3-2 お前の欲しいものは何だ
「古伝に曰く、〈
メイガス・ゲームの
〈潮盈珠〉〈潮乾珠〉の伝説といえば、海幸彦と山幸彦の昔話を思い出すが、他にもそんな
にも関わらず彼らは、自分たちの伝承こそが真実であると、心の底から確信してる。沖浦の目に宿る強固な意思の光が、そう物語っていた。突如として神だの征服者だのとをいわれても、にわかには理解できぬ話であるのだが――その瞳の奥に狂気の片鱗を垣間見た気がした。
「この国に統一王権が誕生して以来、ワシら一族の宿願は祖神たるイソラ様の復活よ」
「それがあんたの〝渇望〟なのか――?」
「自分のちっぽけな欲望と比べて、あまりにも誇大妄想すぎると思ったやろ?」
「ぐ――」俺は図星を指されて答えに
「あんさんに大層な借金があるのは知ってまっせ。大変やなァ、今の若モンは。大学卒業と同時に350万もの負債を背負わされるんやろ?」
「うるさいよ、奨学金だよ――あんたこそ、一族の悲願か何かしらないが、そんな大昔の与太話を本気で信じているのかよ」
「与太話やて? あんさんかて、その目で実物を見れば信じる他ないんちゃいますの――もう実際に
そうだった――あの川霧と共に水中から現われた、魚人としか形容できない連中に襲われたのは間違いない。となれば、この連中が崇めるのはかつて神と呼ばれた存在であり、一族が
あのスマホを手にした時から、俺は奇妙な世界に迷いこんでしまったのかもしれない。
「現実を否定したかて状況はかわりまへん。それはあんさんが背負った借金と同じことや――違いまっか」
沖浦はねっとりとした視線で、無言のままの俺を見回した。そして回答がないのを肯定の印と思ったらしい。声音を和らげて続けた。
「ワシかて苦学しとる若モンを責めたいわけやない。むしろ、エエ話があるんですわ――あんさんの借金、全額チャラにしてあげましょうていうたら――どないします?」
「全額チャラ――?」
「350万ポッキリなんてセコい話やありまへん。せやな、色つけて500万、将来有望な若人に進呈しようやおまへんか。貸すんと違いまっせ。差し上げる、ゆうてますのや」
「その代わりにゲームから降りて、魔道書を寄こせっていうつもりか――」
「さっすが学生さん、話が早い。その通りですわ」
沖浦は特に悪びれる風でもなく、ぬけぬけとそういった。
「メフィストはメイガス・ゲームの勝者となれば、あらゆる望みが叶う。100億円を手にすることも可能だといっていたぞ」
「その為に死ぬかもしれないリスクを負うつもりでっか。正味な話、あんさん勝てると思うてはるんですか。自分以外に9人もの魔術師を蹴散らして?
「それは――」
「『もしかしたら』、『運が良ければ』、『勝てるかもしれない』なんて、甘い目算で命を懸けるおつもりでっか、ええ?」
俺は再び黙りこくった。目の前の厭味ったらしいおっさんのいう通りだったからだ。
「何も今すぐ決断しろとはいいまへん。一晩ゆっくり考えたらエエ。その上で、あんさんのお答えを聞こうやおまへんか。せやなぁ、明日の15時、場所は例の川が交差する公園でどうでっしゃろ」
「ええ返事を期待してまっせ」といい残し、沖浦は去った。沖浦が部屋から出ていった後もしばらくの間、俺は玄関の扉を睨み続けていた。
まったく。糞ムカつくことばかり、それも本当のことばかり、いわれ放題じゃないか。
*
沖浦が去った後、俺は机の引き出しの奥底から、メイガス・フォンを取り出した。そういえば入手以来、一度も充電をしていない。充電器らしき物さえなかった。
いったいどういう仕組みになっているのだろう。不思議には思うが、俺に確かめる手段はない――いや、待てよ。メフィストに直接聞いてみる、という手もあるのか。
「ヘイ、メフィスト!」
「――――」
「ヘイ、メフィストフェレス?」
「――――」
「ヘイ、シる――」
「私、そういうジョークは好きではありません。起動に際して
そうだった。こいつはプライドの高いAIなのだった。自称、史上初の
「まァ、そう怒るなよ。単なる冗談だよ。つうかAIにも感情があるのな」
「いえ、私に感情はありません。人工知能ですので。ただ、私の
「――あそう、冗談を冗談と理解はできるが、冗談それ自体は好きではないのね。お前ってば、なかなかに面倒臭い性格しとるね」
「それは私の責任ではありません」
まぁ、それはその通りだ。
「あのおっさんの話は聞こえていたか?」
「はい、敵性魔術師、沖浦夷三郎の申し出は、私にも聞こえておりました。なお検索の結果、沖浦水産株式会社の実在を確認。経営状態、資産状況等チェック済みです。沖浦の個人収入から提示額を支払うことは、容易であると推測されます」
「もうそこまで調べていたのか、流石だね」
「恐れ入ります」
メフィストはどこか得意気なニュアンスをこめて返答した。感情がないといいつつ、相対する人間の反応に合わせているのだろう。知的な瞬発力というか、人間でいうところの
「お前に、『俺はどうすべきか?』と尋ねても、無駄なんだろうね」
「私からは『リスクとリターンを勘案の上、ご判断下さい』としか、申し上げられません。このゲームに勝利できるか、その保証はいたしかねます。唯一確かなのは――あなたには本機を起動できる資質があった――それだだけです」
「なるほど。たしか――〝力への意思〟だったか」
「左様でございます」
「そうはいわれても、俺には欲望ってものがよくわからないんだよな」
メイガス・フォンをいじくりまわしながらそう独白する。死ぬのは怖いし、痛い思いをするのも嫌だけれど、それは望みや願いとは違う気もするし。
〝渇望〟というくらいなのだから、死んでも手に入れたいとか、喉から手が出るほど欲しいとか、そういう強い欲求が原動力なんじゃないのか。
魔道書の呪文リストを隅々まで眺めながら、これを手放すのは確かに惜しいよな、とは思ったが――俺は、自分自身の本心がわからなくて、途方に暮れた。
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