第二章 ポンロボと少年たち 竜と出会う 荒野(『異世界ポンコツロボ ドンキー・タンディリー(2)』)

紅戸ベニ

第1話 センパイは金ピカゴリラ

 空から落ちてきてから五日目の朝がおとずれようとしています。

 オアシスの空はまだ暗く深い海のような色です。東の空には白んだ光が広がって、星がちらちらとまたたいていましたが、それもやがて消えていくでしょう。

 ――地球とそっくりな、けれども故郷の惑星ではない大地。

 五人の小学生の男女と、十五歳の少女、あわせて六人が、滞在たいざいしています。

 バノは自分たちの痕跡こんせきを消すために魔法であちこちのにおいや小さなゴミを処理しています。岩山のくぼみにつくられた野営地を、できるだけ無人の状態にもどすのです。

 その作業をしながら、仲間たちにこのオアシスの正式な名前を教えました。

「ここはホサラオアシスと呼ばれているよ。大国ラダパスホルンの中心地から数百キロメートル離れた、三番目のオアシスだ」

 トキトが荷物をまとめながら言います。

「ここ、ホサラオアシスっていうんだな。ヘクトアダーの縄張なわばりで危険だったけどさ。たぶん、人間も利用していただろ。旅の途中で水や食料を補給する場所にちょうどいいから」

 六年生のトキトは、おじいさんと野山をかけまわって過ごしてきました。その経験で言っているのでしょう。

 同学年女子のウインが同意の言葉を続けます。

「物語でも、水辺にはたくさんの動物が集まってくるよ。危険なワニがいるところでもね。このダッハ荒野だって、きっと同じ。水を補給するのには最適な場所だよね」

 たしかに、水は旅に欠かせないものです。オアシスがあるからこそ、砂漠や荒野を越えることができるのでしょう。

 怪獣好きの四年生男子、アスミチが明るい声でこたえます。

「そうだよね。ぼくたち人間は言葉で仲間に危険を伝えることができる。ヘクトアダーがいるから気をつけて、って伝わっていれば、安全に水を利用できそうだよ」

 カヒも、掃除そうじの手をちょっとだけ休めて、言います。彼女はアスミチと同じ四年生の女子です。

「遠くから見て、ヘクトアダーがいたら、近づかない。いなかったら水を……ダッシュして、くんで、ダッシュして、逃げる!」

 腰を落としてバケツで水をくむような動きをしたあと、腕を前後に動かし、逃げるジェスチャーです。

 五年生のパルミが笑ってカヒの動きに加わります。

「だよね、カヒっち。六十メートルもあるおおうわばみだもん。やべ、ヘクトアダーいるじゃん、ダッシュ逃げ! おっ、ヘクトアダーいなくなったじゃん、ダッシュ近寄り、倍速水くみ、ダッシュ逃げ、ピュー!」

 カヒよりもさらに早い動きをしました。

 ふわふわと空中に浮かぶぬいぐるみのようなものが、会話に加わります。ハート型をしたバスケットボール大のビーズクッションのような外見の精霊、不思議な生き物のハートタマです。

「おっ、オイラも思い出してきたぜ。キョーダイたちが来る前は、オイラも花のみつを吸う、急いでこの岩山にもどってくる、みたいにしてたな」

 ピッチュと呼ばれる精霊は、記憶力がヒトとずいぶん違うのでした。自然界のことは覚えているのですが、ヒトのことや、自分の過去については、あまりちゃんと覚えていないことが多いのです。

 ふたたび最年長で十五歳の少女・バノが、口を開きます。

「私たちのふるさとの地球だって、山で水を手に入れようとすればクマだのイノシシだのに出くわす危険がある。そういう意味ではここも同じだね。とはいえ、この場所は定住には向いていない。ヘクトアダーに追われる体験をした私たちは、骨身にしみてそれがわかっている」

