熱くキャスリーンの頬を照らすが。


 それより熱く大きなダミアンの手がキャスリーンの細い手をしっかりとつかんでいた。




                            完

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