剣と竜


「無視はしていないだろう。単純に忙しいんだ」



 ジャックへ、義景は言った。



「おまえが忙しいようには見えないぞ。大方、いつものように店で酒を呑むだけだろう。吾輩の眼を誤魔化せると思うか?」



「……それに、仕事で疲れてもいる。また後日にしてくれ」



「ははは。おまえがする仕事など、いつも大したものではないだろう。ちまちまと金を稼いでるだけ、違うか?」



「村の警備は大事な仕事だ」



「そうだな。それは否定しない。だが、おまえが崇高な理由でそうしていないことぐらい、吾輩ならお見通しだ。楽にダラダラと金を貰いたいだけだろう?」



 その通りだ、と義景は思っていた。しばらくの生活費。それが欲しいだけだ。義景が冒険者になったのも、身元が曖昧でも金が合法に稼げるから……という動機でしかない。他の冒険者のように、何かに憧れている訳でもない。特別なことをしたいとも、思っていない。



「その通りだが、それを言うのは今更だろう」



「ふん。あんな店にいるから、おまえは腑抜けているんだ。ちゃちな店に、ちゃちな冒険者。吾輩の店に来れば、おまえも少しは立派になれるぞ?」



「……そういえば……昇級したと聞いたぞ、ジャック」



 義景は話題をすり替えることにした。店の話になると、ジャックは更に長く話したがる傾向にあった。あの手この手で、店の鞍替えを提案してくるのだ。



「そうだ。ギルドから八等級への昇級の通達がきた。吾輩は、優秀だからな。十等級のおまえとは違う」



 得意げにジャックは語っていた。



「おめでとう」



「……ふん。おまえに言われても、嬉しくもない」



 そんな会話をしていると、フィンが義景の後ろまで来た。聞き耳を立てていたのか、不機嫌そうな顔をしていた。



「さっきから聞いてれば、気持ちいいこと言うじゃんか。誰だか知らないけど、聞くに堪えないね」



 フィンがジャックを睨みつけて言った。



「……義景、おまえの友人か?」



 ジャックも、不機嫌そうな顔を浮かべていた。義景へと鋭い眼をむけている。



「そんなところだ。忙しいんだ。また今度、話そう」



「……そうか。邪魔をしたな」



 ジャックが言い残すと、足早に立ち去って行く。フィンは、威嚇するようにジャックの背中を睨みつけていた。義景は、険悪な雰囲気になったので、困っていた。



「……意外と、あっさり退くじゃん、あいつ」



「……彼は悪い奴ではない。変なだけだ」



「それ……俺が言うのもおかしいけどさ……擁護になってないよ?」



「そうかな……そうかも」



 フィンが義景の言動を聞いて、声をだして笑った。義景は、なぜ笑いに繋がったのかよくわかっていなかった。単純に、ジャックは悪い人ではない、と擁護したかっただけである。



「あー……面白い。なんか、イラついてたの、馬鹿らしくなったよ」



「それなら、いいが……」



「でも、なんであの人に目をつけられてんの。因縁でもある?」



「……ない。初対面から、あんな態度だった。別の店所属で、接点はほぼないんだが……謎だ」



「ふうん……まあ、考えても仕方ないか」



 義景とジャックの出会いは、突然だった。「おまえが、なぜ等級が吾輩より下なのか。きっちりと教えてやる」と、いきなり声をかけてきたのがはじまりだ。最初から、なぜ自分に執着してくるのか、よくわからない男だった。ただ、尊大な態度をとってくるが、どうにも憎めないところがあり、無理に距離をおこうと思えない。



 要するに、ジャックは変な奴なのだ。そうとしか、義景は思えない。



 街路から路地へと入る。石造りの家屋の間に走る路地は、狭く細く曲がりくねっていた。街路や市場といった主要な場所には、魔法灯――街頭があるが、路地には基本ない。建物からの灯りか、自然の光を頼りにするしかない。日中でも、少し暗い。