 バノは女子なのですが、大人の男性のようなしゃべりかたをします。

 仲間たち、子どもだけの六人が、大蛇のモンスター、ヘクトアダーに襲われ、戦ったのはわずか昨日のことでした。ドラゴンにきわめて近い生き物は全長六十メートルもの巨体で、ヒトをも丸呑まるのみにしてしまう獰猛どうもうな敵でした。それに襲われた記憶がバノの言葉で呼び覚まされます。

 アスミチが想像して、身を震わせました。

「ううっ、水くみはできるけど、ここに定住は、無理だね。いつか食われちゃうよ」

 すぐにトキトがそれに答えます。アスミチもわかって言っていたことでしょう、このオアシスで定住、つまり生活していた人がいたからです。

「だから、この野営地で暮らしていたセンパイは、すげえよな。なんでここに居着いつこうと思ったんだろうな……」

 このオアシスに長くとどまれば危険が増すだけです。だのに、大人が一人、いたのです。子どもたちがやってきたときには、いなくなって何年も経ち、ただ野営地が残っているだけでしたけれど。

 センパイは、相当、特殊とくしゅな存在だったに違いありません。

 バノが持ち前の思考力をふるって、考えを伝えます。

「そう、センパイだけはこの野営地で長い間、おそらく何年間も暮らしていた。ヘクトアダーがいるとわかっていたはずだ。ということは、ヘクトアダーがいるからこそ、ここを選んで住みついていたと考えるべきだよ」

 片付けは進み、あとはセンパイの野営地から持ち出すものを選ぶだけとなりました。

 さきほどバノは、「このあと荒野に旅立つと、ドラゴンと遭遇そうぐうするかもしれない」と仲間に伝えました。彼女の推理に仲間は信頼を寄せています。だからウインもこう言うのです。

「ここを選んだって言ったよね、バノちゃん。危険なのに選ぶって、どういう事情なんだろう?」

 バノの考えを「おかしい」とか「矛盾むじゅんしている」とは言わないのでした。かならずバノという十五歳の少女の考えには理由があるとウインも、仲間たちも思っているのです。

「聞かれたからには言おう。私の推測だよ? 当て推量だよ? けれど、理由があるとすれば、私ならこれしか考えられない」

 ウインより前にぐいっと体ごとバノのほうに出てきた者がいます。アスミチです。今から言おうとしているバノの推理が気になってしょうがないのでしょう。知的ちてき好奇心こうきしんかたまりのアスミチです。ウインはしょうがないなあ、という笑いを浮かべて、場所を彼にゆずります。

 バノは仲間たちに言いました。

「センパイは、なにものかに追われていた。ヘクトアダーという世界最大級の危険のいる場所が、センパイにとっては安全な場所だったんだ」

 トキトがはっとしたような顔になり、

「そうか。追いかけられて逃げこんだ。そして出ていけば見つかる。そういうことなら、わかるぜ」

 と感心した気持ちを声に出して言うのでした。ほかの仲間も同じように納得顔です。ただ、パルミが混ぜっ返すようなことを言いました。

「逃げてここにいるしかなかったっちゅーのは、わかるにゃあ。でもさ、そしたらセンパイってば、おたずね者とかだったのん? なんか悪いことして、逃げてきたんかなあ……それ、あたしは、あんまりうれしくない事情なんだけどさ」

 カヒがすぐに反応しました。

「え、センパイが犯罪者とか、いやだよ」

 バノはカヒを安心させるように、おだやかに言います。

「カヒ、そしてパルミも、ほかの子も。追われていたと私は言ったが、悪いことをしたとか、思っているわけじゃないよ。君たち、忘れてないかい? 自分たちもセンパイと同じような状況だってことを……」

 すぐにパルミが、声を大きくします。

「あっ、そーじゃん、そーだったじゃん。あたしたちもベルサームとラダパスホルンっちゅー国から逃げてるとこじゃん。あたしパイセンに失礼なこと言っちゃった。パイセン、無罪! 無人むじん裁判所さいばんしょ閉廷へいていー!」

