転生冒険者義景、スコップ片手に獣人と行く!
Gonbei2313
第一章 冒険者義景と獣人冒険者のフィン
相棒との出会い
まだ、雪が残っている。
義景は、大きな鋼鉄のスコップを肩に担いだまま、自分の活動拠点である街を目指していた。冒険者としての仕事を終えた帰り道だった。
眼を凝らすと、人影が小さく見えた。街道の側に、横たわっているようだった。雪の白さが、その姿を目立たせている。歩みを進める。生きているなら、助けるべきだろう。義景にとって、それは自然な思考だった。特別な理由は、ない。誰かが苦しんでいるのを放置するのは、単純に夢見が悪い。
近づくにつれて、その姿が鮮明になった。頭から血を流して、雪の上に倒れている。獣人の男だった。犬の耳と尻尾がある。義景は近づき、容態を確かめた。何があったのかはわからないが、とりあえず、息はしていた。今は出血を止めるべきだろう。このままでは、失血死するか、凍死してしまう。
「……どうだ?」
補助魔法のひとつである、回復魔法。それを義景は手を男にかざして使った。周囲の空気が微かに震え、青白い光が男の体を包み込んだ。魔法。前世では、架空の存在。この世界に来た時から自然と知っていたが、理由は分からない。ただ、生き抜くために役立っていた。学べば、使う事は誰でもできる。あとは、慣れだ。
一分と少しすると、彼の傷は塞がったようだった。血は止まっている。義景は手ぬぐいで、血を拭ってやった。ふわりとした柔らかい髪質だった。獣人の毛は、柔らかいとは聞いていた。ただ、想像よりもずっとふんわりとしている。
すぐには、目を覚ましそうにはない。義景は、とりあえず、彼の体を暖めてやることにした。森の近くまで行き、薪になりそうなものを集めた。今日中に、街へと戻る予定だったが、人命の方が優先度は高い。これも仕事の一環のようなものだ、と義景は考えた。冒険者稼業にそのような規則はないが、そういうことにした。
集めてきた木の枝に、魔法で火をつけた。この程度の火なら、義景は専用の道具……杖などなくても、容易に使えた。この世界基準でも、これぐらいはできる者は多い。ただ、魔法は便宜上、魔力と呼ばれるものを消費する。とくに、専用の杖がないと消費量が増えるとされている。
実際、無理をして倒れるのは、魔法を使う者では鉄板の失敗談だ。早々、死にはしないが危険な行為ではある。義景も、理由なく多用するのは避ける。ただ、便利なものは使いたいので、こういう時は使う。
「あれ……」
獣人の男が、しばらくして小さな声をあげた。
「起きましたか」
義景は、獣人の男へと言った。
「……ん?」
義景を見て、獣人の男はしばらく、状況が飲み込めないのか、ぼんやりした顔をしていた。それから、耳がぴくりと動き、警戒するように義景を見ていた。
「あ」
獣人の男が、上体だけを起こす。頭に手をやって、傷を確かめるように手を動かしていた。傷を負っていたのを、思い出したらしい。
「あなたは、傷を負って倒れていたんですよ。見たところ、もう大丈夫そうですね」
義景は言う。
「感謝します……きっと、あなたが助けてくれたんですね」
「そうなりますね」
「命拾いしました」
獣人の男が、頭を下げて感謝を述べた。
「野盗か、魔物にでも襲われましたか」
「魔物に。少し、油断したみたいです」
「そうですか。今日は、ここで野営していくつもりです。そろそろ、夕方に差しかかります。あなたは、どうしたいですか?」
「自分は……そうですね。自分も、ご一緒しても良いですか?」
「ええ、構いませんよ」
二人で焚火を囲んで、しばらく、互いに無言だった。焚火のはぜる音だけが響く。そして陽が弱くなり、次第に夜の気配があたりに漂いはじめた。義景は、マントで身をくるんで、少しでも体の熱を逃がさないようにする。フィンは、獣人らしく寒さも平気なのか、平然としていた。
「……くだけた口調で話しても良いですか? ちょっと慣れない」
