ヴァルハルト



 陽が高くなってきた。いくらか暑くなった。あたりは草原で、丘がいくつもある。視界を遮るものは、ほとんどなかった。



「誰か、いるね」



 フィンが、不意に言った。



「ああ、いるな」



 義景も言った。



 進む方向に、人影が小さく見えた。既に、相手からもこちらが見えているだろう。街道を占拠するように、その人影はあった。数は、五人。眼を凝らす。剣を持った男達だ。みすぼらしい恰好をしていて、旅の者には見えない。そして、その雰囲気から義景は彼らが野盗の類だと感じた。



 ヴァルハルトに行くには、ここを進まなければならない。街道を大きく外れて進む手もあるが、それでは時間がかかり過ぎてしまう。食料も、無限にあるという訳ではない。なにより、こちらが見えているなら、相手も気づいているはずだ。逃げようとすれば、追いかけてくるだろう。そう考えるべきだった。



 男達が、駈けだすのが見えた。素早い動きだった。補助魔法で、脚力を強化しているように見える。最低限の戦い方は、心得ている集団に見えた。ただ、ちゃんとした魔法使いがいるようには、見えない。近接戦闘をしかけてくるだろう。



「戦えるのか?」



 義景は、フィンに訊ねた。



「一応。野盗ぐらいなら、何とかできるよ」



 フィンが、にやりと笑みを浮かべた。腰には、短剣がある。



 二人は、武器を構えて待ち構えた。義景は、スコップだ。男達が、しっかりと顔が見える距離まで近づいてきた。水浴びすら、ろくにしていない顔だった。薄汚れている。



「金目のもの、全部置いていけ」



 男達のひとりが、低く唸るように言った。野盗なのは、確定した。その瞬間、義景は地を蹴って、スコップを突き出していた。



「あ……」



 男の間の抜けた声。腹部をスコップが貫いていた。この場にいる誰も、義景の動きに反応できていなかった。



「こいつ!」



 驚愕しつつも、男達が動く。フィンは一瞬目を見開いていたが、果敢に動いた。



「やるね。じゃあ、こっちも────」



 接近し、短剣を横に払っていた。男の一人、その首が落ちた。



「やべえ! こいつら!」



 野盗が、倒れる二人の仲間を置き去りにして逃げていく。義景とフィンは、追撃はしなかった。とくに、深追いしないといけない理由もない。



 恐らく、彼らは貧民だ。貧民にならざるを得なかった者達の、ひとつの形であり、結末だった。義景は、平然と倒れる野盗から金品を奪った。大した金は、当然持っていない。ただ、財布の足しぐらにはなる。



 フィンは、その様子を見ていたが、とくに咎める気配はなかった。勝った者の当然の権利、とフィンは考えているようだった。実際、世間の道徳もそうなっている。



「良い腕だな。一撃で、首を落とすとは」



 義景は、首のない死体を見て言った。



「どうも。でも、義景も凄かったよ。俺の眼でも、追えなかったもん」



 フィンが、感心したように頷く。



 獣人の眼は、只の人と比べると、はるかに良い。とくに、速く動くものをとらえる視力は、只の人とは比べ物にならないと言われている。鵜呑みにするのであれば、義景の瞬間的な速度は、その眼をもっても追えなかったことになる。



「……まあ、先へ進むか。他の仲間と一緒に、戻ってくる可能性もある」



 義景は、もともと戦える人ではなかった。前世の義景は、喧嘩すらしたことがなかった。今の彼は、刃物のように鋭い動きを身につけている。そして、今は殺しにも――抵抗はほぼない。



 ここ最近は、冒険者として経験も積んだからか、自身の動きに磨きがかかっているように感じていた。どれくらい強いのかは、試した事はない。そして、試そうとも思わない。



 その後は、特になにか障害もなく、ヴァルハルト近くまで二人は到達できた。その頃には、陽は頭上を通り過ぎて、少し傾きつつあった。



 分厚くそびえる城壁。無数の尖塔が突き立っていた。まるで空をも拒むかのようだ。敵の侵入を妨害するための、塔。それが多いほど、その城塞都市は堅牢だと考えられている。実際、常識としてそうなっている。そういう意味で、ヴァルハルトは難攻不落の城塞都市だった。