 おもしろおかしい言い回しにアスミチがコメントします。

「無人裁判所ってすごい仕組みだ! じゃなくて、パルミ、ぼくたちは完全に無罪かどうか、なんとも言えない感じじゃないかな? だってぼくたち……」

 そう言って言葉がしりすぼみになってたところを、ウインがぎました。

「私たち、ベルサームから脱出するとき、新兵器の甲冑かっちゅうゴーレムを、うばってきちゃったもんね。だからベルサームに見つかりたくなくて、できるだけ誰にも見つからないように地球に帰ろうと考えているんだもんね」

 年上組のウインの発言で、トキトがまとめようと思ったようです。

「だよなー! 俺たち、そういうわけで、地球へのゲートを開く道具、ダロダツデーニを求めて、ここを出発するっていうわけだぜ。片付け、だいたい終わりそうだよな?」


 センパイの残してくれた野営地は、すっかり物が減り、出発できそうになりました。

 最後の片付けをしていると、カヒがしゃがみこんで動かなくなっていました。なにかをじっと見つめています。バノを呼びたいようです。

「大きなつぼに、文字みたいなのがある……バノなら、わかる?」

 このとき、センパイの残した文字が見つかったのでした。

 カヒの発見に、仲間たちは興味を引かれ、次々と集まってきました。壺は野営地の片隅かたすみに並べてあり、表面にうっすらときざまれた記号のようなものが見えます。

 バノはカヒのそばにひざをつき、壺に顔を近づけました。

 指先でそっと表面をなぞると、ざらついた感触がありました。

「ラダパスホルンの文字とは違うな……だいぶ薄れていて、よくわからない」

 バノは「気になるね」と言い、魔法を使って判別できないか試そうとしているようです。

 ちょうどそのとき、一緒に壺をのぞきこんでいたパルミが、ぱっと顔を上げて大声をあげました。

「アルファベットじゃね? ほら、大文字でKから始まって、途中はわかんないけどさ!」

 発見者のカヒも、目を細めてじっと見つめると、かすかに読める文字があるような気がしてきました。

「パルミ、そうかも。Gと、Rが見える……気がする」

 バノは魔法を中断します。カヒとパルミの言葉に、ウインやアスミチも興味を持って壺に近づきました。顔がいくつもおしくらまんじゅうのようにぎゅうぎゅうしながら壺を囲みます。

「そう言われると、そう見えるね」

 とウインもパルミに賛成のようです。

「KGR? どれも子音しいんだね……当てはまる単語がいくらでもありそう」

 アスミチは物知りなところを見せて「子音」という言葉を使いました。

 「子音」というのは、たとえば「MANGA(漫画)」という単語におけるMやNやGのような文字のことです。反対に、「AIUEO」のような音を「母音」と言います。

 パルミが髪の毛をもしゃもしゃしながら小さく叫びます。

「アルファベットは二十六文字もあるじゃん! 消えている文字が三つだけだったとしても一万七千通り以上の可能性があるよ。AIUEOだけにしぼっても百二十五通り」

 パルミはしゃべり方はふざけ半分のようなときが多いのですが、算数が得意です。仲間たちは、パルミの計算の速さにいつもおどろかされるのです。

「計算、ほんとに早いね、パルミ」

 アスミチが感心して言いました。

 パルミの国、日本では、生活でも学校での授業でも、日本語を使っています。けれども小学生のうちから英語の授業があります。彼女にとってアルファベットの計算はお手のものだったのでしょう。

