第004話 『いばら姫のいばらの棘』

「着いたな、2人とも気を引き締めてくれ」  城門は高い鉄製のフェンスがずっと続いていた。  中が確認できたがフェンスの中は木が生い茂っている。ただ、誰かに見られている視線をずっと感じていた。 「見られてるな、植物共に」 「まさか…」  2人はそこでようやくわかった。見られていたのは植物からなのだ。  ここに入らなければならない。2人はそれでも覚悟は決まっていた。  何よりも城の城門の近くに来ただけで圧を感じる。まだ見えてすらいないが、この敷地内は植物王がいる場所なのだ。  《植物王:いばら姫》  数々の冒険者を栄養分にした植物の王。今からその魔物のいる範囲へ入るのだ。普通なら自殺行為、だからこそ2人は真剣な目付きに変わる。  入口は誰かが中に入ったのか少しだけフェンスの門が開いている。 「じゃあ行くぞ」 「えぇ、参りましょう!」 「おう!」  3人はフェンスの門の中に入った。  《いばら姫のいばらの棘》を入手する方法はただ1つ。  そのいばらに生えている棘を断ち切ること。  しかし、熟練の冒険者であっても傷1つ付けられない。  ただ、他の方法がある。いばらとその棘が生えている部分に向けて数時間かけて炎属性の魔法を使って棘が取れるまで炙り続けて採取する。  その方法でとれた棘の質は炙ったためとても悪い。今回のような"呪い"の解呪には適さない。  また、基本的に不可能であるため、実行されたことはほとんどない。  その理由は……………  3人は意を決して中に入る。入ったと同時に植物が襲ってくる。 「マンドレイクだな」  現れたのは大きな食人植物だった。大きな口を開けてこちらを威嚇する。 「ファイアボール炎の玉を飛ばす魔法!」  火の玉を食人植物へとぶつけると叫びながら焼死する。縄張りに入るなと言わんばかりに次々出てくる魔物を何とか倒していく。  麻痺毒を噴射するマヒレシアやステーキなどご馳走を餌に人を釣るヒトマチソウ――様々な食人植物が出てくる。 「炎属性の魔法で取る方法は不可能ですね。これだけ食人植物が出るなら時間を使うことは出来ませんから」  魔力が枯渇する。そして疲れも見えてくる。 「すみません、もう魔力がそろそろ底を尽きます」  オーウェンは汗をかきながらそのことを伝えると、ルースは任せておけと返事をした。  ダレンはその2人を見てアイテムを渡す。小瓶に入ったポーションだった。紫色のポーションを受け取った2人は直ぐに蓋を開ける。 「これを使ってくれ。少しでも回復するから」  すぐにオーウェンはアイテムを口にすると同時に魔法を使う。 「凄いですね、すぐに魔力が満タンになりました」  魔力の回復、加えて威力も増している。 「あぁ。今は集中して炎の魔法を使ってくれ」  ダレンは内心思っていた。3人では厳しい。そのため、詠唱を行う。  《空間武器庫ウェポンスペース》  ダレンの横に亜空間が現れる。 「ダレン殿、それは…?」 「空間魔法。《古代魔法》だがな」  その空間に手を突っ込み、引き抜くとその手には刀が握られていた。 「《月齢刀げつれいとう》」  月齢刀・・・その刀は藍色の鞘。鮮やかな刀だった。 「ふぅ…」  刀を抜刀すると刀身が露になる。刀身もまた、綺麗で吸い込まれるように美しい藍色だった。 「ダレン殿、それは?」 「これは刀。剣とは少し違うが斬れ味は抜群だから心配ない。それにこいつらを舐めてかかると痛い目にあう」  一歩踏み出し、斬りかかると食人植物は真っ二つに分かれた。 「なんって斬れ味だ!」 「ルース、話している暇はないぞ」  ダレンとルースはそれぞれで敵を斬りながら奥へと進む。襲ってくる食人植物は進む度に多くなり、凶暴化していく。 「離れろ!」  マヒレシアの花粉が舞うと共にダレンは片手を突き出し、魔法を詠唱する。 「フリーレ風の魔法!」  吹き飛ぶ花粉、そしてダレンはマヒレシアに向けて刀を抜刀する。 「始月しげつごく」  刀を振り下ろした場所の空間が歪む。と同時に空間からマヒレシアを吸い込むように風が流れる。 