 中へ入るために並ぶ人馬の列があった。都市に入るには、門を通る必要がある。それ以外の侵入は、ご法度だ。訪れる人々の目的は、多岐にわたる。商売、旅、仕事……色々だった。そこに加わって、義景とフィンは並んだ。



 門の側には衛兵が数十名立っていた。槍を直立させ、鋭い視線を周囲にむけていた。荷車をひく商人、旅人、冒険者――様々な人々の出入りを監視している。門の向こうからは市場の喧騒が聞こえ、ヴァルハルトが都市であることを感じさせる。



 義景とフィンの番がやってきた。義景は、冒険者の認識票を衛兵に見せた。冒険者の認識票は、身分を保証するのに十分な効力がある。冒険者ギルドへの信頼があるからこそ、成り立つ構図でもあった。



「俺は、少し時間がかかるかも。着の身着のまま、来てるし」



 フィンが申し訳なさそうに、義景に言った。都市に来る者としては、珍しくない境遇ではある。



「……なら、こうしよう」



 義景は、衛兵に耳打ちした。すると、衛兵は少し納得した顔をして頷いていた。



「おまえたち二人、通れ」



 衛兵が力強い声で言った。フィンが、少し驚いた顔をしていた。そのまま、流されるように都市の中へと二人は入った。



「なにをしたの? すげえあっさり、中に入れたけど」



「冒険者志望で、俺が連れてきたって話をしただけだ。衛兵隊とは、防衛戦で何度か一緒に肩を並べてる。顔馴染みだ」



「へえ……顔が広いんだな」



「そうでもない、と思う。たぶんだが」



 義景は少し考えた。しかし、すぐに考えるのをやめた。自分の認知度を考えても、底なしの思考に陥るだけだ。時間は、もっと有意義に使うべきだろう。



「どうする。冒険者ギルドまで、案内しようか?」



 義景は、フィンにそう提案を持ちかけた。



 冒険者ギルドは、都市ごとにひとつはある、冒険者とその所属する店を管理する組織だ。冒険者志望者は、ギルドまで行って自分に合った「冒険者の店」を探す。店の情報は、基本ギルドで管理されているからだ。



 そして、志望者と店の双方が合意すれば正式な雇用関係になり、ギルドへと冒険者登録に行く。どの都市でも、その流れは概ね同じだった。



「んー……義景の所属先を見てみたいな」



 フィンが笑う。屈託のない笑みだった。



「……そうか。見ても残念に思わないでくれよ。長が気を悪くする」



「……そんなに何か変なの?」



「いや……とにかく、見れば納得できるだろうな」



 義景は、少し悩んでいた。店の長、つまり、義景の雇用主は少し変わっている。会わせた時に、問題が起きないか。それを頭で計算していた。そして、自分の所属先が見栄えのするものではない、ということも考えていた。



 石造りの建物が並ぶ街路を、二人は進んでいた。街路は市庁舎まで真っすぐ続いている。都市の行政機関は、その周辺に集まっているのだ。冒険者ギルドの本部も、その中にある。



 義景は、前に見える人々の中に見知った顔を見つけた。相手は、もう気づいているのか、迷うことなく義景の方へと歩いてくる。猫獣人の男だ。長身で、戦槌を背負っている。少々、義景にとっては厄介な相手だった。



「フィン。少し離れていてくれ」



「……どうしたの?」



「厄介なのに見つかった。適当に会話してくる」



 義景はフィンから離れて、その猫獣人の方へと近づいた。猫獣人は、義景に近づくと腰に手をやって、威張った態度で足を止めた。



「相変わらず、地味な仕事でもしてきたか?」



 猫獣人は、尊大な態度で言う。見下すように、義景を睨んでいた。



「ジャック。俺は今、忙しい。後にしてくれないか?」



「吾輩を無視しようと? いつから、おまえはそんなに偉くなった?」



 ジャック――と、呼ばれた猫獣人が不機嫌そうな顔で義景を見ていた。


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