 そんななか、トキトがひとつ文字を当てはめて考えてみたようです。

「んーと、とりあえず全部Aがついているとして、KAGARA……カガラってどんな意味?」

 アスミチが答えます。六年生のトキトに、四年生のアスミチが言うのが失礼にならない言い方で、

「たぶん、その単語は存在しないんじゃないかな。英語とは限らないけど」

 と事実だけ指摘したのでした。

 カヒが知っている英単語を思い出し、顔を上げました。

「KとGがつく英単語って……KING(キング)とか? 王様っていう意味だよね」

 すこしの時間、センパイの残した文字当てのクイズ大会のようになりました。

 ウインは内心で思います。

 ――出発は急ぎたいけど、ちょっと時間を使ってもいいよね。センパイの情報は、必要だし、お世話になった相手だし。

 カヒの言葉に、トキトがすぐに反応しました。知っている言葉から選んでいくというやり方に気づいたようですね。

「それならコングってのもできそうじゃね? コングってなんだ、ゴリラ?」

 その発言に、バノが口を開きかけましたが、アスミチがバノに気づかず、わずかな時間差で説明を始めます。

「ゴリラという意味はないんだ。コングも王様っていう意味だよ、デンマーク語で」

 そして、得意げに続けます。アスミチは知りたがりの、言いたがりなのでした。

「ゴリラの怪獣映画のキングコングという固有名詞もあるけど、ここでのコングは新しくつくった言葉なんだって。地名では香港のつづりにもコングが入っているよね」

 勢いよく言い切りました。アスミチは満足げです。怪獣好きの彼は、以前から「コング」という言葉について調べたことがあったのでしょう。

 しかし、その間にバノも口を開こうとしていたのです。

「アスミチの言う通り」

 バノは、せっかくだからアスミチに負けじと、うんちくを語ることにしました。彼女はアスミチをちらっと横目で見てから言います。アスミチは「バノからどんな話が聞けるんだろう」とわくわく顔でした。バノは安心して口を開きます。

「Kがつく王という意味の言葉はドイツではケーニヒ、トルコではクラルと言う。Kではなくなるけど、ラテン語ではレックス、フランス語ではロワになるんだよ」

 その説明を聞いて、パルミは楽しそうに混ぜっ返します。

「KGRでキングコング・恐竜レックスかもー? ゴリラと恐竜の合成怪獣、がおー!」

 おそらくパルミはレックスという単語から、恐竜のティラノサウルス・レックスを連想したのでしょうね。

「たしかにRは入ったけどさ、パルミ。KとGが二回使われてるじゃん」

 トキトがツッコミを入れると、カヒが真面目な顔でつぶやきました。

「それじゃあ王様のゴリラで、キングゴリラ……」

 その言葉を聞いた瞬間、仲間たちの頭の中に、王冠をかぶったゴリラの姿が浮かびました。

 ウインはカヒが真剣に考えたようすで言うのがおかしくて吹き出します。笑ってしまったことをごまかすために、早口で情報を整理するのでした。

「ぶっ。あ、そうそう、センパイが地球の文字を知っていたとして、地球人だったとしたらおもしろいね。あと、持ち物には自分の名前を書くのがいちばん自然かな」

 カヒは、ウインが笑ったことを気にする様子もなく、真剣な顔で続けました。

「王様がダメなら……金ピカゴリラ」

 彼女がそう言ったとたん、仲間たちの頭の中には、今度はまばゆい金色に輝くゴリラの姿が浮かびました。

「ウッホホー? カヒっち、ゴリラ思考から抜け出せなくなった?」

 パルミがへんな声を出しながらツッコむ前に、すでに仲間たちは笑い出していました。

 トキトがカヒの肩をぽんぽんと軽く叩き、笑いをこらえながら言います。

「ぷふ……俺がゴリラって言ったせいだよな、カヒ。でも、たぶんゴリラは間違い……」

 アスミチは遠慮なく声を上げて笑っていましたが、突然、なにかがひらめいたように表情を変えました。

「あれっ? 金ピカゴリラ……ちょっとだけドンキー・タンディリーに似てるかもって思っちゃった」

 ドンは人間よりも手足が太く、頭も胴体に埋もれているような形をしているため、よく見ればゴリラに近いシルエットに見えなくもありません。

 その会話を聞いていたドンが、イワチョビの体を使っておどろきを表現しました。小型のゴーレムであるイワチョビは、小学校に上がりたての子どもくらいの背丈です。それが、全身を大の字に広げた姿勢でくるっと回って「おどろいた」と言います。じっさいには声ではなく思念を心に伝えてくるのですが。