「店の場所は、あと少しだ」



 義景は言った。



「そろそろかー、こんな奥まったところにあるんだね」



「ああ、こういうところにしか、構えられなかった……というのが正しいが」



「そうなの?」



「俺は十等級の冒険者だ。その俺しか所属してない。いろいろと察しもつくだろう」



 義景の等級は、冒険者の中でもっとも下の等級だ。下は十等級、上は一等級だ。義景は、まだ冒険者になって一年と少しだ。しかし、普通にやっていれば、九等級になっていてもおかしくない。もちろん、そうならない人達もいるが、そちらの方が少数派だった。



 等級が上がるということは、世間ではその人物の強さの証明だ。何かしらの特技があり、それだけの強さを保証するもの、として機能する。実際、上の等級は戦闘能力が高く、その壁を埋めるのは至難の業だ。



 そういう事情もあるからか、冒険者ギルドとその傘下の冒険者の店は、都市などで大きな発言力を持っている。強い者達が集まっていて、それをギルドや店が管理しているのだ。自然と、その権威は増す。



「義景が、十等級かぁ。もっと、上でもおかしくない気もしてるけど」



「真面目にやれば、フィンならあっという間だろう」



「そうなのかな。それだと、嬉しいけどね」



「上がるとも」



 冒険者の店、剣と竜の建物が見えた。周囲の家屋も、頼りない雰囲気があった。しかし、剣と竜と比較すると、それらの家屋ですら立派に見えた。剣と竜は、二階建てだが、外観は損傷が激しく、老朽化の痕跡が至る所に見て取れた。フィンが、それを見て、目をしばたたかせる。



「あれかい?」



 フィンが、やはり驚いた様子で言っていた。そういう反応になって当然だな、と義景は思っていた。



「そうだ、あれだ」



「なんというか……趣のある佇まいだね」



「貧相だろう」



「あえて、言わなかったのに……」



 フィンが、困ったように苦笑している。実際、だいたいの人はこういう反応をする。義景の予想通りではあった。



「外観こそあれだが、内装は綺麗な方だ。古いけどな」



「そうか、でも、どんなところか興味はあるよ」



 二人は並んで「冒険者の店」剣と竜に入った。中は、外観ほどくたびれてはいなかった。しかし、やはり古い印象を受けた。テーブル席がひとつ、カウンター席がひとつだけだ。ただ、しっかり整理整頓は行き届いており、席は手入れが行き届いている。カウンター席の向こう側に、エルフの女性が一人いた。彼女こそ、この店の長であるソフィアで、義景の雇用主にあたる人物だった。



 ソフィアの見た目を表すなら、若く鋭い……だろう。尖った耳に長い髪をかけている。そして、猛禽類を思わせる眼は、周囲へと油断なくむけられているように見えた。



「……おかえりなさい。お客さんかしら」



 ソフィアが言った。その声にも、どこか鋭さがあった。



「フィンです。義景さんに助けられて、ここまで来ました。お邪魔をしたなら、申し訳ございません」



「いいえ、大丈夫ですよ。それと、そこまで畏まらなくても大丈夫。とりあえず、席に座って頂戴。飲み物を出すわ」



 義景とフィンは、カウンター席へと腰を落ち着けた。ソフィアが水の入ったジョッキを二人分、置いた。



「ありがとう」



 義景とフィンは、ソフィアにそうお礼を述べた。水は、それなりに貴重だ。酒の方が、安上がりなこともあるのだ。客人に対するもてなしとしては、一般的な作法である。



「助けられたってのはわかったけど、義景がわざわざ人を連れてくるのは、珍しいわね」



「そうかもしれない」



「そうよ。助けても、ここに連れてきた人なんて、ほぼいないわ。いえ、いなかったわ」



「ふむ……そうだったかな」



 そうだったろうか。言われてみれば、そんな気もするな、と義景は考えていた。普段なら、適当に別れを告げて終わっていた気がする。なぜ、フィンにはここまでしているのか、義景自身もよくわからなかった。


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