フィンがそう言って、笑みを浮かべた。はじめて見せる笑みだった。人懐っこい雰囲気がある笑みだ。
「ええ、どうぞ」
「ありがとう。たぶん、魔法を使って助けてくれたんだよね?」
「そうなりますね」
「やっぱり、本当にありがとう。感謝するよ。純粋に助けてくれたんだね」
フィンがまた笑みを浮かべた。無害そうな、そんな笑みだ。助けてもらえたことを、喜んでいるようだった。このご時世、荒んだ人もよく見る。人が倒れていても、面倒だと助けない人もいる。何かしら、面倒なことに巻き込まれたくない、という思いも強いのかもしれない。
「気まぐれです。あまり、深く考えないでください」
「そうだとしても、助かったよ。君も、くだけて話してくれると話しやすいな」
「……そうか。遠慮なく、そうしよう」
義景は、夕食の準備をはじめた。干し肉と水を鍋に入れて、熱する。しばらくすると、拳ぐらいの肉が子供の頭ぐらいの大きさになる。その肉を取り出して、義景は腰袋から香料を出す。その肉へ振りかけた。フィンが、不思議そうにその様子を眺めていた。
「それは、なんだい?」
「これを振りかけると、ただの肉も美味くなる」
「ふうん。貴重なものなんじゃないの?」
「いや、これは、俺が作ったものだ。さほど、貴重ではない」
「へえ……」
義景から差し出された肉に、フィンはがっついていた。お気に召したようだった。もしかしたら、何日か食事にありつけていなかったのかもしれない。
「めちゃくちゃ、美味い。この不思議な刺激が、良いな」
フィンは一気に食べ終えると、驚いたように声をあげた。
「それは良かった。これは、俺が試行錯誤を重ねたものだ。気に入ってくれて、幸いに思う」
「本当にすごいな。どこかで買えないのかな」
「あいにく、俺以外でこういうのを作ってるやつは知らないな」
「じゃあ、君から買おうかな」
「まあ、欲しければ売ろう。ただ、今日は休もう」
義景とフィンはその日、そのまま眠りについた。時々、起きて火に薪をくべた。いつ襲撃されるかわからないが、寝る時にしっかりと寝ておくのも大事だ。それに、夜はひどく静かだ。何か気配や音がすれば、二人ともすぐに起きられた。
自然と陽が登ると二人は目を覚ました。朝はまだ冷える。義景は焚火に近づいて、体を暖めた。フィンも同じくそうしていた。
「俺は、ヴァルハルトにこのまま帰る。あなたはどうする?」
義景は、フィンへと訊ねた。
ヴァルハルト。
義景が、活動拠点としている城塞都市だ。交易の中継地として栄え、活気がある。冒険者も多く集まっていて、この地域では一番大きな都市だった。
「ヴァルハルトか。実は俺、冒険者になろうと思っていて、そこを目指してるんだよね」
「そうか。じゃあ、道は同じだな」
「一緒に行っても良いかな?」
「どうぞ。止める理由もない」
二人は歩きだした。渇いた少し冷たい風の中を進む。街道は、古びた石畳がところどころで見られ、でこぼこしている。街道は多くの人が、別の街へと行き来するために使うが、国の手はここまで行き届かない。それもあって、野盗や魔物の被害も絶えない。しかしそれでも、人は移動をやめない。その理由は、様々だ。人によって、違う。
「見ていて思うけど」
フィンが不意に口を開いた。目がしっかりと合うのを、義景は感じていた。
「君は、不思議な眼をしている。水底のような、暗い深みがある」
義景は何も言わずにフィンを見つめた。時々、そう言ってくる人がいる。何故、そう感じるのか。それは、本人たちもうまく説明できなかった。
「何故、そう感じる?」
「なんでだろうね……俺にも、よくわかんないや」
フィンが、にっと笑みを浮かべた。人の好さそうな笑み。昔から知っているような、そんな気分にもさせられる。しかし、昨日会ったばかりだ。完全に、心を許すのは、まだはやい。
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