Book 3:ルルイエ異本
3-1 沖浦夷三郎は手懐ける
上村の死後、俺は自宅に引き籠った。
そう、
「仕方ないじゃない――こうする他なかった――」
そして術者の死によって、蘇生に失敗してゾンビとなった
「ゾンビを排除するには、蘇生者の息の根を止めるしかなかった――」
脳裏に怒気をはらんだ千倉の叫びが
何度も何度も何度も。
実際、千倉は怒っていたのだと思う。本来これは俺自身がカタをつけるべき問題であったのだから。厄介事に巻き込まれたのはあの女の方なのだ。
脅威が消え去ったことを確認した千倉は、その場に運悪く居合わせた一般人たちに、魔術を使って隠蔽工作を施した。〈
どんな理屈なのか知らないが、この魔術はファミレス店内の防犯カメラにさえ効果を及ぼすらしく、俺たちの姿は
「記憶も記録も似たようなものです。脳のシナプスに作用するのか、
メフィストがその効果について得意気に解説していたから間違いないだろう。魔術というのは何て
何故こんなことになってしまったんだろう。
「あなたを守る為だった――」
千倉はそういったが、炎に包まれて悶え苦しむ上村悠多の
とうに通報はされていただろうから、警察がやってくる前に俺たちが現場から逃げ去ることができたのは
千倉に追い回され、上村との一件があり、精魂尽き果てた俺は、比喩ではなく足を引きずりながら自宅アパートへと辿り着いた。そしてメイガス・フォンを机の引き出しに放りこんで、ベッドに潜りこみ寝て過ごした。一日か、二日か、あるいはもっとか。
何度かスマホに着信があったが、俺は全てシカトを決めこんだ。
本当に何もやる気が起こらなかったんだ。
*
俺が安アパートの自室に籠城して、たぶん三日目の夜――玄関のチャイムがキンコンと小さく鳴った。
他人に会いたくはないので
家族が突然やって来ることはないし、わざわざアパートまで訪ねてくる友人もいない。協力を約束した千倉ならば、電話以外にもメールという連絡手段もある。
はて、誰だろう。
もしかすると隣家に住むアパートの大家かもしれない。何かの手違いで、家賃の不払いでもあったら困る。そう不安になった俺は忍び足で玄関まで行って、
そこには、廊下の薄暗い灯りに照らされて、男がひとり立っていた。
ドア越しに気配を察したのか、男はいきなり両手を上げた。そして「
こいつ、もしかして魔術師か?
千倉のように襲撃を仕掛けてきたのかと疑ったのだが、その笑みには不思議な愛嬌があった。
俺は不安を覚えつつも、玄関のドアを開けてしまったのである。
*
男が差し出した名刺には、
「可愛いマークですやろ。
狭苦しい部屋の中、俺たちは小さな
「――それにしても、えらい質素な〝塔〟ですなぁ。何も魔術的な防護をされてないのは、自信のあらわれですかな」
沖浦は生活感の溢れる室内を見渡しながら、そう感想を述べた。〝塔〟が意味するところは、
「沖浦さん。そんな
「これはこれは、えらいすんまへんなァ。つい軽口を叩いてもうた。
「じゃあ、何用ですか。さっさと本題に入って下さい」
「そうですなァ。まずはあんさんを見くびっていたのを謝りますわ。うちの手下どもがほうほうの体で逃げてきよった。
そういって形ばかり頭を下げるが、特に悪びれるふうでもない。この土地に似つかわしくないしゃべりといい、喰えないおっさんという印象である。
「手下――?」
「ほれ。鷺田はんと千倉はん、お二人でイチャついてたところを襲われましたやろ。あの川の交差する公園や」
あれはイチャついてたんじゃなくて、追いかけ回されていたんだが――まさか〈
「手下いいましてもね、魔術によって使役しよるんとは、また違いますのや」
「そりゃ、いったいどういう意味――」
「あれはワシらの血に連なる者たち。一族や」
「何だって!? あんな化物が、血族――?」
「酷い言われようやなぁ。ワシらはね、祖神〈
何をいってるんだ、このおっさん――正気か?
「一族の長たる者は、代々『
「誉れなことなんでっせ、ワシらの一族の中ではね」と自慢げに沖浦はいう。
「まァ、その代わり世間とは一切の関係を絶つことになりますけどな」
「あんな異形の存在が、長年世間にまったく知られずにいたなんて――」
「そらもちろん、取引したんですわ。太古の昔から、その時々の権力者や為政者に、人魚の肉を献上することで、ワシら一族は命脈を保ってきたんや」
人魚の肉――だと?
あまりに話の展開が急すぎて理解が追いつかない。
沖浦の顔からはいつの間にか、貼りついた笑みが消えていた。
どうやら冗談でいっているわけではないらしい。
予期しない来訪者の突然の告白に――俺は、視界がくらりと傾くような、軽い
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