きっと、最後の恋

佐伯エル(ひな。)

きっと、最後の恋







守れなかった約束がある。


大事に大事にはぐくんで、幸せの中で二人で選んだ選択を無にしてしまったことが。




「―――…」



ふと呼ばれた気がして振り向いた。


左右を人が忙しく通り過ぎていく。街中の喧噪が聞こえてくるだけで何もなくて、気のせいだったともう一度歩き出そうとしたとき、頭の上から音楽が聞こえた。


吸い込まれるようにその大型ディスプレイを見上げる。まるで縫い付けられたように音楽が終わるまでそこから動けなかった。



「っ」


「あ、ごめんなさい」


ハッと我に返ったのは、後ろから歩いてきた女の子のカバンが背中に当たった衝撃だった。


こちらこそ、とぺこりと頭を下げて歩き出す。



もう大型ディスプレイは違う企業CMが流れていた。









『好き』


『大好き』



今でも耳に、目に、記憶に残っている。


はにかんで、嬉しそうに目を細めて。恥ずかしいからといってもずっと見ていたいと、その瞳は私から離れなかった。それが私も、嬉しかった。


一途で優しくて、会えば好きだって目で、表情で、しぐさで、言葉で、どんなに照れながらでも伝えてくれた。



『ずっと一緒にいよう』



そっと壊れないように触れる体温と、愛情にあふれた視線と声音。


心がくすぐったくなるようなほわほわと暖かい、優しくて大きな愛はいつだって疑いのない安心感をもたらしてくれた。





まっすぐに気持ちを伝えてくれて言葉でも行動でも示してくれた誠実な人。




『他に大事なものなんてない』


本気でそんな言葉を言いきってしまう彼を先に信じられなくなったのは、私だった。



ぬるま湯につかるような穏やかな学校生活の中で私と彼は関係を築いたけれど、大きな世界に羽ばたこうとする彼の変化が大きすぎて私が耐えられなかった。



彼は、変わらなかった。けれど周りが大きく変化して、優しかった世界は凶器を向けてくる敵に変わった。



子供だった私たちは何もできなくて、どうしてもお互いを傷つけるようになってしまって、彼の夢が私のせいで壊れることを悟って、もうムリだと思ったことが私たちの最後だった。



絶対に別れたくないといった彼の目から涙がこぼれたのを覚えている。



絞り出すようなかすれた悲鳴が耳を引き裂いて、激しい慟哭が胸に突き刺さった。


泣きたかった。別れたくなかった。

でも、最低な私は別れることで自分の心を守ろうとした。








「……」


吐き出した吐息が白く染まる。冷たくなった指先を包んでくれる大きな手はもうない。



階段を駆け上るように有名になって、露出の場が広くなって自然と目に入ってくるようになって、どんどん距離の離れていく姿を見るたびに、昔の選択は間違っていなかったと自分を慰める。


それでも夢をかなえて成功している彼を見て幸せだと思う。




許してくれなくていい。恨まれていてもいい。ただあなたを遠くから見て、夢の世界で生きるあなたを見守っていられるだけでうれしい。



「幸せだったって思ってくれていたらいいな……」



もう戻ってこない日々。


二度と交わらないふたりが隣にいた瞬間。


私にとって何よりも輝いていた時間を、同じように思っていてくれたら。



―――それだけで、私は今も昔も幸せ。

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きっと、最後の恋 佐伯エル(ひな。) @eru_saeki

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