2-3 君は介添人を知っているか

 早朝のファミレスは白々さと倦怠けんたい感に包まれていた。

 店内には俺たちの他に、徹夜オール明けらしき学生の一団と、早起きの老人が一人いるばかり。

 

「お待たせしましたぁ!」


 俺と千倉は窓際のテーブル席に向かい合って座っていた。

 そこへ無闇に元気な女給ウェイトレスがやってきて、俺の目の前には湯気の立つ熱い珈琲とホットサンドを、千倉の前には紅茶と焼きたてのパンケーキを置く。


「ごゆっくりどうぞぉ!」


 女給は去っていったが、俺は警戒心が解けず、なかなか食事に手が伸ばせずにいた。窓の外には千倉の電動バイクが駐車されていて、シートの上にはあの黒猫が座っており、紅い双眸そうぼうが俺を睨むように監視している。異形の獣に見張られているのだから、そりゃあ緊張しようってもんだ。


 俺たちはそれぞれのメイガス・フォンをテーブルの上に置いており、とりあえずの休戦状態ではあるのだが――。

 千倉はポケットからピルケースを取り出すと、白い大粒の錠剤タブレットをいくつか手のひらに落として、ポリポリと齧りはじめた。

 何喰ってんだ、こいつ?


「ラムネ菓子よ。魔力の補給に丁度いいの。脳の栄養素はブドウ糖だけだから。あなたも食べる?」

「何だ、菓子か――ああ、いや、遠慮する」


 俺は気まずさを誤魔化すように珈琲に口をつけた。熱い液体が喉の奥に流れていくが、味も香りも全然感じなかった。

 「ところで――」と、俺が話を切り出そうとすると、


「――さっきのお礼をいっておくわ、一応ね。あんな大勢に囲まれて一度に襲い掛かってこられたら、流石の私も危なかったと思うから。どうも、ありがとう」


 機先を制するように、千倉は軽く頭を下げた。

 ふむ。まんざら話が通じない相手でもないらしい。

 少なくとも礼儀をわきまええている。その点、よりは余程マシな相手だろう。会話ができれば交渉の余地はあると、俺は常々思っている。


「頭を下げられるほどのことはしていない。メフィストもいっていたが、あの魚人どもは俺たち二人を襲ったんだ。狙いはもちろん、この魔道書」


 「あら、そうだったの?」と千倉が紅いスマホに向かって尋ねると、艶やかな女声でメフィストが肯定する。


「はい、茜音様。かの〈深きものどもディープ・ワンズ〉は、種族的な使命を持って行動していると推定されます。目的達成のために〝力ある書〟が役立つであろうことは、想像に難くありません」


 その色気ある声音に、俺も女性ボイスを選択すべきだったかと一瞬思ったが、同じ音声があちこちから聞こえたら、ややこしくて仕方がないだろうと思い直した。


「だから『メイガス・ゲームは非参加者から秘匿されなければならない』んだそうだ」

「へぇ、そうなの」

「『そうなの?』じゃねぇよ。ルールを読んないのか」

「見てないわね。会話機能があるんだから、その都度メフィストに聞けば十分じゃないの」


 「説明書マニュアルなんて、分からなくなってから読めば良いのよ」と千倉はしたり顔でいう。何て楽観的で自信過剰な奴なんだろう。

 全幅の信頼を寄せられたメフィストは「全力でサポートいたします」と殊勝な口ぶりである。

 うん? こちらのメフィストと、ずいぶん性格が違ってないか?