「これは…ダレン殿!」 「俺の刀は斬った箇所を異次元に繋げる。吸い込まれたら何処に行くのか俺も知らない」  そのままマヒレシアや他の食人植物がその亜空間に吸い込まれていく。そして、先程"フリーレ風の魔法"で吹き飛んだ花粉も吸い込まれる。 「終月しゅうげつごく」  ダレンは亜空間に向けて刀を抜刀すると同時に亜空間は勢いよく閉じて無くなる。 「こんな、こんなことがあるなんて…」  ダレンは刀を納刀する。 「敵はまだいる。今のままでは間に合わない、急ごう」  ルースとオーウェンは驚嘆し、ダレンの後ろへついていく――  ♢♦ 「ダレン殿、《いばら姫のいばらの棘》はどこまで行けば手に入るのですか?」 「もう少し先だ、《いばら姫のいばら》が現れれば取れる」  そのまま進んでいくと雰囲気が変わった。夕方、日も堕ちる時間帯。森の中は薄暗く、より一層気味が悪い。 「ここから先はやばい」  最初に呟いたのはルースだった。そう思ったのは"いばら"が現れたからだった。  太く大きないばらが城の方へと続いている。まるで木の根のように。  先程まで襲ってきていた食人植物達でさえ、その"いばら"には一切近づいていない。  食人植物は理解しているのだ。この"いばら"には近づいてはならないと。いばら姫の"いばら"なのだと。そして、そのいばらが続く奥には先程戦っていた食人植物よりも強い食人植物達がうようよといる。 「もしかしてこれが…」 「あぁ、その通りだ」  ダレンは見たことがあるように話をする。 「そこら中にいばらが沢山あるだろう。それが全ていばら姫のいばらだ」  濃緑のいばらがそこら中にある。城の方へと伸びている。 「あれが"いばら"だって?ほとんど木と同じじゃないか。あんな太い…木の幹のような"いばら"を容易く扱うのか、《いばら姫》は…」 「初めて見るなら驚くのも当然だ」 「ダレン殿、この"いばら"をどのようにして取るのですか!」  オーウェンがダレンに質問する。その間にルースは驚きと宝を見つけた少年のような顔でいばらを見つめる。 「つまり、これを…」  ルースは思いっきり剣を振り上げる。  このいばらを持ち帰ればシュエルが助かる。なら、善は急げだ! 「止めろ!」  その言葉は遅かった。  剣がいばらに当たった瞬間────無数のいばらの棘が伸び、ルースの身体に突き刺さる。 「うっ………」  遅かった――  ダレンはルースの方へと移動する。 「大丈夫か?」 「ッぐ……うっ」  痛みで声もあげられないというところか。  ダレンは突き刺さった棘を取ろうとするも全く動かない。 「既に内部に侵食を始めている。ルース少し痛むぞ」  《いばら姫のいばらの棘》攻撃を受けた瞬間その方向に向かって棘を何本も伸ばし反撃する。そして、突き刺さったところから侵食するように棘が成長を始め、骨すらも砕き、身体を内部から壊す。  普通のいばらであればそんなことは無い。ただし、《いばら姫のいばら》であれば別だ。  幸いここは植物王の城から離れている。そのため、侵食の速さは遅い。いばら姫に近づけば近づくほど速くなる。  やむを得ない。アレを使うか――  ダレンは右手の黒の革手袋を外す。  その手は普通の人間の手だった────今はまだ。 「炎の手バーン・トゥ・ダウン」  その言葉を発した直後、ダレンの右手から炎が激しく燃え盛る。音を立てる手を見てオーウェンの目が驚きのあまり開く。 「ダレン殿、一体何を!それになんですか、その力は!」 「オーウェン、近づくな。ルースは助ける。周りの食人植物を倒してくれ」  オーウェンは言われた通り魔法で食人植物達を撃退していく。 「頼みますぞ」  燃え盛る炎を纏った手をルースの身体に触れた瞬間、ルースが炎を纏う。と、同時にルースが叫ぶ。 「ウァァォアアアァァォォ」  燃え盛る炎が身体を蝕んでいる。炎が身体中から溢れ出す。 「頼むぞ、もう少しだ」  時間をかける。それしかいばら姫のいばらの棘は完全には燃え尽きてくれない。 