「ええーっ、ボクが金ピカゴリラ? ゴリラってロボットのことなの?」

 トキトやカヒが「ゴリラ」という単語を連発していたせいで、ドンは勘違いしてしまったようです。ウインがあわてて訂正します。

「違うの違うの! ゴリラはね……」

 仲間たちは、ドンにゴリラという生物の説明をしながら、誤解を解くことになりました。

 そんなコミカルなやりとりを終えたあと、みんなで改めてセンパイの残した文字を探すことにしました。道具類や壁に他の記録が残されていないか確認するのです。すぐにでも出発したいところですが、センパイの謎となれば話は別、と全員の意見が一致しました。

 ウインはかまどの周辺にある食器をていねいにひっくり返しながら言いました。

 四日間使わせてもらった野営地ですが、器の裏側までは調べたことがありません。もしかしたら文字がもっと見つかるかもしれないのです。

「センパイのおかげで生き残れたんだもん。名前がわかるなら、知っておきたいよね」

 トキトとアスミチの二人は、野営地の外側の壁を調べ始めました。

「表札みたいな感じで名前を岩に書いてあるかも」

 アスミチの思いつきからでした。

 そんななか、バノは照明魔法を灯しました。淡くやわらかい白い光が、野営地全体を包み込みます。それはまるで勉強机の上にあるランプのような、安心感のある光でした。

 その光景を見たパルミが、感心しています。

「ひえー、昨日の夜にも見たけどさあ、魔法はランプにもなるんだねえ。魔法のランプだね、あら、ジンが出た! なんて」

 とパルミらしくジョークが混じっています。

 バノはもちろん、アラジンと魔法のランプの話を知っていましたが、そのことには触れず、落ち着いた声で答えました。

「これくらいは、術者の初級の魔法さ」

 ウインは魔法でバノの負担が増えることを気にしているようです。

「魔法の明かりを使うと、どれくらいの魔法の力を消費するの? やっぱり小指一本分くらい?」

 そんなふうに質問しました。バノはおもしろおかしいたとえで説明します。

「もっと少ないさ。このランプだったら、耳たぶのさきっちょくらい」

 バノの言葉を聞いたパルミが、突然おどろいた顔をして、バノを指さしました。

「バノっち、耳たぶがちょっと小さくなってきてる!」

 もちろん、それはパルミ特有の冗談でした。魔法の消費量をわかりやすくするために、体の小さい部位を例えにしただけで、実際に耳たぶや小指が小さくなるわけではありません。

 バノはパルミのジョークに軽く笑いながら、棒読みの演技をしました。

「うん。耳たぶがなくなってピアスを通す場所がなくなっちゃうよー。困るよー。早くセンパイの名前を探すクエストを進めようか」

 そんなやりとりを聞いていたカヒが、なんとなく不安になったのか、小さな声でたずねます。

「耳たぶ、ほんとうはなくならないよね?」

 その一言で、他の仲間たちもバノの耳たぶをじっと見つめます。バノはそれに気づくと、いたずらっぽい笑みを浮かべ、両手をあげました。

「耳たぶも小指も、このとおりー」

 そう言いながら、バノは有名な「指が切り離されたように見える手品」をやってみせました。

 ウインが笑いながら指摘します。

「それ親指じゃんー。片方の親指を曲げておいて、そこにもう片方の親指をつけたり離したりするやつー」

 バノは、いたずらっぽくにやりと笑いながら言いました。

「しまった。間違えた。小指はこっちだったね」

 そう言いながら、今度は手のひらを軽くせ、ハンカチをおおうような形で小指をかくしました。そして、口元を見えないようにしながら、おかしな声色こわいろで言います。

「ボク小指。エイヤッ。ぶちっ。ワア、ボク、キリハナサレチャウー」

 パルミがすかさず叫びました。

「出た、バノっちの下手っぴ腹話術ふくわじゅつ!」

 バノは気にせず続けます。

 彼女は小指をすうっとつまみあげるような仕草をしました。指が根元からするすると動いていきます。

 小指が分離したように見える様子に、パルミは目をむいておどろきました。

「小指だーっ! バノっち、魔法を使って小指を切っちゃった?」

 バノは昨日も披露ひろうした下手な裏声をつづけます。

「オヤブン、ボクノ イノチデ オトシマエ ツケヤシタ……」

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