「まぁ、いいさ。ゲームに参加している以上、俺たちは敵同士なわけだが、提案したいことがある。聞いてもらえないか」

「聞くだけならね。賛同できるかは保障できないけど」

「それでいい。本題に入る前にいくつか確認しておきたいことがあるんだが――どの程度ゲームについて理解している?」

「メイガス・フォンで決闘。勝った方が魔道書ゲット。全部集めれば願いが叶う」


 簡潔な表現だが、間違ってはいない。だが、詳細ルールを把握している俺には付け加えるべき項目がいくつもあった。


「概ねそのとおりだが、競技ゲームである以上、他にもいくつか設定されていてだな」


 それは俺がメイガス・ゲームの詳細ルールをメフィストに読み上げさせて得た知識である。つまり――、


 1、魔術師同士の一対一の対戦にて勝敗を決する。

 2、ゲームは一方が継続不能と判断されるまで続けられる。

 3、勝者は敗者が所持する〈魔道書〉をすべて奪うことができる。

 4、すべての〈魔道書〉を揃えた者が最終的なゲーム勝利者となる。

 5、すべての〈魔道書〉が揃った時、ただちに大秘術が執行される。

 6、魔術師は一名の〈介添人コンパニオン〉を帯同させることができる。

 7、〈介添人〉に〈魔道書〉の所有資格はなく、その生死は勝敗に影響しない。

 8、魔術師は自らのロッジ、テンプル等の拠点を築くことができる。

 9、ゲームの存在は非参加者から厳に秘匿されなければならない。

 10、度重なるルール違反に際しては、〈管理者〉から制裁が与えらえる。


 ――となる。俺が手短にルール説明を終えると、千倉は少し感心したように「なるほど」と答えた。

 これらの他にも、生命保険の約款やっかんのような細則があるが、とりあえずは原則の把握で事足りるだろう。誰が考えたのかわからないが、簡潔で明瞭なルールであるとは思う。しかし、そえゆえに「抜け穴もある」と俺は思うのだ。


「今所持している魔道書は幾つだ?」


 千倉は右手の指を二本立てながら「二冊」といった。ということは、すでに敵対魔術師を一人倒しているということであり、所持数は俺と同じ。対等な条件であるわけだ。


「丁度良い。なら、さっき話した〈介添人〉を、お互いに適用しないか?」

「えッ――そんなことってできるの? ルールでは〈使い魔〉以外の、人の従者みたいな存在のことだと思うけれど」

「そうだな。身の回りの世話をさせる使用人とか、物理的な脅威から身を守ったりする用心棒を想定してると思う。だから魔道書の所有権はないし、その生死も勝敗に影響しない。つまり生きてる道具みたいな扱いだ。法律上、『ペットは飼い主の所有とみなす』というニュアンスに近い」

「ふうん。詳しいのね」

「これでも一応、法学部所属なんでね。通常、魔術師同士が協定を結ぶのは稀なはず。何せ魔術師の信条モットーは〝汝の欲するところを為せ〟だからな。だが、魔術師が〈介添人〉となることを禁じるとは、明記されていない」

「――そういうことに、なるのかしら?」


 千倉が厄介そうな相手というのは、先入観であったかもしれない。少なくとも交渉によっては妥協点を見いだせそうだ。


「魔術師同士がお互いの〈介添人〉となることには、多大な利点メリットがある。数の優位に立てるし、個々の魔力をこともできる。誰かを〈介添人〉とすることは魔術的な契約に相当し、お互いを縛ることになるんだ」

「もし破ったら恐ろしいことになりそうね。でも、最終的に勝者は一人なわけでしょう。あなたの望みが何かしらないけれど――私は譲るつもりはないわよ」

「もちろんだ。二人だけになった時点で契約を解除しても良いし――何なら俺は勝利を譲っても良いと思っている」

「どういうこと!? あなた自分の命を懸けても叶えたい〝渇望〟があるから参加したんじゃないの?」

「俺の〝渇望〟なんてささやかなモンさ。借金の帳消しだからな。お前の願いを叶えるついでに、余禄で叶えてもらっても良い。さて、どうだろう俺からの提案は」

「うん。確かに悪い話ではなさそうね――」


 こうして、ようやく協力体制がまとまりかけた時のことだ。

 俺たちが向かい合うテーブルに影が落ちた。窓の外を見るとそこには――上村悠多かみむらゆうたの姿があった。

 なぜお前がここにいるんだ。

 上村の手には銀色の短剣ナイフが握られていた。凝った装飾の刀身が朝日を浴びてギラリと輝いた。

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