「時間との勝負だな」  そして、回復薬を無理やりにでも飲ませながらルースに《炎の手バーン・トゥ・ダウン》を使う。 「あっ……」  数十秒後ようやくルースの叫び声は止む。 「気を失ったか、仕方ない」  ダレンはそのまま右手で触れながら、口でひ左手の手袋を外して呟く。  《吸収することのアブできる魔手ソーブ》  ダレンの左腕が悪魔のような腕になる。どす黒く、何よりも歪であり、見ただけで悪寒がする腕。それは正しく悪魔の手にふさわしい。  オーウェンはその腕を目にした瞬間すぐに目線外した。それは目で見れないほどに嫌な感じがしたからだった。 「ルース、大丈夫だ」  その魔手でルースへ触れる。その瞬間、大きな音と共にルースの燃え盛る炎が魔手に吸収するされるように消えていく。そして、傷すらも無くなっていく。  そして、ダレンの左腕が元の腕に戻った瞬間、ルースは何も無かったかのように起き上がる。 「何が起こった!?」 「ぐっ…ルース、立てるか?」  ダレンは凄まじい汗をかきながら、立ち上がる。 「オーウェンはそのまま攻撃を頼む。ルース、起き上がって加勢してくれ!俺がいばら姫のいばらの棘を採取する」  ルースは何が起こったのか分からなかったがそのままダレンの言うことに従った。 「これで大丈夫だろう、それよりも…」  目の前にある太く長い"いばら"。この"いばら"は並大抵の冒険者では傷1つ付けられない。  だが、ダレンは違う。 「久々に使うな――」  元に戻った両手を見てダレンはギュッと手を握る。  《勇者の手ブレイブ・ブレイズ》  ダレンの両手が光り輝く。それを2人は見つめていた。集まってくる食人植物を倒すことが精一杯だった。それでも尚、その手を見つめる行為の方が最前となった。  その姿はあの勇者が如く、勇敢であり、そして敬意を示したくなるような────  《空間武器庫ウェポンスペース》  亜空間から剣を手に取る。そして、いばら姫のいばらの棘に向けて剣を下ろす。  ルースが振り下ろした時とは違い、"いばら"自体が斬られたことを認識出来ないように全く反応しない。棘が反撃することなく斬り落とされる。 「断ち切れたか」  大きな"いばらの棘"を断ち切ったダレンは膝を地に着いた。 「力を使いすぎたか………。2人とも、終わった。さっさと帰るぞ」  ふたりはその声に反応して駆けつける。そして、いばらの姫のいばらの棘を手にして立ち去る。 「悪いがもう力が残ってない。あとは頼む」  その間に襲ってくる食人植物達を何とか退けながらようやく高いフェンスが見えた。 「ごこぉぁあぁぁ」  飛び出してきたマンドレイクに向けてオーウェンは杖を振るう。 「ファイアボールッ炎の玉を飛ばす魔法!」  赤く光る火の玉が勢いよく放出される────  当たった瞬間、マンドレイクが弾け飛ぶ。 「よし、あと少しだ!」  そして3人はフェンスから外に出て直ぐに門を閉めた。  汗をかき、オーウェンとルースは息を吐いた。 「終わったんだよな」 「終わりですか?」  その言葉にダレンは答える。 「終わりだ」  ようやく3人は目的を完遂した。 「これで、これでシュエルは助かるんだな!」  その言葉を遮るようにオーウェンが口を開いた。 「それよりも、あの力はなんですか。ダレン殿、ルース様を助けた時の炎を纏った手とあの悪魔のような手、最後の勇者のような手は一体…」  すると、ダレンは口を開く。 「あれは、俺に備わった能力だ。天からの…いや神からのギフトとしか言えない。解除師としての力では無い。俺は……いや、なんでもない」 「言えないこともあるだろう。オーウェン、今はやめておけ」 「そうですね、とりあえず帰りましょう3人で!」  3人はそのまま歩いて目的地へと向かう。まだ何も解決はしていない。シュエルの《いばらの呪い》を解呪しなければ何も解決はしないのだ。 「あぁ、そうだな」  3人は話をしながら帰った。それぞれの生まれや関係、そして思い出を話しながら。

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